第37話 礼をもって礼に応える(2)

 実菜穂は、陽向から祠の移設の話を聞いてからは、余計なことは考えずに受験に打ち込んでいた。みなもについては、受験を終えてからやるべきことは考えていた。みなもが、消えていないことには確信があった。自分の心に残っている。みなもの思いが残っている限りは、消えることはないという信念が確信として実菜穂を突き動かした。だから、今はことを起こす時期ではなく、今すべきことは受験を突破することである。そうでなくては、みなもに会ったとき、言い訳もできなくなってしまう。それだけは、実菜穂にとって一番避けたいことであった。実菜穂の第一志望は地元公立の中では一番の進学校、城東門校である。実際、今の実菜穂にその実力はあった。陽向も同じ高校を目指しており、秋人は、私立の進学校と併願していた。良樹はスポーツ推薦までこぎ着けているところだ。


 三月、入学試験は終わった。この3ヶ月あまりは、本当に一つのことに集中してきた。試験が終わったら、やりたいことの準備は多少していたが、目の前の目標の達成に全力を尽くした。合格発表の日は、陽向と一緒に見に行った。掲示された合格者の番号を確認すると二人は喜びあって抱きついていた。実菜穂にとって、1年前には絶対に想像できない光景だった。陽向や秋人、多くの人に支えられたことは、何よりもいま実感していたが、ふと、みなもがいればきっと、笑っているだろうなと実菜穂は思った。意外だったたのは、秋人だ。秋人は一足先に私立の合格を決めていた。学力面からいえば、絶対に公立に来ることはなかった。しかし、あっさりと公立に入学を決めた。理由は、学費と通学時間と言っていたが、正直なところどこまで本当かは分からなかった。


 実はこの頃にとある事件の果実が実っていた、実菜穂の住む地域は渇水のため非常事態になっていたのだ。みなもが火の神の前から消えた日以来、降雨はほとんど無かったのだ。いや、雨だけではない。雪すら降らぬ暖冬であった。冬の間の渇水は珍しい。冬は雨がない変わりに、雪がその役目を果たし、春を待ち、山奥に潤いを与え、その恵みが下流の水系にいきわたる。しかし、この冬はそれがないのである。ダムの貯水量は底をつきかけ、時間断水と給水車の対応となりつつあった。ダムの恩恵を受けていた地域は、カラカラに乾いた地となっていた。雨乞いの儀式をする地域もちらほらあった。実菜穂の街も埃っぽい空気が漂っていた。

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