メメント・モリ(3)

 オズワルドは組んだ足を机に乗せた姿勢で、手元から床まで伸びた長い記録紙を見詰めている。真剣な眼差しではあるが連日寝不足気味である為に、目の下には濃い隈が出来ていた。

 その周囲は、以前にも増して金属材料で溢れかえっている。工房が足の踏み場もない状態なのは、マグヌスが来たせいで二階の荷物が一階へ全て追いやられたせいだ。連日時間が許す限り古き魔術を叩き込まれているオズワルドの頭の中もまた、工房の有様と等しかった。つまり、整理する算段も分からず混乱しているという訳だ。

 

 思考も工房も雑然としたまま、早一ヶ月が過ぎていた。

 マグヌスが教示する古き魔術はどれも難易度が高く、魔力の消費を抑えながら扱うのが殊更難しい。辛くも成功すれば驚くべき効力を発揮するが、オズワルドの成功はマグヌスのそれとは違って無理矢理に成しているものなので、あっという間に魔力が底をついてしまう。

 オズワルドが腕に装着している機械は、魔力の増量と強引な変換を齎す。そうして一時のみ雑に己の力を底上げした結果、不可能である筈の魔術をも奮えるようになる。しかし元々は施設脱出の際に落雷をただの一度落とす為に、突貫で作ったものだ。腕の機械を用いて馴染まぬ魔術を連日のように奮えば、疲弊が募るのは当然の結果だった。


 古き魔術は独創者の魔術と同じで、現代魔術の理論上には成り立っていない。

 オズワルドが古き魔術に関して掴めている事実といえば、それだけだ。自身がそこそこ使える程度に習得するのが目的ならば、これ以上の理解は面倒極まりないので諦めていい。

 しかし完璧な義肢を作るという目的があるからには、マグヌスの魔力の性質と、古き魔術の理論、双方を把握する必要があった。そうでなければ、マグヌスの求める生身と見まごうほどの義肢など作れない。オズワルドはマグヌスが「出来る」と豪語する変化の術とやらに、見目の調整を丸投げする方向に舵を切っていた。端的に言えば、血の通う皮膚と相違ない質感の素材などある筈もないので、他に方法など無い。

 

 寝ようとベッドへ入ってからも、オズワルドは仮説を思いつけば書き出して計算を試み、試したいことがあれば工房へ戻る。毎晩のようにそういった行動を繰り返していた。しかし得意の機械制作は、殆ど進んでいない。

 そんな中、マグヌスの魔力を理解する足掛かりを得ようと制作した機械が、この採取した血液から魔力の状態を読み取る装置である。オズワルドが手にしている長い記録紙には、昨日マグヌスの血液から得た結果が長々と波形で示されていた。


「昼食であるぞ、オズワルド!」

 片手に皿を持ったマグヌスが、意気揚々と工房へ現れた。

 足の横に置かれた大皿には、柔らかな白パンとオレンジのマーマレード、蒸したじゃがいも、川魚のムニエルが乗っている。王都周辺には川が多く、城の湖にも河川が流れ込んでいる。マグヌス曰く、それらの恩恵でこの辺りでは昔から淡水魚を使った料理が食卓に上がるらしい。

 別に腹は減っていなかったが、手をつけないとマグヌスが怒る。義肢を完成させるまでは弟子の働きを鈍らせまいという意図なのだろう。オズワルドは渋々机から足を下ろして、マーマレードを付けたパンを齧った。

「美味いであろう。そのマーマレードは儂の手製じゃ」

 得意気に言うマグヌスに返事をするのも面倒なので、次から次へと皿の上のものを口に放り込んで、黙々と食事を続けた。マグヌスはその行動を美味いと肯定していると受け止めたようで、満足気に頷いている。


 共に住み始めて判明した事だが、意外にもマグヌスは一通りの家事がこなせた。その上で掃除はまめにしろだとか、洗ったシャツにはアイロンもかけるべきだとか、決まった時間にきちんと食えだとか、口煩く小言を浴びせてくるので厄介だ。

 因みに肉についても初めは好き嫌いせず食えと言われたが、七歳の頃自身にかけられた呪いに立ち合ったトラウマで食べられないのだと正直に言ったら、それ以来出してこなくなった。例の生贄を用いた魔術はマグヌスもよく知る古い魔術の一つだから、詳しくは言わずとも何を見せられたのか理解したのだろう。


