第5話

「もうすぐ

ここを出ていくんだ.」

と言った.


「あっそう.」

出るのは,

それだけだった.




それからは特に

許可なく

良いとも悪いとも

言わないまま,

写真を撮られていった.

あれ程,

昨日はこれ撮ったって

盛り盛り見せてくれた

写真も見せてくれなくなった.

ただひたすら

写真を撮って

撮られる日々.




「おはよ.」


「おはようございます.」


「明け方の月.」

彼が指さす方向に月が浮かぶ.


「はい.」


「夜に置いて行かれて,

朝にも馴染めない感じ.」


「孤高の月って感じで

かっこいい.」


「学校は楽しいの?」


「楽しいですよ.」


「本当に?


俺は

かんなさんの

カメラになれるよ.

俺はカメラに救われた.」


「私は,

あなたと違う.

これまでの生き方も見え方も.

今も.」


「…何で

にこって笑って

私のカメラになってって

言えないの.


そうしたら,

あなたを連れて行くのに.」


「私は私だから.」


「そう.


元気で…

いってらっしゃい.」


とうとう

とうとう

名前も聞けないまま,

私が

学校に行っている間に

あの人は

いなくなった.

毎日会えてた人は

毎日会えない人になってた.


何も残さずに.

手紙すら.

連絡先すら.

最後までよく分からない

メンドクサイ男性.


私も

毎日を

何事もなく過ごして,

同じような日々を

ただ1人

こなして,

過ぎて

過ごして

特に

何も思わない

はずの日々を越えて,

卒業式の日は帰りに

本当に

制服で

飛び込んでみようかって

思ったりもしてた.



「かんちゃーん.

あんた

新聞に載ってるよ.」


んん?

何かしたかな.

載るような大それた事件…

持ち合わせてないよね.


「ぜんさん,おはようございます.

お仕事お疲れ様です.

早いですね.

載ってるって?

新聞に?」


「うんそうそう.

出発大丈夫かい?

これ,持って行きな.

お代は要らないよ.」


新聞を1部受け取る.


「はぁ,すみません.

有難うございますっ.

行ってきます!」


船に乗り込む.

多分,

新聞読んだら

辛うじて慣れた船上で

戦場に洗浄に

なるかもしれん…


だけど,

もう心と

手と

止められなかった.



見開きカラーの写真が

飛び込んでくる.

心臓がはねた.


あぁ,これ

私だ.

私じゃない.

私だ.

あの人から見えていた

私なんだ.


とめどなく涙があふれて,

新聞に落ちないように

手で拭った.

それでも間に合わずに

パタッパタッパタッと水玉模様.


幸せでいて欲しい.

題名と共に

笑いかける私.


慧太だった.

あの人の名前は…


現れて消えて行った.

私の人生に

パッと光って

スッと流れて.

願い事なんて

してない.


名前…

作品と共に残していくんじゃないっ.

これ…

私は大切に持って生きたりなんてしない.


私じゃない私を,

海に放った.

じんわり溶けて,

流れていった.


人魚姫は王子様の想いと共に

海で泡になって消えたけれど,

私は海に漂うだけで

消えたりなんて出来ないから.

代わりに沈んで貰った.

そして,

メンドクサイ私だけ残った.




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食連星 @kakumi

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