第15話 恋心(5)

 翌日、実菜穂は秋人と向かい合って座っていた。問題に集中しているつもりだったが、陽向の言葉を思い出してしまった。


(なんか・・・・・・気まずい感じだけど、たぶん、陽向ちゃんの思い過ごしということで・・・・・・)

「どうした?」


 声を掛けたのは秋人の方だった。実菜穂がずっと考え込んでいるので気になったようだ。実菜穂もちょっと返事に困ってしまったが、勢いで口が動いた。


「あのね、前からちょっと考えていたことがあって、神話なんだけど、その昔、アサナミとユウナミの姉妹の神様がいたの・・・・・・」


 実菜穂は、神話でも一番好きなアサナミが大火傷のユウナミとその子供を助ける話をした。秋人はそれを何も言わずに聞いていた。


「それでね、アサナミは子供を懐に隠して、自分の手がボロボロに傷ついても必死で掘って、泉を作ってユウナミを助けたの。もしかしたら、泉ができる前にユウナミが死んでしまうかもしれないのに。そしたら、子供も助けられないのに。アサナミは凄いよね。そしたらね、考えるの。自分ならどうしただろうって・・・・・・目の前に取れる手段はある。でも、失敗するかも知れない。それでも、目的を達成させるためにその手段を取って行動を起こすか。それとも、諦めてただ右往左往して傍観するか。どっちだろうって。自分ならどっちだろうって」


 実菜穂の話を聞く秋人の頭にフラッシュバックが起こった。


 男がいた。目の前に泣き叫ぶ女がいた。助けを求めている。子供を助けて欲しいと。男は止める手を振りきり燃えている家に入る。必死で子供を捜す。子供を抱え男は出てくる。そして息が絶える。残されたお母さんと自分。責められるお母さん。俺は・・・・・・


「あーっ、ごめんなさい」


 実菜穂の声が響いた。秋人は実菜穂の顔を見た。


「わたし、余計なこと話しちゃった。20分過ぎてるね。今日はありがとう。明日、続きお願いできますか」


 実菜穂が申し訳なさそうに言った。


「いや、いい。今から続きをやろう。田口がよければ俺はかまわない」

「でも・・・・・・じゃあ、お願いします」


 そう言うと実菜穂はお辞儀をした。神話の話をして気分転換ができたようで、今度は集中して取り組めた。時間延長のおかげで、聞いておきたいことはすっかり解決できて頭がすっきりした実菜穂は、秋人にお礼を言って教室をでた。


 教室に残って秋人は実菜穂の言葉を思い浮かべて、呟きながら考え込んでいた。


(目の前に取れる手段はある。でも、失敗するかも知れない。それでも、目的を達成させるためにその手段を取って行動を起こすか。それとも、諦めてただ右往左往して傍観するか。どっちだろうって。自分ならどっちだろうって・・・・・・自分なら・・・・・・そんなこと、この10年間一度も考えたことなかった・・・・・・ただの一度も・・・・・・)

 

 実菜穂はみなもと陽向の前で頭を抱えていた。


「絶対、金光さん私のことあほうって思ってるわ」

「どうしたんじゃ」


 みなもが聞いた。実菜穂は昨日の秋人との講習のことを話した。


「それは・・・・・・あほうじゃのう」


 みなもは同意しながらも、言葉を続けた。


「それでも、お主のその自分ならどうするかという考え方、けして悪うはない。人は大抵、結果だけを見てあれこれ難癖つける。己がその立場を経験した上で述べるのであれば貴重な意見ともなろう。じゃが、ただ言いたいだけの難癖など、雑音以外のなにものでもない。せめて、自分であればと考えた上で、意見を述べれば、もっと前に進むためのよき糧になるものの。ほんと、お主はいい種を蒔いたのう」


 みなもはフッと空を見上げてから実菜穂見ると、そのまま歩いていった。


「ねえ、陽向ちゃん・・・・・・みなも、今のって・・・・・・褒めてたの?」

 実菜穂が陽向を見ると、陽向はにっこり笑って頷いた。

 

 期末テストの結果が返ってきた。実菜穂が数学の答案を眺めて、感嘆の声を上げていた。80と記された答案用紙。陽向と喜びを分かち合っていた。実菜穂が秋人に答案を見せに行くと、難しそうな顔をして間違った箇所をダメ出ししてきた。だけど、実菜穂にはその顔は微かに笑っているように見えた。

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