第35話 消えるみなも(8)
秋人はあたりを見渡しながら実菜穂に言葉をかけた。
「ところで、祠のことなんだけどな」
「えっ?」
秋人の唐突な言葉に実菜穂は、言葉が出なかった。
「陽向から聞いたよ。面倒だから、説明は省くけど。偶然かどうか、その河川改修の施工会社の経理で働いているの母さんなんだよ。今日、早速聞いてみたら、事情は知ってたよ。それで、陽向の神社のこと話したら、明日にでも話を通すって言ってた。だから、もう心配しなくていい」
「ちょっと、待って。秋人の言うことが少し飲み込めないんだけど。一番気になるのは、そんな話をして秋人のお母さん困らないの?無理とかしてないの?迷惑かけてないの?」
実菜穂は、淡々という秋人を見て納得いかないとばかり答えた。
「寒いから説明省くつもりだったけど、納得いかないかあ。実菜穂らしいな」
秋人は実菜穂を見ると笑って話を続けた。
「これは母さんから聞いた話だから嘘じゃない。施工するに当たって祠については、いろいろ議論があったんだ。できれば、神事のことなので取り壊しなんて避けたいんだよ。現場業務に従事する者は神事的なことには今の時代でもけっこう気にするんだ。取り壊しするよりも受け入れ先があるなら移設する方が断然良い。現場の志気にも関わってくるからね。だから受け入れ先があるなら移設費を出してでもやっておきたいわけ。いわば渡りに船の状況だ。これで、納得いったかな。まあ、一言付け加えたら、凄いのは陽向なんだけどね。あいつ、施工会社の名前知って、母さんがそこに勤めているの憶えてたんだぜ」
「でも・・・・・・・」
「でも、なんだよ」
「どうして、秋人が祠のことに力貸してくれるの?私って、おかしいでしょ・・・・・・変だよね」
下を見る実菜穂に対して、秋人は軽くため息をついた。
「実菜穂がおかしい・・・・・・なぜ?」
「神話のこと話していたらと思うと、今度は祠・・・・・・変な奴だよね」
「ただの変な奴に陽向はあそこまで一生賢明にはならないよ。それに俺もな」
秋人は鋭く射抜く目で実菜穂を見た。実菜穂は、その視線に動きを止められた。
「いいか、今から俺の言うことを聞いてくれ」
そう言うと、秋人は実菜穂に向かって指を1本たてて見せた。
「一つ、今やるべきことに全力を尽くすこと。二つ、己の目的のために力を貸す者が現れたら、遠慮なく頼ること。三つ、己の目的を達するために取れる手段があるのなら、行動を起こすこと。これは、お前が俺に教えてくれたことだ。だから、遠慮はするな。それに、実菜穂が気にしているのはあの子のことだろう。昨日、俺も見た子だろう。今思えば、実菜穂の舞の姿とどこか重なる雰囲気があった。人が動かされるのは、理屈だけじゃないんだろうな。よく分からないけど」
秋人は実菜穂に笑いかけた。まだ、十一月の終わりではあるが、息が白くなるほど外は冷えていた。シーンと静まる中、雪が舞い降りてきた。珍しい十一月の雪。
微かに震える実菜穂を秋人はそっと、ハーフコートで包んだ。実菜穂は秋人の胸に顔をうずめる格好になった。実菜穂の洗いたての髪から柑橘系の香りが漂ってくる。
実菜穂が秋人を見上げた。
秋人も実菜穂を見つめた。今までに感じたことのない、麗しさと儚さ。
秋人は優しく抱きしめるとキスをした。実菜穂の腕が秋人の背中を強く抱きしめた。
しばらく、時が止まるような感覚が二人を包み込んだ。
陽向が話す。
「もし、太古の神から見て氏神やみなもが、私達と同じくらいの世代だとしたら、みなもが人に寄り添い、人に近づいている神であるとすれば。愛すべき人が屍になるのを自分は死ぬことなく、それを永遠と見続けなければならない。神として割り切ることができれば、何でもないこと。でも、みなもは違う。私たちのようにまだ成長の途中。しかも人に寄り添っているのであれば、それがどれほど苦しく、辛いことか。みなもにとっては、神も人も同じなの。だからいっそう、自分も死ぬことができればと考えてしまう。でも、そんなことはできない。だから、みなもは少しずつだけど、時間を掛けて自分を遠ざけたようとしたの。少しずつ、少しずつ人から忘れ去られて消えようとしたの。やがて人はみなもを忘れ去っていった。でもね、みなもは、人が好きなの。震えながらも本当は誰かに見つけて欲しかったの。ずっと震えながら。そして、本当に消えてしまおうと考えていたとき、小さな女の子が見つけてくれたの。優しい笑顔でみなもを見つけてくれたの。それが実菜穂ちゃんなんだよ。みなもは、救われた気持ちだったと思う。でも、実菜穂ちゃんがこっちに来ちゃって、みなもはまた一人になっちゃって。みなもは、もう同じ思いはしたくなかったんだよ。そして、祠も無くなる。自分は消えるべきだって、決めちゃったの・・・・・・。でも・・・・・・でもね。望みはある。秋人にみなもが見えていた。あれは、みなもの願い。まだ、望みはあるんだよ」
雪はゆっくりと舞っていた。まるで、届かぬ便りの返事を待つかのようにゆっくり静かに降り続いた。
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