第14話 恋心(4)

 梅雨の雨が降る。みなもが中庭に立っていた。雨の中、みなもは濡れずにいる。不思議な光景だった。辺りは青々と木々が葉を繁らせており、みなもは華を眺めている。今日はジャージではなく、白い着物姿だった。髪も春の桜の下で見たときのように、長く腰まで伸びていた。にこやかな顔で、雨をすくうように手をかざす。やがて、その手から水がこぼれ落ちる。それと同時にみなもは清き水が流れるように舞っていた。


 その姿を、実菜穂と陽向は窓から眺めていた。


「本当に……美しい」


 陽向が息をのんで呟いた。


「そうだね。この雨、みなもが降らせているのかな。それとも、別の妹が降らせているのかな」


 実菜穂はそう呟きながら、空を仰いでいるみなもを見つめていた。

 

 梅雨も中休み、実菜穂たち三人は校舎下の日陰に座ってる。ムッとする空気からこの場は幾分解放された空間となっており、みなもを挟んで三人が並んでいた。いつかのおはぎのお返しに実菜穂がクッキーを焼いてきたといい、三人はそれをモリモリ食べていた。実菜穂が、麦茶を口に含んだとき、目の前に立つ者に気がついた。秋人だった。


「期末試験の参考にすればいい」


 秋人は、実菜穂に6ページほどのプリントを渡した。中身は、今までの復習問題とまだ追いついていない部分の解説付き問題だった。


「わあ、ありがとう。すごく助かるよ」


 実菜穂はパラパラと中身を見た。


「別に大したことはない。中間より進歩がなかったら、たまらないからな」

「そうだねー。金光さんには、恥かかせられないね。あっ、よかったらこれ食べます?焼いてきたんだけど作り過ぎちゃって」


 そう言いながら実菜穂はクッキーをタッパーごと差し出した。秋人は戸惑っていたが、陽向も笑って勧めるので、一つだけ取ってその場を去った。みなもはその後ろ姿を見ながら実菜穂に言った。


「あー、あの秋人とやら、ありゃあ、


 みなもの言葉に、実菜穂はお茶でむせていた。


「みなも、脅かさないでよ⁉」


 実菜穂は咳込みながら、みなもと陽向を見た。


「私じゃなくて、陽向ちゃんじゃないの?」


 実菜穂は陽向に向かって言った。


「わたひも、は、のこと、すきだとおもほってたよ」


 陽向はクッキーを頬張りながらニコニコして言った。普段の陽向からは考えられないほど、大胆ズバリな言葉だった。


「どうして?いつから?」


 陽向は、お茶を飲むと、みなもと目を合わせてから言った。


「数学を教えているときから。実菜穂ちゃん、教えてもらっているときって、はじめは凄く難しい顔しているんだよね。それがね、理解できたときって、パッと笑うんだよね。それがまた可愛く。初めのころ秋人はあまり気にしていなかったみたいだけど、次第に実菜穂ちゃんの表情を見るようになってたよ。そりゃあ、もう真剣に。それでね、そのうち実菜穂ちゃんが問題を理解できずに難しい顔をしているときは、秋人も少し苦しい顔になるの。でも、実菜穂ちゃんが笑うと、少しだけど秋人も笑うんだよ。私、あんな秋人見たの初めてだよ。ねえ、みなも」

「まあ、端から見ておったら、よう分かるぞ」


 陽向とみなもは実菜穂を見て口を揃えて言った。それを聞いたとたん、実菜穂は頭を抱えてしまった。


(そんな情報いらないよー。明日から、どう講習受ければいいの?そんなこと考えたことないのに・・・・・・)

「まあ、よいではないか。お主が、聞くことが無くなれば、秋人から卒業できるじゃろ」

「あー、それだ!」


 実菜穂は帰ると早速、秋人のプリントに取りかかった。復習問題を終えるとすぐに、新しい問題に取りかかった。

 

 チーン!

 

 頭の中で終了を告げる鐘がなった。気がつけば、赤いチェックだらけのプリントになっていた。みなもはそれを見ながら笑って言った。


「当分は、聞かねばなるまい」

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