第36話  礼をもって礼に応える(1)

「い・や・じゃ!」


 十二月に月が変わった陽向の神社にみなもの声が響いた。もちろんこの声を聞いているのは日御乃光乃神だけである。


「なーんで、儂がお主の社にちんまりと間借りしておらねばならぬのじゃ」


 みなもの祠の移設が決まったことを日御乃光乃神が、話しをしたところであった。


「ちんまりとは、なんだ。なんなら半分でもとればよかろう」

「お主はあほうか。どこに、自分の社の半分を訳の分からぬ者に与えるやつがおるか」

「ここにおるではないか」

「おるではないか。ではないわ。お主がよくとも氏子どもが困るわ。全部くれると言われてもイヤじゃ。お主はここの氏神ぞ。氏神なら氏神らしく堂々とかまえとれ!お主の氏子どもが哀れでならぬわ」


 みなもは、自分より背の高い火の神を見上げていた。


「お前は何が気に入らぬのだ」


 火の神は困り顔で言った。


「気に入るも、いらぬも。お主は、この地に氏神として迎えられたのじゃ。儂は、川辺の地へと迎えられたのじゃ。その儂は、今は役目を終えて、引き上げる。ここにおる理由はなかろう」


 みなもは両腰に手をあてて、ヤレヤレといった表情をしていた。


「役目を終えた?終えてはおらぬ。人がお前を忘れ去ろうとしてるだけではないか」

「そうではない。あれは儂が人との距離をおいたのだ。もう、役目もないからの」


 火の神が語気を強めたところをみなもは、なだめるように言った。


「それは違うであろう。陽向は、お前が言った通りに考えているが、俺の目は誤魔化せぬ。では、なぜ、陽向や実菜穂殿にはお前が見える。力の強弱ではない。お前は、自分から離れたように言うが、本当は離れてはいなかった。離れたつもりになっているだけだ。離れたのは人の方だ。お前はいつもそうだ。なぜ、いつもそう、人を庇うのだ。なぜ、怒らぬ。お前が、かの地でどれほど神々と人の和を取り持ってきたか。お前がいなければ、とっくにかの地の人は無くなっていたのではないか。どうして、いつもいつもそうやって何もかもお前が背負うのだ。なぜだ・・・・・・俺はそれが・・・・・・」


 火の神はみなもにもどかしくも愛おしい目を向けて悔しそうに言った。みなもは、和らいだ目で火の神を見ると、背伸びをして火の神の両頬に手をあてた。


「そのような顔するでない。お主は太古神の直子の分霊。神々の中でも抜きに出て強い力を持つ神じゃ。この地の氏子どもを守る強い神じゃ。火と光の神じゃ。その力、一歩間違えば、また同じことを繰り返すぞ。のお、人は神に比べればか弱き者ぞ。それに怒りをぶつければ、人は恐怖するだけじゃ。それはたんなる支配じゃ。神は崇められて、初めて神となるのじゃ。儂は、人を縛るのは嫌なのじゃ。儂が神謀りに参上せぬようになった本当の理由、お主は知っておろう。もう、儂は人を縛りたくないのじゃ」


 みなもは、背伸びを止めて、火の神を見上げた。


「ならば、あのときの約束も憶えておろう。ここにおれば良いではないか。ここにいて、俺を叱ればよかろう」

「お主は子供か。これでは、遊びに来た儂に駄々をこねて引き留めていた頃と変わらぬではないか」


 みなもは、火の神に笑いかけた。あの時と同じように可愛く、優しく笑った。


「世話になったな。儂は、しばらくあちこち行こうと思っておる。雪神にも会いに行きたいからの」

「雪神も心配して便りを出しておったではないか。雪神だけではない、他の神々もだ」

 みなもは、何も言わないまま、静かに顔を伏せて火の神の前から姿を消した。火の神はその姿を見送り、目を閉じた。


(お前が消えないでいてくれるなら・・・・・・俺は子供のままでもよい)


 事件は、この時から起こっていた。

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