「食事を終えたら、メセチナの弟子に会いに行くがよい。お主に会いたいそうじゃ」

  最後に残ったムニエルを咀嚼している最中に、マグヌスが手書きの地図を寄越してくる。

 ニコラシュ共和国の施設では馴染みがなかった魚は、マグヌスに提供されるようになってから口にするようになった。食べてみれば味は悪くない。但し頭が付いていなければの話だ、食材と目を合わせながら食事をするのは未だに苦手である。

「ルカが? そういえば、あいつ最近来ないな。俺から行かないとならない要件か?」

 受け取った地図を見遣りながら、最後にルカの顔を見たのはいつだったかと思い返す。

 あれは、ちょうどマグヌスがやって来た日だ。ヴァレリオスから戻ってきて街中で別れる時、あいつは確か「後で寄る」と言っていた。来ないのはメセチナが無事であると知って急ぐ用もなくなったせいだと思っていたが、気付けばあれから一ヶ月。ぱたりと訪問が途絶えたルカから初めて呼び出されたとなれば、何かあったのかと流石に気にかかる。

「いや、なに。この家の術式を変更してからは、ルカとやらも例外なく弾かれておるのでな。用向きがあれば、お主の方が出向かねばならぬという訳じゃ」

「……そういう事はな、一ヶ月前に伝えておくものだろ!」

 ルカがこの家へ来られなくなっていたなんて初耳だ。オズワルドは食べかけのムニエルに勢いよくフォークを突き立てると、地図を片手に立ち上がった。


 オズワルドが使用していたヘリオスは現在マグヌスの手に渡り、城へ赴く用があるのはマグヌスのみとなっている。マグヌスは城で女王陛下だけでなく、王都へ帰還したメセチナと度々会っているようだから、この地図と伝言はルカが師匠メセチナへ託したものなのだろう。

 鳴らなくなった電話は、工房の隅で埃を被っている。

 城との連絡役であったウィステリアの声は、今はもう以前のように度々聞けるものではなくなっていた。

 

 

 

***

 

 

 暫く外へ出ていなかったので、晴れ渡る空の眩しさが目に染みた。

 気になる施設の視察は粗方終わって外へ出る用事が減ったところに、連れ出す友人の訪問もなくなったのだ。さながら気分は、穴蔵から出てきたばかりの熊である。 

 最近では、日用品や食料の買い物もマグヌスが行っていた。城の外を自由に歩けるようになったのが楽しいらしい。この国の魔術師は一目でそうだと分かる着こなしを好む者も多いので、手足を長いグローブとブーツで義肢を覆い隠し、マントを羽織った姿のマグヌスも別段奇異の目で見られることはない。俺は古城に住む魔王めいた格好だなと感じているが、十人十色の服を着た王都の住人の中では、マグヌスの少々変わった装いなど人混みに紛れてしまうらしい。


 ルカの地図が示していたのは、町外れの一軒の家だった。

 閑静な地区とはいえ、ここはまだ貴族の屋敷が点在する郊外ではない。他の地区と違うのは庭付きの家が多いという点で、目的の家にも手入れの行き届いた小さな庭があった。

 招かれたのはルカの家なのだと察しをつけたオズワルドだが、その庭先には明らかに貴族のものである馬車が停まっていたので暫し足を止めた。

 来客中だろうか、間が悪ければ出直すか。

 オズワルドはひとまず庭を通って、玄関扉を拳で叩く。ドアノッカーが付いているのが目に入らなかったわけでもないが、使ったことがないので無視した。家の中から人の足音が聞こえてきて、すぐに扉が開く。


