第15話 六大魔将

 町を出発してからちょうど一週間がたった。

 これまでに二体の討伐を終え、旅は順調にきている。フブキと一緒ならば残りの一体もきっと討伐できるだろう。


 

 この依頼が終わったらどうしようか。ふと、そんな事を考える……。

 討伐が完了すればフブキは他の町へと移ってしまうだろう。

 そうなったら俺はまたデイカフの町に戻って引率の仕事を続ける……のか?

 俺はどうしたいんだ? もしフブキが望むのなら、俺は……。



「おーいまだか、置いて行くぞ」


 そんな事を考え込んでいると前を歩くフブキに急かされた。


(先の事ばかり考えても仕方ないよな。今は討伐に集中しないと)


 急いで彼女の後を追った。


 

 今日は高原の北部を探索することになった。ずっと散策していたが今のところ特に収穫はなく、日は沈み始め辺りは薄暗くなってきている。そのままさらに北へ向かって探索を続けていると、辺りの異様な空気に足が止まった。


 なんだろう、これは……獣の臭いか? 血の臭いも混じったような鼻をつく嫌な臭いが一帯に漂っている。

 近くで何かあったに違いない。警戒しながらさらに北の方へと進んでいく。


 暫く先に進むと、何やら黒く大きな物体が無造作に置かれていた。

 


……腕だ。

 鋭利な物で切断された獣のものと思われる片腕が転がっていた。やはり戦闘があったのだろう。自然と警戒心が高まっていく。


「おい、前方から何かが来る! 気を付けろ!」


 フブキに言われて咄嗟に身構えた。



「……おや? こんな所で人間に会えるとは」


 視線の先にゆっくりと歩きながら現れたのは赤い瞳の大柄の男だった。

 体長は二メートルをゆうに越えるくらいはあるだろうか。身体は細身で薄紫の禍々しい色をしており、纏っている妖気から一目で魔族だと理解できた。なぜこんな所にいるのだろう?


 近付いてくる魔族の男は脇に何かを抱えているようだ。

 ……よく見るとそれは討伐対象のモンスター『ハイランドオーク』の頭部のようだった。


「こんな所に何をしにきたんですか?」


 丁寧な口調でその魔族の男は話しかけてきた。こちらとコミュニケーションをとろうとしている。どうやら知能もかなり高いのだろう。今の所、こちらに対して敵意は感じられない。


「私達はここら辺に生息しているハイランドオークを討伐しに来たんだ。今、その脇の所に抱えている奴だ。……お前が倒したのか?」


 そう尋ねるフブキは全く動じていないようだ。


「……嫌ですよね、知能の低いモンスターって。力の差は歴然なのに。身の程をわきまえずに襲ってきたので、懲らしめてやったんですよ」


 大柄な男は何事もなかったかのように涼しい顔をしている。


「これが討伐対象と言うのなら、手柄はあなた方に差し上げますよ。そこら辺に他の部位も落ちていると思うので、必要なら拾っていくといい」


 思わぬ反応に拍子抜けしてしまった。魔族だからといって、反射的にこちらに襲いかかったりはしないようだ。

 討伐対象でもないし、向こうに敵意がないのなら、今は無理に戦う必要はない。


「こいつには賞金が出ているんでね。ありがたく獲物はいただくよ」


 フブキはそう言ってバラバラになった獣の死体を漁り始めた。素材を回収している間、魔族の男は何も言わず俺達の様子をじっと見つめていた……。


 

 素材の回収も一通り終わり、その場から離れようとすると。



「すみません。そちらの女性の方……、以前何処かでお会いした事がありませんか?」


 突然フブキを呼び止めた。


「……さあな。私は覚えていないな」


 魔族の男は何やら考え込んでいる。


「待って下さいね……。あぁ思い出しました。あなた、数年前に我が主に戦いを挑んだ方だ。間違いない。今はこんな所で冒険者をやっていたんですね」


 こいつの『我が主』ということは……、フブキはすでに魔王と戦った事があるのか? どういう事だ? 状況が整理できず頭が混乱してくる。


「そういえばそうだったな。私も少し思い出したよ。魔王の周りにはお前みたいな取り巻きがいたな。その中の一人か」


「思い出してくれましたか! そうです。私、六大魔将の一人イクサと申します」


「へえ……ところで、お前こそこんな所へ何しに来たんだ?」


「視察してるんですよ。大事な仕事を頼まれてましてね」


「大事な仕事?」


「わかるでしょう? 私達の大事な仕事……次に我々が襲撃する為の候補地を探しているのですよ!」


 その言葉を聞いて背筋が凍りついた。

 ……ついに厄災の日が来るのか?


