第9話 自分が知らないということを知れ(3)
「じゃがな、その逆もあるでな」
「逆・・・・・・?」
「そうじゃ、己の弱きところ助けようとする者も現れる。己が請うか相手が申し出るか、どちらもじゃ。その者が現れたら遠慮なく頼るがよかろう。己が目的を果たすため、存分に力を発揮してもらうのじゃ」
「みなも、その言い方だと自分の目的のために相手を利用しているように聞こえて、なんだか心が苦しいよ」
実菜穂は不安そうな顔をして言った。
「優しいお主らしい、言葉じゃな。じゃがな、これはまだ話の途中でな。もう少し聞いてもらえぬか」
「話を遮ってごめんなさい。みなも、お願いします」
「実菜穂、お主のその素直なところ儂は好きじゃ」
みなもは、ほほ笑んだ。
「これは人だけではなく神も同じじゃがな。人は己を認めてもらうことに大きな喜びを感じる性がある。見返りを求めないまでも、己の力が他の者を助けることができたと感じることはそれ自体が報酬じゃ。そしてそれが、他の者に認められることは最大の喜びなのじゃ。お主も思い当たることはないか?例えば何気なく手伝ったことなのに、相手から感謝されたらどうじゃ」
「うん。すごく嬉しい。またお手伝いしたくなる」
「本当にお主は素直じゃのう。可愛いのう」
「みなも、誉めすぎ」
「そうか。さて、人は金品の報酬もあろうが、それよりも最大に喜びを感じるのは己の存在を他の者に認めてもらうことじゃ。栄華を極めた者でさえ最後にはそれを求めて金品をはたく。面白いのう」
みなもは、フッと遠くを見ていたが、やがて実菜穂の方に顔を向けた。実菜穂は、その顔を見て思わず背筋を伸ばした。みなもの雰囲気はさっきまでの緩やかなものとは打って変わって、ピーンと張りつめたものになっていた。目が覚めるほどの清々しくそして清流の冷たさのような空気が辺りを包み込んだ。みなもの黒い眼が実菜穂を捉えた。実菜穂はピクリとも動けなくなった。
「よいか、人は己の存在を相手に認められることが、最大の喜びなのじゃ。では、相手にそれを示すための手段は何か分かるか?」
実菜穂は首を横に振った。みなもの勢いに飲まれ、それが唯一できる精一杯の回答だった。
「それが、礼じゃ。礼をもって相手を迎えるのじゃ。礼とは相手を尊び、相手を認めること。礼儀とは己にとって相手が存在しているということを示すものじゃ。それをもって、迎えられれば、相手は己のために存分に力を発揮しよう」
みなもは、今度は穏やかな笑みを浮かべた。実菜穂は完全にみなもの世界に取り込まれていた。
「そこでじゃ、これが三つ目なんじゃがな、お主が金光に教えを請うのに肝に銘じておいてもらいたいことと、やっておくべきことを申すぞ」
みなもは、耳打ちするように実菜穂に言った。実菜穂もついつい顔を近づけて話を聞いた。
「人に頼るということは、その者の二つの大切なもの頂くということじゃ。一つは、その者の能力。金光で言えば数学の知識じゃ。この能力というものは、その者が時間と労力をかけて培ってきたもの。けして安うはない。そのこと忘れるでない。そしてもう一つは時間じゃ。人にはその者その者に与えられた限られた時間がある。多くの者はそのことに気づいておらぬ。気づいておらぬ故、自分の時間であろうと他人の時間であろうと浪費しても気には止めぬ。じゃが、もし、お主に残された時間が目に見えたとしたらどうじゃ。1分、1秒とて無駄にしたくはなかろう。それは、相手も同じじゃ。この二つ分かるか?」
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