第25話 礼をもって礼を伝える(7)

 美しき水の女神を見つめる陽向の唇が動く。


『う・る・わ・し・き・女神よ』


 その言葉を呟いたかと思うと、実菜穂の方にスッと近づいてくる。


(速い、音もない、ぶつかる!)


 実菜穂が驚いて、心で叫ぶなか、実菜穂の身体はその寸前で水が流れるようスルリと陽向をかわして、背後に回った。絶妙なタイミング、何百、何千と稽古をしても、このタイミングをとることはできないのではないのかと思えるほどであった。


 それは、見る人全てを引きつけていた。確かに、人には実菜穂と陽向の光は見えなかったが、その雰囲気はありありと伝わっていた。神憑りな雰囲気、それはこの場にいる皆が全身で感じ取っていた。それ故、だれもがこの二人の舞に心が引きつけられ、見つめ続け、一種の聖域となったその空間を共有していた。


 陽向が寄れば、実菜穂はそれを優美にかわした。実菜穂が陽向の背後に回ると陽向は、華麗に向きを変え身を引いていく。


 静と動、陰と陽、朝と夕、それは互いを打ち消すものではなく、互いを高め合うもの。二神の舞はまさにそうであった。互いを認め、互いを高め、互いを尊ぶ。実菜穂も陽向もお互いがそう感じていた。それは、見ている人も同じである。二神の舞は「礼を持って礼を伝え。礼を持って礼に応える」を体現したものであった。しばし、神と人の時間と空間が共有された。


 舞が終わると辺りからは二人への歓声と拍手がわき起こった。実菜穂と陽向は放心しながらも互いの手を握りあっていた。




 夜が満ちた頃、みなもは着物姿で大きな鳥居をくぐっていた。その先には女が立っていた。清涼な空気とピーンと張りつめた静粛な空間がそこにあった。


「あなたの気持ちは本当に変わらないのですか?まだ、少し迷いもあるようでは」


 女はみなもに訪ねた。


「・・・・・・はあ」

 

 みなもは、言葉少なく答えた。いつものみなもからは想像もできないほど畏まっていた。


「姉さ。お願いがございます。儂が母さに御霊を返すことになっても、かの地には祟りを与えぬよう伝えてもらえぬか」

「伝えることは容易い。だけど、それはあなたから母さにお願いすることが筋ではないですか」

「はい。ただ・・・・・・、儂は・・・・・・」


 女はみなもを優しく抱きしめた。


「あなたは、本当に人を思っているのですね。妹達の中でもあなたが一番優しいのお」


 みなもは、女の腕の中に顔をうずめていた。

  

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