「来てくれたのか、オズワ……。どうしたんだ、君。凄い隈だぞ」

 出迎えたルカは、歓迎の笑顔から一転して表情を曇らせる。オズワルドの顔をまじまじと凝視した。

「気にするな、何でもない」

「そう言われたって、気にしない訳には……。いや……しかし、君の師匠の方針に口を挟むのは無礼になるか……」

「無礼なもんか。そこは気にしなくていい、俺の師匠の方針が悪辣なのは事実だ」

 オズワルドからしてみれば無駄とも思える思慮深さをルカが発揮していると、家の中から壮年の男が声をかけてきた。

「長居をしてしまったようだ。そろそろ私はお暇するよ」

「すみませんプレツィオーザ公。話の途中で中座してしまって」

 ルカが扉の前から身を引く。オズワルドも、帰ろうとしている男の姿を認めて一歩下がった。

「要件は伝えた故、気遣いは無用。はて、こちらは例の教室でのご友人かな?」

「いえ。彼は、女王の教室の生徒ではないんです」

 外へ出てきた壮年の男はオズワルドよりも幾分背が高く、完璧な貴族の身なりをしていた。庭先に停まっている馬車の持ち主はこの男だ。

 厳格さを湛える双眼が、オズワルドへ向けられている。その瞳は鷹のような黄金。この男も魔術師だ。

「ほう。とはいえ、この派手やかな見目。あなたもルカ殿に引けを取らぬ独創者なのであろうな。ルカ殿が私の頼みを重荷と思うならば、彼に手助けを頼むのも良いだろう。くれぐれも、娘のことを頼む」

 貴族の男は一方的にそう告げると、するりとオズワルドの横を抜けていく。

 その片手が銀色の義手であったのを、オズワルドは見逃さなかった。 


「……忙しいところ、訪ねてくれてありがとう。中へ入ってくれ」 

 気を取り直そうと考えたのか、ルカは少々ぎこちないながらも微笑してみせた。招かれて、二階へ案内される。階段を上りながら、オズワルドは前を歩くルカに質問した。

「さっきの男は何者だ?」

「あの方はプレツィオーザ公、貴族院も務められている公爵様だ。女王の教室で共に学んだ友人のお父君にあたるのだけど、俺も初めて会った」 

「何か頼まれたみたいだな。貴族なのに、わざわざあっちからやって来たなら只事じゃないだろう」 

「その通りだけど……公爵の頼み事は、あまり気が進まなくてね。両親も妹も留守だから、正直言うと困っていたんだ。君が訪ねてきてくれて助かったよ」

  

 ルカの手で、二階奥の扉が開かれる。ふわりとハーブの香りがした。

「俺が魔術拠点にしている部屋だ。狭いけど、ここでいいかな。君の魔術拠点にお邪魔してばかりいたから、一度招待したかったんだ」

「いい……というか、お前がいいなら入らせてもらう。初めてだ、他人の魔術拠点に入るのは」

「本当に?」

 ルカの問いに、オズワルドは頷く。


 施設にいた頃は、魔術拠点の行き来は禁じられていた。特にオズワルドは反抗的な態度と能力のせいで、他の独創者と団結して悪巧みをしないように部屋も個室にされていたくらいだ。見張りの目を盗んで仲間と話せる別の場所を失わないよう、処罰の重い他者の魔術拠点への侵入を試みたことはついぞなかった。

 結局オズワルドによる脱走という名の悪巧みは決行されたのだから、施設職員の勘と措置は正しかったということになるのだが。どんなに阻止しようとも、集団生活に於いて悪友共が徒党を組むのは避けられないものだ。類は友を呼ぶ。


 馬車を引く馬と会話を重ねて、あの日の作戦を成功させてくれたシエロ。銃で撃たれた俺を助けに戻ってきて、馬車へ引き上げてくれたキアーヴェ。寒くて危険な御者役に名乗り出てくれたユオと、その妹のネーベル。

 共に亡命した全員が、今では平穏な日々を送っているのは何よりだ。エタンセルからの手紙は何度も読み返している。距離を隔てて便りが減ろうが、四人の仲間のことを思う。四人──それがいつも、何かおかしな数であるような気がして引っかかるのは何故だろう。

 シエロ、キアーヴェ、ユオ、ネーベルで、間違いなく四人だ。合ってるよな?


