第47話 礼をもって礼に応える(12)
みなもは顔をあげて震える瞳でアサナミを見つめた。
「もう、分ったことでしょう。実菜穂はあなた自身なのです。人としてのあなたが実菜穂なのです。実菜穂は生まれいずる時、神ではなく人を選びました。神から人にはなれません。ですが、神になる前であれば、人となれるのです。実菜穂は、人を選んだのです。その理由は私にも分かりません。ただ、この地で何かを見つけたことは間違いありません。全ての記憶を無くしてでも、人として生まれる目的があったのでしょう」
アサナミは、みなもの御霊と髪飾りを見つめて更に語りかけた。
「この髪飾り、あの子はあなたに何と言って渡しましたか」
「姉さは、消える決意が変わらぬのであれば、御霊と共に母さに渡すようにと」
みなもの言葉にアサナミは理解したという顔をして笑った。
「あなたもこの髪飾りをしているあの子の真似をよくしていましたね。この髪飾りには、その季節の色々な華が咲きます。あの子が社に迎えられることが決まったとき、華の神に作ってもらい、私があの子に授けたものです。あの子が髪飾りを私に返すということ。あの子は私に怒っているのです」
「姉さが母さに怒っている・・・・・・」
「そうです。もし、私があなたを消すのであれば、あの子も消える覚悟であるということです」
「なぜじゃ。なぜ姉さが消えねばならぬ!」
みなもは、アサナミの言葉に押さえようのない怒りにも似た感情がわき起こった。アサナミはすかさずみなもに言葉を返した。
「それは、あなた自身に置き換えて問いなさい。実菜穂があなたに同じ問いをすれば、何と答えます。あの子はあなたにこう言いませんでしたか。『あなたは私であり、私はあなたである』その言葉、あの子の戯れではありません。あの子は、あなたが喜んで駆け寄ってきたときから、自分自身に認められた思いであなたを見てきたのです。そのあなたが消えるとき、自分も消える覚悟を示したのがこの髪飾りです。あの子は、ずっと人との距離を保ってきた神。それが、陽向、実菜穂の前に姿を現し、神霊同体と成ることまでしました。『神霊同体』は、そう易々と成れるものではありません。神と人の御霊が全く同じ鼓動を持っていなければ成れないのはあなたも知っていることでしょう。もし、無理にでも成ろうとすれば、神の御霊は傷つき、ともすれば砕けてしまいます。それを承知であの子がそこまでしたのは初めてのことです。それは、興味本位の戯れではありません。あの子はあなたに近づきたかったのです」
「姉さが儂に・・・・・・」
みなもはただただ驚きの目でアサナミを見つめた。
アサナミはうなずき答えた。
「そうです。あなたが、神からなりたいと思う人というものをもっと知るべきだと思ったのです。あの子だけではありません。日御乃光乃神の分霊まで、あなたに動かされているではありませんか。あなたは、神にとっても、人にとっても消えてはならない存在なのです。あなたが神であるからこそ、人に接しようと考える神が現れます。また、陽向や実菜穂のような人がいるからこそ、神を知ろうとする人も現れるのです。あなたが、神であることを辛く思うのは、人をまだ知らないからではないですか。実菜穂がなぜ、人として生まれたのか。それはあなたを助けるためだけではないように私は思います。その実菜穂の心には、あなたが帰るべき場所があります。ならば、あなたが選ぶことができる道は三つになります」
アサナミは、みなもの美しい御霊を見つめ言葉を続けた。
「一つ、御霊を私に預け、消えぬまま私と共にここで過ごすか。二つ、ここを去り、ほうろう神のように行き着く先を探しさまよい歩くか。三つ、帰るべき場所に帰り神として人と接し多くのことを見ていくか。最後にあなたの決意を聞きましょう」
アサナミは、全てを言い終わると、みなもを見守った。しばらくしてみなもは、そのアサナミの瞳に導かれたかのように静かに答え始めた。
「母さ・・・・・・儂は、人が消えていくのを見つめ続けなければならないことが辛いと思うておった。できることなら、儂も人になり、同じように消えたいと思うた。人になれるぬのなら、神としてこのまま御霊を返そうと思った。本当にそう思った。じゃが・・・・・・実菜穂や陽向、姉さの思いを儂は考えたことはなかった。母さの言うように、儂は人を知ったつもりになっていただけかもしれぬ。それに・・・・・・それにじゃ、やっぱり儂は、実菜穂が好きじゃ、陽向が好きじゃ、人が好きじゃ。姉さが好きじゃ、母さが好きじゃ。神も好きじゃ。みな好きなんじゃ!もし、儂が選んでも良いというのであれば・・・・・・儂は帰りたい。帰りたいぞ!」
みなもは、そのまま顔を伏せると涙を流して泣いた。青く光る滴が、いくつも落ちていった。アサナミはみなもの涙を一滴受け止めると、みなもを抱き寄せた。
「それが、あなたの決意ですね」
アサナミは優しく確かめるようにみなもの瞳を見つめると、みなもは深くゆっくり頷いた。
「分かりました。それならば、私はあなたに三つ授けるものがあります」
そう言うとアサナミは、左手にみなもから預かった御霊、右手にみなもが流した涙の一滴を持ち、それを両手の中で合わせた。そこには、群青色に光っていた御霊がより透明な青色になり、まるで底まで見通せる川面や海面のように透き通った御霊になった。アサナミはそれをみなもに授けた。
「
アサナミは微笑みながらも言葉を続けた。
「二つ目です。これは、あなたの姉、水波野菜乃女神からあなたに伝えて欲しいと頼まれました。『妹よ。私の力とあなたの力は同じものです。けれども、人に近づき、人の良き面を見つめ、人を導く力。その力には私は遠く及ばない』・・・・・・あの子はあなたを自分の分霊ではなく、一つの神として認めているのです」
アサナミは、青い瞳から涙を流し自分を見つめるみなもの髪を優しく撫でると、懐から預かった髪飾りとは別の同じ髪飾りを取り出した。
「そして三つ目。これは、あの子への髪飾りを作ったときに、いずれもう一つ必要になることがあるかもしれないと、華の神が気を利かせて二つ作ってくれていました。全く同じものですが、今、考えるとあなたにはこちらを授けたほうが良いでしょう」
そう言うと、アサナミは水波野菜乃女神の髪飾りをみなもの髪に挿した。
「この髪飾りは、華の神、私、そしてあの子の思いが込められたものです。また迷うことがあれば、きっとあなたを助けてくれることでしょう。だから、あの子にはこちらの髪飾りをこう伝えて渡してください。『あなたの思いをしかと受け止めました』と」
アサナミが、みなもを懐の中に優しく抱きしめると、みなもはその中に顔を埋めて泣いていた。
「さあ、あの時のように笑顔でここを駆け抜けて行きなさい。私は、再びあなたを送り出します。我が子、水面野菜乃女神よ」
アサナミは、みなもを強く抱きしめてから、優しく、力強く、そして美しい響きの声で言った。
「あなたがまず行くところは、水波野菜乃女神のところでしょう。さあ、あなたの思いを伝えに行きなさい」
「母さ。儂は、いまはすごく楽しくて仕方がない。水波野菜乃女神を姉としたこと、母さの子として御霊を授かったこと。儂は幸せじゃ」
みなもはそう言いいながら、アサナミを強く抱きしめて笑った。そして、あの時のように参道を駆け抜けていった。
アサナミはみなもの後ろ姿を見送ると思い出したように笑った。
(それにしても、日御乃光乃神の分霊にも困ったものですね・・・・・・)
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