第12話 恋心(2)

 秋人は一人教室に残って、ノートに書き込みをしていた。


「おう、ご熱心に勉強か」


 長身の男子が声をかけた。海道良樹かいどうよしきだ。良樹は秋人と幼馴染みであり、バスケ部で活躍していた。秋人とは明らかに正反対の体育会系のタイプである。


「なんだ。練習は終わったのか?」


 ノートから目を離さずに無表情で秋人が言った。


「3年生は引退だよ。体が鈍るから遊んでただけ」


 良樹は秋人と向かい合って座った。


「最近、田口って子に勉強教えてるんだって?お前が人に教えるなんて、どういった風の吹き回しだ。女子の中には田口を妬んでる奴もいるくらいだぜ。モルモットの実験って言ってる奴もいる」

「そうか。俺は頼まれたから教えているだけだ」


「頼まれたって、本当にそれだけか?」

「ああ、それだけだ。今まで頼まれたことが無かっただけだ」


「それにしても、なんで田口なんかに。あいつの中間の数学の点数はひどかったて聞いたぞ」

「そうだな。ひどかったな。だから俺もこれを作ってみた。ある意味賭だな」

 そう言うと、秋人は机の上のA4ノートを指さした。ノートには【田口実菜穂攻略ノート】と書いてあった。


「なんだこれ?」


 良樹はノートを見て言った。


「前半部分は、田口が今まで聞いてきたことだ。後半部分はこれから質問してきそうなことを整理した。その項目にチェックがつけば俺の勝ちだな」


 秋人はそう言いながら良樹を見た。良樹はノートを開けると、笑い気味に声を出した。


「なんだよ、田口、( )の計算もできなかったのか」

「まあ、そうだ。あいつが最初に聞いてきたのは、四則計算のルールだ。あいつの計算能力は小学生レベルで止まっていた」

「ひでえな」


 そう言いながら良樹はノートのページをめくっていった。最初は笑っていた良樹だったが、10ページ程めくると、真顔になった。


「なあ、秋人。田口って本当にこんなこと聞いてくるのか?」

「ああ、そうだ。あいつは最初こそ知識は小学生の計算レベルだった。だが、計算のルールを理解したとたん、あいつは一次方程式を解けるようになった。次に聞いてきたのは、連立方程式の解き方だ、それで次は文章題の式の組み方だった。まるで、せき止めていた物が取れて、水が流れ出すように次々に進んでいくんだ。あいつの凄いのは、一度理解すれば同じ間違いをしないことだ。試しに面倒な計算になる連立方程式の文章題を解かせてみたら、きっちりと計算していた。おまけに検算までして、これで正解なのかと聞いてきた。だから今度は説明なしに三連立の式を解かせてみたら、あっさり解いたよ。あいつは無駄なことは一切聞いてこない。きっちりと自分が知りたいことだけを聞いてくる。ああも見事に吸収されると、見ていて楽しくなるよな」


 秋人は微かにフッと笑った。


「お前、いま笑った?」

「いや、気のせいだろう」


 秋人は無表情で答えた。


「それにしても、この最後のほうのページは高校で習うところじゃね。お前、田口と同じ高校に行くつもりか?」

「ああ、それはな……調子に乗って作ってみた」

 秋人はノートを鞄にしまい込み、席を立つ間際に思い出したように言った。

「俺も田口から教わったことがある」

「なんだ?」

「人に教えるって、けっこう難しいんだな」

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