第3話 陽向の瞳(1)
実菜穂は本日最後の授業を終えて、渡り廊下を歩いていた。理科室から戻る途中だ。午後の授業は大抵、眠気に襲われるのだが幸いなことに理科には実験があるため、眠くならずに済んだ。廊下から見える中庭には、ツツジやプラタナスの木が並んでいる。ふと目をやるとツツジの前にみなもの姿があった。実菜穂は、みなもに手を振ると駆けよった。あいかわらずのジャージ姿は、どこから見ても学校の生徒が中庭にいる光景にしか見えなかった。近づくまでは……。
みなもはニコリとして手を大きく振っているが、その周りにはメジロだのウグイス、おまけに雀までが集っていた。足下にはタンポポやシロツメクサの華がみなもを囲んでいる。
その同じ光景を見ている者がいた。陽向だ。
「みなも、どうしたの?学校に来てたんだ」
実菜穂が声をかけると、鳥たちは一目散に飛び去った。
「近くを歩いていたら、メジロが呼ぶのでな。ここの華と木は素直じゃな。真っ直ぐに育っとるのう」
みなもらしい言葉だ。田舎で遊んでいた頃にもよくそんな言葉を聞いていたので、実菜穂は変だとは思わなかった。田舎では鳥だけでなく、いろいろな動物もみなもとは仲が良かった。猪といえども、みなもの前では甘える子猫同然だった。だから、この光景も実菜穂にはすんなり受け入れられたし現実的だった。
「実菜穂……ちゃん」
すぐ後ろで声がした。実菜穂が振り向くとそこには陽向が立っていた。肩まで伸びている髪を一つに束ねた姿は、どこか神秘的な感じがした。
「いまそこで話していた子いたよね」
陽向はツツジの方を指さして言った。みなもが立っていた所だ。だが、そこにみなもの姿はなかった。
「陽向ちゃん。えっ、ああ、誰か居たのかなあ」
(えっ?私、ウソ言ってる)
実菜穂を見つめる陽向の瞳は明らかに実菜穂の動揺を捉えている。その陽向の瞳はまるで水晶の玉のように透き通った光を放ち、吸い込まれそうなという表現が本当に良く当てはまった。普段はのんびり屋な雰囲気なのに、真剣な表情に対しては裏切れないという雰囲気をかもし出している。なんとも不思議な女の子だ。
(だめだ。この瞳にウソは通じそうにないし、とぼける自信もないなあ)
実菜穂は、陽向から目をそらせた。
「ああ、あの子か。少し話したかな」
(うん、ウソは言ってないぞ)
「言葉交わしたの?なにかあの子言ってた?」
(どうして、みなものこと気にするんだろう。鳥と遊んでいたから?)
「えーとっ、華が真っ直ぐ育ってるって」
(これもウソではないぞと……なんでこんなこと聞くかなあ)
実菜穂はぎこちない笑顔で陽向を見た。
「陽向ちゃん、どうしたの?なにか気になるのかなあ」
実菜穂が質問で切り返した。陽向は、少しためらっていたが、実菜穂の目を見ると思い切った顔をして言った。
「あの子と話したんだよね。確かだよね」
実菜穂は
「あの子、人じゃないよ」
陽向の言葉に実菜穂は心にトゲができるのを感じた。
「陽向ちゃん、それどういう意味?」
実菜穂は少し強い口調で言った。
(私なんだろう? 怒ってる? みなものこと悪く言われたように感じてる?こんなとき怒っていいんだよね。私、何かおかしいのかな。こんな気持ち今までにあったかな)
自分のことなら黙り込んでいたのかもしれない。でも、みなものことには簡単に引き下がれそうにない。トゲトゲしい空気が辺りに漂う。それを一番感じていたのは陽向だった。しばらく沈黙が続いたが、破ったのは実菜穂だ。
「あの子が人じゃないってどうして?」
(あー、落ち着け私。勘違いかもしれないし。まずは、落ち着け!)
実菜穂は心の中でイチゴのかき氷を想像してクールダウンしていた。頭を冷やすのはいつもこのイメージだ。陽向は真剣でためらいがちな目をして実菜穂に囁いた。
「あの子。神様だよ」
「はぁー。えっ? ごめん。陽向ちゃんどうしたの?」
どうアクションを返して良いのか分からなかった。冗談として笑えばよいのか、素直に頷けばいいのか頭と心の情報処理が追いつかない。そんな実菜穂の混乱ぶりを
「私の家は神社ってこと知ってる?」
「あっ、ごめん。知らなかった」
(そうだったんだ。そういえば、この辺りに大きな神社があったな。あれ、陽向ちゃんのお父さんが宮司だっんだ)
実菜穂の反応に、陽向は拍子抜けしながらも話を続けた。陽向の話では、子供の頃から氏神である
実菜穂は陽向が真剣に話をしているのを聞いていると、何だか陽向が急に身近な存在に感じてしまった。まさか、こんな話をする性格とは想像できなかった。自分がトゲトゲしくなったのが申し訳なくなった。
(これは、直接みなもに聞いてみよう)
実菜穂は、陽向に明日詳しく話すことを約束して帰った。
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