「俺の魔術拠点は見ての通り、一般的な魔術師のものと大差ない。君の工房みたいな個性的なものじゃないから、そんなに面白味もないだろ?」

 ルカに問いかけられて、オズワルドは些末な違和感を気にかけるのをやめた。

「いや。いい魔術拠点だ」

 ルカは謙遜したが、事実、一般的な魔術師の魔術拠点すら知らないオズワルドの目には、様々なものが新鮮に映る。

 天井の梁から吊るされている、数々の薬草やハーブ。床の隅には書架に入りきらない本が、分類されて積まれている。使い込まれたオーク材の薬箪笥は幅広で背も高く、沢山の小さな引き出しが使いやすそうである。

「魔法薬を作れる環境が整っているな」 

「ハーブは母が庭で育ててくれているんだ。うちは他の家より魔術師に理解があるから甘えてしまっているよ。父も母も教師でね。生徒にも時々いるみたいなんだ、魔力を持っている子達が」

「メセチナが王都に帰ってきたのに、一緒には住まないのか?」

「特にそういう話は無いな。君みたいに、師匠と共に生活するのは稀なことだ」

「……そうか。なら、俺は相当運が悪かったんだな」

「まさか。それだけ師匠から目をかけられているということだろう、俺からすれば羨ましいよ」


 会話をしながら窓辺に寄れば、存在感のある望遠鏡。その傍らには使い古した星座盤。机上に目を向けると様々な形をした水晶のプリズムと、レンズが差し込まれた黒い箱があった。この辺りの道具には、光を操る魔術が得意なルカらしさが感じられる。

 魔術拠点は魔術師にとって、他人にはあまり見せたくない私的な空間だ。用もないのに招かれるということは、それだけで信頼を寄せられていることを意味する。

「俺からすれば常識ある魔術師に師事しているお前の方が羨ましいが、この魔術拠点を見れば、メセチナがお前を選んだ理由も分かる。お前の扱う光の魔術を詳しく知らなくても、独創者として優等生って印象だ。素質の研鑽と同じくらい基礎も大切にするなんて芸当は、俺にはとても出来やしない」

「俺は勤勉さは美徳だと思っているよ。君は、そうではない?」

「さあね。これまでは何が美徳だとか、考える暇もなかった。そのうち考えてみるのもいいかもな」

 オズワルドが正直な気持ちを告げると、ルカは満足気に笑みを作る。

「なら、その答えをいつか教えてくれ。下でお茶を用意してくるよ。そこの引き出しに魔法薬の材料や、俺の相性のいい宝石も、小さいのが少しだけ入ってる。どちらも君にはあまり必要ないものだろうけど、眺めていて構わないから」

 ルカは階段を下りていった。

 

 暇を潰していろということなら適当に開けてみるかと、オズワルドは薬箪笥に近づく。

 手を伸ばした高さにある引き出しを一つ開けてみると、小瓶に入った青い粉があった。ラベルも何も無いが、この青はラピスラズリの粉末だろうか。その右隣の引き出しを覗けば、種類ごとに小袋に分けられた植物の種。一番上の袋にはルカの字でマンドゴドラと書かれている。

 今度は左の方の引き出しを一つ開けてみる。入っていた少し大きめの丸っこい瓶を持ち上げると、真っ白でふわふわとした、植物か動物の毛らしきものが瓶の中で踊った。これはケサランパサランの毛かもしれない。

 その上の引き出しには、透明な液体がほんの少しだけ入っている瓶。封がされていて厳重だ。毒のある植物のエキスか、もしくは貴重な幻想種の涙や唾液なのかもしれない。

 

 存外面白いので端から順に見ていくかと考え直し、右角の一つを開けた。入っていたのはケースに入れられた二つのピアスだった。そのうちの一つを手にしてみると、青緑色の宝石がついている。

 

「お待たせ。といっても、魔術でお湯を沸かしたから早かっただろ?」

 戻ってきたルカが、机の上の物を除けてティーセットを置く。

 オズワルドを招こうと思っていたからか、望遠鏡の隣には椅子が一脚余計に用意されていた。それを机の方へ動かそうと、ルカが窓辺へ向かう。そこで、ピアスのケースをオズワルドが手にしているのに目を止めた。

「それは以前愛用していたものなんだ。光の種類で色を変えるアレキサンドライトと、遊色効果が見特徴的なオパール。どちらも俺の魔力とは相性が良くて、暫く使っていた」

 ルカは椅子を持ち上げて移動させながら、二つのピアスについて説明した。

 一般的に、魔術師の宝石選びは重要事項とされている。相性の良い宝石は魔力の循環を助けて力を安定させる効果を持ち、非常に相性が良いものならば魔力そのものを引き上げることもあるからだ。魔術具の馴染みにも影響を齎すので、武器や杖に大ぶりの宝石を嵌め込む魔術師も多い。


