第32話 消えるみなも(5)

 みなもはゆっくりと言葉を続けた。


「この地は八百万の神がおる地。神々はこの世界の生けるものを助けるためにこの世界に宿っておる。それを知る人が神に宿り場を作った。それが社であり祠じゃ。じゃがな、人も神も同じものはおらぬで、いろいろ思いもある。わずかな反りのずれが長い時間を掛け、大きくなりはじめた。それで、人に絶望する神、逆に人の思いが離れ、忘れられる神が現れた。その神々は、人のいるこの世界から離れ、元の神の世界に帰るのじゃ。そのときに、御霊をアサナミに預ける。二度とこの世界に戻らぬつもりでな。だから、神は死なぬ、ただ消え去るだけじゃ」


 みなもは優しく微笑んだ。


「じゃあ、アサナミに御霊を預けるみなもは人に絶望したの?祠が壊されるから・・・・・・人に忘れられるから・・・・・・・私は忘れないよ。祠だって、きっとどこかに移せば・・・・・・なんならうちの庭にだって!」


 実菜穂は、声を詰まらせながら、みなもに詰め寄った。みなもは微笑むと、ゆっくりと首を横に振り実菜穂の手を握った。


「実菜穂、お主のその言葉、嬉しいが、儂の思いはちと違う。儂は、人が好きじゃ。儂はかの地に迎えられるため、母さから御霊を授かった。かの地に行き、人というものを知った。初めは全く理解できなかったが、時を掛けよく見ていくことで、人というものを知った。誰しも良き面と悪き面があること、弱き者もときとして強くなること、何よりもみな生きることに懸命なこと。人は己に与えられた時を懸命に生き、次の命に繋ぎ、そして屍となる。儂は短い時を懸命に生きる人が愛おしく思う。だから、儂の祠が無くなろうが、儂を忘れ去ろうが、そんなことは大したことではない。自然なことなのだ。怒りもなくば、悲しんでもおらぬ。ただ・・・・・・」


 みなもの顔は笑みが消え、悲しみで曇る目をした。


「ただ・・・・・・神は死なぬ・・・・・・死なぬがゆえ、儂が愛する人がその命の火を消し、この世界を去っていく。儂は・・・・・・わしはそれを見続けなければならぬ。永遠にじゃ・・・・・・実菜穂・・・・・・これは・・・・・・残酷じゃあ。残酷なことなんじゃ・・・・・・」


 みなもの瞳から涙が一滴あふれ出た、それが頬を伝わり、実菜穂の手に落ちた。実菜穂はその涙がとても冷たく感じた。悲しみの涙はとても冷たく、それはまるで今まで悲しみの冬で成長した氷柱の滴のような感じであった。

「実菜穂、お主はもう大丈夫じゃ。春に会った時のお主ではない。心は常に満たされ、潤いが満ちておる。自分に自信を持ち、つねに前進しておる。もう、一人でもなければ、己自身を常に味方とする心を持っておる」


 みなもは、涙目の顔から笑って実菜穂を見ると、抱きしめて言った。


「ありがとう。実菜穂」


 みなもは、そのまま実菜穂の前から消えた。

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