第46話 礼をもって礼に応える(11)

 みなもは、アサナミの言葉に打ちのめされたようにうなだれていたが、顔を上げて、聞き返した。


「そうです。けれども、これは今、あなたに話してもどうにもなりません。私が話したいのは、この世界にあなたを忘れていない心があることです。まずは、それを話すことにします」


 アサナミは、みなもに問いかけた。


「実菜穂という人がここに来ました。あなたはもちろん知っていることでしょう。実菜穂は、私に敬意を持ち礼を伝えてきました。水波野菜乃女神をこの世界に授けたこと、あなたに御霊を授け送り出したこと。あなたに出会い、遊んでもらったこと。そして、何よりも消えそうになっていた自分を救ってくれたこと。実菜穂はあなたへの思いも伝えてきました。あなたは、この礼をどう受け止めるのですか」

「儂は・・・・・・その礼を受けられぬ・・・・・・」


 みなもは、アサナミを見上げるとその瞳は薄く青色に光っていた。


「思いを持つ人がいるのにあなたは、なぜ消えようとするのですか。あなたが人に恵みを与えたことに対して、実菜穂の思いでは、あなたがこの世界に残るに値しないということですか」

「違う!違うのじゃ」


 みなもは、アサナミの言葉に激しく感情を露わにし、首を振った。それは、今までに見せることが無かったみなもの姿であった。


「母さ。儂はかの地で多く人と出会い、多くの事を見てきた。儂で役に立つことなら喜んでやった。川に野に山に恵みがもたらされたこと、嬉しく思うた。やがて人は、その恵みの恩恵は当たり前のように思うて、儂も忘れ去られた。だが、儂はそれでも良いと思うた。自然なことだと考えて、御霊を返すつもりであった。これは本当の事じゃ。ただ、ほんの少しまだ人に未練があったことも本当じゃ。迷い、ただただ時が過ぎていくなか、小さな実菜穂が儂を見つけてくれた。儂は心の底から嬉しかった。儂の人を呼ぶ声に実菜穂は応えてくれた」


 みなもの瞳は更に青くなった。


「実菜穂は、儂に遊んでもらったと言うが、それは違う。遊んでもらったのは、本当は・・・・・・儂の方じゃ。あの時ほど人と触れ合えたことはなかった。儂にとっては幸せな時じゃった。儂が消えずにいたのは、実菜穂が儂に時間を与えてくれたからじゃ。だが、やがて実菜穂も儂のもとから去った。祠が無くなる事も知った。それで、ようやく御霊を返し、本当に消えようと決意した。姉さに相談し、馴染みの日御乃光乃神に挨拶するため、訪れた先で儂を呼ぶ声がした。小さく、今にも消えそうな声じゃった。『消えたい』と願う声。それが、実菜穂じゃった。実菜穂は、本当に消えそうじゃった。一本の穂がカラカラに乾ききって、今にも枯れそうなところを懸命に耐えて儂を呼んでおった。儂は、見過ごせなんだ。実菜穂が儂を呼んだこと。儂は、再び実菜穂に救われたのじゃ。けれども、実菜穂と過ごす時間が、儂が神であることを忘れさせてしまいそうになった。儂は人でありたいと思う自分がいることに気付いてしもうた。だが、神から人にはなれぬ。なら、儂は実菜穂の時間と心をただ喰潰すだけの憑りつき神と同じじゃ。儂はそれが辛かった・・・・・・ただ・・・・・・辛かった」


 みなもは、アサナミを見上げて更に瞳を青くした。アサナミは、みなもの言葉に同じることはなかった。


「私は、実菜穂より礼を伝えらた。ならばそれに応えるため、あなたに話しましょう。実菜穂は、私に一つ願掛けをしてきました。実菜穂はこう願いました。『私は、みなもから大きな恩を受けてきました。なのに私は何一つみなもに恩返しができていません。みなもに礼をもって礼を伝えたい。私の御霊がユウナミのもとへ行くときがくるまで、みなもと時を分かち合い、多くの神のことを学びたい。どうかみなもを消さないで欲しい』と。あなたが、辛いと思うことを実菜穂は願っています。これがどういうことか、あなたに分かりますか」


 みなもはゆっくり首を振った。


 アサナミは、みなもを見下ろしながら静かに語り掛けた。


「神の目を持たぬ実菜穂がどうしてあなたを見つけたのか。それは、偶然などではありません。あなたには記憶がないかもしれません」


 アサナミは社の奥を指さして、一つの光景を見せた。


 稚児たちが遊び戯れている姿。その中に二人の稚児がいた。たがいに寄添い、笑っていた。


「まだ、御霊を授かる前の稚児です。あなたと仲の良い稚児がいました。まるで兄弟姉妹のように仲が良かった。当然です。そう、その稚児はあなたと時同じくこの地に生まれた稚児だからです。やがてあなたは神となるため御霊を授かりました。あなたが去り、残った稚児は悲しみに沈んでいました。でも、ずっとあなたを見つめこの地に残っていました。あなたの喜びも苦しもずっと見つめていました。そのなかで、稚児は何かを見つけたのでしょう。やがてその稚児もここを旅立つ時が来ました。本来なら神となるべき稚児なのです。それなのに、その稚児は・・・・・・」

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