 因みにオズワルドの魔術に限れば、同様の効果を齎すのは金属であって、宝石の効果は無効である。

 

「なら、いま身につけているピアスの石は更に相性がいいってことだな。ダイヤか?」

 ピアスを元に戻して引き出しを閉じ、ティーセットの乗る机へ歩み寄った。ルカの左耳では、無色透明の宝石が一粒、硬質な輝きを放っている。これがルカの魔力を向上させる為に選んだ、三つ目のピアスということになるのだろう。

「ああ。屈折率の高いダイヤは、光の魔術を使う俺とはとても相性が良くてね。このピアスは、メセチナ様から弟子になった記念としていただいたんだ」  

「高価な宝石だ。メセチナは太っ腹だな」 

「同感だ。俺も不相応なものだからと一度は遠慮したけれど、若い頃に報労として受け取ったきり仕舞い込んでいたルースだから、役立てて欲しいと言われてね。なんでもその頃に、この国で僅かに採れた希少なものらしい。おかげで俺の魔力の調子は格段に上がって、今ではこんなことも出来るようになったんだよ」

 ルカが言うなり、周囲の景色ががらりと変化した。

 ──これは、自身の工房だ。それも今の物で溢れた状態ではなく、ルカが頻繁に訪れていた頃の。見慣れた壁も使い慣れた机も、本当にそこにあるように見える。

「覚えがいいな。見事な再現度だ」

「でも、光の作用を利用した見せかけだ。動くと現実にある物にぶつかるから気をつけて」

「そう言われると試してみたくなるな」 

 ついと手を伸ばしてゆっくりと動かすと、何もないように見える空間に椅子があるのが分かる。触覚と視覚にズレが生じていて、おかしな気分だ。丁度その時、郊外付近にしか飛来しない鳥が庭へやって来たのだろう、工房の風景には相応しくない鳴き声がした。

「気持ちの悪いものだ。視界を他人の自由にされるっていうのは」 

「酷い感想をありがとう。教室では、体感型の映像資料として授業にも使えると好評だったのだけど」

「俺はこの状況でお前を敵に回したら面倒になる点に、可能性を感じてるけどね」

「え……? ああ、そうか。動くと現実の物にぶつかるなら、国境で敵と対峙した時なんかにも有用だって事だな。試しに、効果を君の周辺のみに縮小させてみよう」 

 ルカが魔術に集中する素振りを見せた途端、その姿が消えた。

「どうかな?」

「いいんじゃないか。お前が何処にいるのか、声の方向でしか判断出来ない」 

「なるほど。音の遮断魔術を同時に使えたら尚いいのか」

 工房から消えていたルカが、再び現れる。

「この景色は、人を意識的に除外した上で作っているから集中力がいる。他の魔術をもう一つ使うのは、訓練しないと難しそうだ」

「意識的に除外しないと、俺もこの風景の一部になるということか?」 

「いや、それが面白いんだ。雑に範囲内の全てに魔術を適用させると、体内を巡っている魔力に反応してしまうらしくてね。魔術師は皆、人型をした青白い光になる」

 全身に、魔術特有の圧を感じた。特に不快感も支障もないふわりとしたものだが、ルカの魔術が自身にかけられたのが分かる。

 

「……驚いた。君、オーロラみたいにカラフルだ」  

「俺は火の玉イグニス・ファトゥスもこの色だ。どうやっても普通の青白い色では出せなくて、様々な金属の炎色反応みたいな色になる」

火の玉イグニス・ファトゥスと同じ……? 確かにあれも、熱の無い光……ではあるか。双方を似た現象だと仮定して、視覚に作用する魔術の研究を更に進めてみるのも悪くないな。ありがとう、思いがけず参考になった」       


 光の魔術が解かれた。帳をさっと開かれたかのように、現実の視界が戻ってくる。そろそろ紅茶が頃合いだとルカ言うので、オズワルドは目の前にある椅子に座った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る