「安心して下さい。今はまだ何の命令も下されてませんから。本当にただの視察です」



 魔王の厄災。

 我々が最も恐れている事象。

 いつ、どこで起こるかわからない魔王軍の襲来。魔王軍に攻められた土地は、なす術なく殺され、壊され、全てを奪われる。

 この平和で穏やかな世界に唯一存在する不変の恐怖。

 強大な魔王の軍勢に抵抗する手段はなく、人々はただ厄災の日が来ない事を祈るだけだ。



「あなたたちは知らないでしょうが、私たち部下がこうやって地道に候補地を探しているんですよ。我が主が攻撃を決断された時に、速やかに動けるようにね」


 ここに視察に来たって事は……もしやデイカフの町が狙われるのか?


 頭の中で最悪のケースを想像してしまう。


「でも、無駄足でした。ここら辺には小さな町しかありませんね。それではあまりに退屈です。どうせ襲撃するならばそれなりに大きな町でないとね」


 不謹慎だがほっとしてしまった。デイカフの町が襲われるなんてこと想像したくもない。


「要件はもういいか。じゃあ私達は失礼するよ。目的も果たしたからな」


 そう言ってこの場から立ち去ろうとすると、魔族の男は不適な笑みを浮かべながら語りかけてきた。


「少しよろしいですか? 気が変わりました。やはり私は、この麓の町を破壊の候補地として報告することにしましたよ!」


 心臓が飛び出る程の衝撃だった。何てことだ……事態は最悪の方向に向かっていこうとしている。


「どうして! 大きな町のほうがいいって言ってたじゃないか!」


 たまらず声を荒げて反論してしまった。


「……誰ですか? あなた。あなたが発言することを私は許していませんよ」


 丁寧な口調の中にも怒気が含まれているようだ。この場が不穏な空気に包まれていく……。


「なぜ気が変わったんだ?」


「いえ、ね……あなたが何者かを思い出したら、無性に困らせてやりたくなったんですよ」


「私は偶然ここを訪れただけだ、麓の町に思い入れなんかない。町が襲われたとしても私は困りはしないぞ」


 どうにか回避する方法はないのか? 必死に考えるが答えは出ない。


「仮にお前が推薦したとしても、魔王が此処を選ぶとは限らないだろう。そんなこと無意味な腹いせに過ぎないんだよ」


「……確かにそうですね。私を含め、少なくとも六つの候補地が出るでしょうから選ばれない可能性の方が高いでしょう。場所の決定権は主にありますから、私達はそれに従うだけです」


 そう言った後、イクサは再び不気味な笑みを浮かべた。


「でもね……、もし選ばれなかったとしたら、次回も私はこの地を推薦しますよ。その次も選ばれなかったとしても、また私はここを推薦するでしょう。それを繰り返せば、いつかはわが主も私の気持ちを汲んでくれるかもしれませんよね」


 なんでこうなるんだ? このままではいつかデイカフで厄災が起きてしまう。

 こいつをこのまま行かせてはいけない。


「何故だ? 私はお前のことなんて覚えてもいない。お前に恨みを持たれることもないはずだが……」


「あなたが今ここにいるという事は、主から興味を持たれ、生かされたのでしょう? ズルいじゃないですか。私達は主に好かれようと思って、こんなに尽くしてるのに。だから、これは個人的な八つ当たりみたいなものですよ」


 なんてふざけた理由だ。拳を握りしめこみ上げてくる怒りを必死に抑える。


「どんな理由かと思えば……」


 そう言ってフブキは笑いだした。


「そんな見た目で案外乙女なんだな。六大魔将なんて言うから、もっと凄い奴なのかと思ってたよ」


「……何だと!」


 イクサの感情に呼応するように辺りの空気が震えだしているようだ。一瞬にして張りつめた空気になる。


「会話できるくらい知能があっても、バカはバカって事だよ。そんなくだらん事ばかり考えている奴を、あの魔王がこの先も興味を持つとは思えんよ」


 そう言った瞬間、物腰が柔らかかったイクサの雰囲気が変わった。


「……おい女! 調子に乗るなよ。我が主が生かしたからといって、俺がお前を殺してはいけないという訳ではないんだぞ!」


「そうかい。実を言うとな、私は麓の町が気に入ったんだよ、お前をここで倒せば推薦されずに済むから丁度いいな!」



 そう言って二人は構えて戦闘体勢をとる。お互いに殺る気だ。もうこの戦いは避けられない。今、六大魔将イクサとの戦いが始まろうとしていた。










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魔法王記 ~初級魔法しか使えないけど世界を救いにいってもいいですか?~ 蒼夜 歩 @ma-son

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