唇にカトラリー

宇土為 名

唇にカトラリー


 熱を持って火照った唇に、冷たい銀色のスプーンが当たる。

 気持ちいい。

 すごく、気持ちいい。

「食べられそうか?」

 食べられる。

 食べられるけど。

「あんま、力入んない…」

 体中ぐにゃぐにゃしてどうしようもない。

「しょうがねえな──ほら」

 呆れたようなため息。義理の弟はそう言って、おれを抱え込んでベッドに上がってきた。自分の胸に寄りかかるようにおれを座らせる。

「これでいいだろ」

 後ろから回された手で体を支えられ、スプーンで冷ましたお粥を掬ってくれた。

 唇を突くようにされて、おれは唇を開く。

 まるで餌付けのように。

「なんか、鳥の気分…」

「贅沢言うな」

「…味薄い」

「悪かったな」

 ぐっと押し込まれて、飲み込んだ。

 いつも料理なんてしたことがないくせに、こんなときばかり作ってくれる。

 猫舌のおれに合わせてしっかり冷ましたお粥。

 冷たいスプーン。

 大きな手のひらが髪を掻き上げて、額に触れた。

「熱下がんねえな」

「…んー」

「薬飲むか?」

「んー…やだ」

 市販の薬は効きすぎるから嫌いだ。ちょっとぐらい辛くても、眠っていればそのうち治る。

「眠るからへーき」

「じゃあもうちょっと食えよ」

 唇にスプーンが触れる。

 促されて開くと、今度はひどく優しく入ってくる。

 寄りかかった胸の奥から聞こえる音。

 とくとくと気持ちいい。

 瞼が落ちた。

「…りつ?」

 後頭部を伝って響く声は、今だけはおれのものだ。

 冷たい手のひらが頬に触れる。

 そしてゆっくりと離れていく。

 そのまま、どうか気づかないで。

 誰にも知られたくない。

 誰にも言えない。

 ひんやりして気持ちよかったスプーンは、もう熱を帯びて、冷たくなくなっていた。

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