第21話 礼をもって礼を伝える(3)
型の練習は進み、もう本番まで1週間と迫っていた。それなりに見られるようにはなっていたが、やはり陽向に比べると、幾分ぎこちない動きであった。
実菜穂は、部屋に遊びに来ていたみなもの前で一通り舞って見せていた。みなもはどこで真似たのかジーンズとパーカーを身に付けおまけにフードを被った姿で、実菜穂の舞を何か言うわけでもなく眺めていた。
「みなも、何だか本番は失敗しそうで怖いんだけど・・・・・・」
不安そうに言う実菜穂を見て、みなもは、軽いため息をついた。
「のう、実菜穂。お主は、いま何を思って舞っておったのじゃ。まさか、『間違えるかも知れない』とか『失敗したらどうしよう』などと思ってはおらんじゃろうな」
みなもは、ジィーっと実菜穂を見た。実菜穂はさすがにこの視線に耐えきれずに答えた。
「ああ、うん。『失敗したらどうしよう』かと・・・・・・」
みなもは、再びヤレヤレという感じでため息をついた。
(あっ、くるな⁉)
実菜穂は少し期待していた。
「お主は、あほうか」
(きた!)
実菜穂は心の中で飛び跳ねた。さすがに、この言葉に耐性がついていた。つい、考えが的中したこともあり苦笑いになった。
「『失敗したらどうしよう』などと考えて舞えば、まず、ほぼ失敗するじゃろう。そもそも、お主は舞ってはおらぬ。お主のは舞ではなく型じゃ」
みなもは、フードを脱ぐと、実菜穂の横に座った。
「よいか、実菜穂。この際、神楽じゃろうが儀であろうがそのようなものは型であって、一つの手段にすぎぬものじゃ。では、何のための手段なのじゃ?」
「それは・・・・・・感謝を伝える」
「分かっておるではないか。では、お主の舞に感謝はあったのか?」
実菜穂は首を横に振った。みなもの言うことは、正論だった。ただ、自分も精一杯な状態であったことから、悔し涙が溢れそうになった。みなもはそんな実菜穂の気持ちを察して、実菜穂の頭を撫でて優しく言った。
「お主が一生懸命なのは見ていて分かる。じゃが、精一杯であるが故に、本来の目的を見失っているのもよく分かる。だから、これは神の立場での意見を申すぞ。いわば、試験の答えじゃ。お主にこっそり教えるでな」
みなもはニコリと笑って見せた。実菜穂も、涙目から笑顔になった。
「よいか、奉納の舞というが、神が見たいのは舞そのものではない。舞っておる者の心じゃ。感謝なら感謝。喜びなら喜びじゃ。もちろん、思いは目には見えぬ。じゃが、それは伝えることができる。その伝える手段が舞であるだけのこと。だから、思いが込められていない舞など、神は見たくもなければ、受け取りたくもない。ましてや、『失敗したらどうしよう』などという思いなど送られても困るだけじゃ」
実菜穂は、頷いて聞き入っていた。みなもは言葉を続ける。
「思いを一つにせよ。余計なことは考えぬことじゃ。受け手は、その思いを受け取るのじゃ。思うが故、たとえ舞が型から外れようとも、受け手はそのようなことは気にはしておらぬ。受け手が失敗と認めぬのならば、それは失敗ではないのじゃ。受け手が見たいのは思いじゃ。思いを一つにして舞えば手足は勝手に動く。余計なことを考えねば自然に舞えるのじゃ。感謝を込めて舞う。受けとる相手を思い舞うのじゃ。それが、礼を持って礼を伝えるじゃ」
「礼を持って礼を伝える……」
実菜穂は、呟くように繰り返した。
「そうじゃ。実菜穂、それを今から見せようぞ。お主の型と扇を借りる」
みなもはそう言うと、パーカーを脱ぎ捨て瞬く間に着物姿になった。桜の下で舞っていたときと同じ姿だ。みなもは、実菜穂と同じ型を舞った。しかし、その舞は扇の動き一つ、指先の動き一つが、まるで水が流れるように自然に空を切っていく。美しい動きといえば良いのだろうが、それよりも実菜穂は舞を眺める自分の目から涙が溢れてくるのが抑えられなかった。実菜穂自身、涙が溢れる原因は、はっきりしていた。みなもの舞そのものではないことは心が認めていた。みなもは舞終わり実菜穂を見つめると、実菜穂は泣きながらみなもに抱きついた。
「みなも、ずるいよ。私のこと・・・・・・」
「そうじゃ。儂は実菜穂が大好きじゃ。これが儂の思いじゃ」
そう言うと優しく実菜穂を抱きしめた。実菜穂は頷きながら、みなもの腕の中に顔をうずめていた。
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