救いの連鎖(2)

 ルカが、ウィステリアと甘いタルトを食していたその頃。オズワルドは苦々しい顔つきで、マグヌスと対面していた。


 マグヌスの居座る部屋は暗い通路を進み、更に長めの階段を二回降りた先にある。二つの階段の途中には森の結界に似た仕掛けが施されていて、誰でも通してくれるという訳ではない。その仕掛け部分を通らせて何者かを確認する為に、ヘリオスは手前の通路までしかオズワルドの身を運んでくれないのだ。

 城内の深部に位置する廊下から直接下れるこの構造は、よくある地下牢獄などとは明らかに違う。寧ろその逆の待遇だ。事実マグヌスの部屋の入口は荘厳な扉であり、室内には暖炉があり、おまけに窓の外には風のそよぐ景色があった。つまり地下を通ってきたのに、辿り着いた空間は地下にはない。手の込んだ魔術で作り上げられている部屋は始めから、湖より発見された古き魔女マグヌスの居場所として設計されたものに違いなかった。


「うむ。まだまだ満足いくものには程遠いが、試作にしては悪くはない。この調子で励むがよいぞ、オズワルド」

 機械の腕を偉そうに組んで、堂々と仁王立ちしたマグヌス。その腕はひと月前にオズワルドが作った腕で、脚はたったいま布にくるんで持参してきたものだ。どちらもマグヌスの魔力が馴染みやすい金属で作り上げたので、ソケット部分の結合も上手くいっている。胴体から寸法を割り出した脚を取り付けたマグヌスは女性にしては結構な長身で、立ち上がるとオズワルドとの身長は殆ど変わらなかった。

 義肢の制作は、概ね順調。女王陛下と交わした約束であるからには、真剣に取り組もうと決めている。しかしオズワルドは、マグヌスの人使いの荒さと高飛車な態度には大いに不服があった。早く仕上げろと始終急かす上に、その要求は青天井。挙げ句こうして苦労の末に完成させても、感謝の言葉は一切ない。女王陛下の前にいる時の、あの礼儀正しい姿と丁寧な口調はどこへやらだ。


「……いい加減お前の苛つく態度を、女王陛下にも伝えるべきかもな。ウィステリアにさっき言っておけば良かったよ」

 オズワルドがぼやけば、蔑むかのように赤い瞳が細められる。

「生意気を言うなよ若造。儂は貴様の命の恩人で、稀有なる魔術の知恵を授ける師なのだぞ。貴様が儂のために身を粉にして働くのは当然であろうが」

 続けてマグヌスは、口調を強めて注意をした。

「貴様こそ、皇太女を名で呼び捨てるとは何様のつもりじゃ。先日は無礼にも正しき挨拶をしなかったと言っておったが、先程はきちんと皇太女の手を取ったのであろうな?」

「顔は合わせたし、言葉も交わした。こっちはお前の脚を抱えてたし、あっちも用があったんだ、それで十分だろ? それから、俺を弟子扱いするのはやめろ。俺がお前から古い魔術を教わるのは、その義肢を完成させるためだ。結局は全部、お前のためにやってやってるんだからな」

「口の減らん奴じゃ。貴様には魔術の教授の他にも、王族や目上の者に対する作法をじっくりと叩き込まねばならぬようじゃな」 

 片眉を上げて、冷たい口調でマグヌスは言い放つ。そうして不意にオズワルドから視線を外すと、暖炉の前に丸まっている大きな犬の傍へ、徐にしゃがんだ。 

 丸まって寝ていた犬が、ふさふさした漆黒の毛並を撫でられて顔を上げる。マグヌスと同じ赤い瞳を持つその犬は、長く共に過ごしている唯一無二の相棒であるらしい。リゲルという名の、大型犬というより熊じゃないかと思えるほどの巨大な黒い犬だ。

 オズワルドは犬の顔を両手で撫でるマグヌスを、少し離れた場所から見るともなしに見ていた。だが次の瞬間には、マグヌスの姿は犬の傍から消えていた。


「──ほう。やはり改造を施しておったか。丁度良い、義足の調子を見がてら少し外を歩いてみるとしよう」

 一気に目の前に焦点を合わせてから、驚きを落ち着かせようと数度瞬きをする。黒いマントを羽織って、機械の脚をすっぽりと隠すロングブーツを履いたマグヌスが、舞台の場面がいきなり転換したかのようにそこに立っていたからだ。その手には、オズワルドのポケットへしまってあったヘリオスが握られている。

 これはマグヌスと過ごしている際に、度々ある現象だった。時間を操る魔女は、悪戯に周囲の時間を止めては勝手なことばかりする。 

 オズワルドに支給されたヘリオスは元々、先程到着した暗い通路と自宅の間のみを繋げているものだ。魔術で何処へでも忍び込めたらまずいことになるので、裏側には移動先を制限するための盤が嵌められてる。オズワルドはそれを二重の目盛環へ改造して、自由な移動先の変更を可能にしていた。当然自身の『行きたい場所』を示す目盛りには、目印が付けてある。

「それに勝手に触るな」

 オズワルドはヘリオスを奪い返そうとしたものの、遅かった。二人は小さな竜巻に巻かれ、一瞬のうちに別の場所へ移動していた。


「……なんだここは。墓地ではないか」

 移動した先は、静かな広い墓地だ。周囲を見回しているマグヌスの手から、オズワルドはヘリオスをひったくる。

「分かっただろ。これは、お前が歩き回りたくなる場所には設定してない」

「待て、誰か来るぞ。なんと、あれは」

「おい、帰るんだから離れるなよ。ここにいるのを見られたらまずい」

「いいや、儂はあの男に興味がある。隠れて様子を伺うとしよう」

 一刻も早くこの場から立ち去ろうとしているのに、マグヌスは木の影に身を隠す。何をしているんだと文句を言おうと近寄れば、オズワルドに告げられたのは意外な言葉だ。

「ここは国境付近の町で、お主は許可なく立ち入っていることを知られたくないのであろう? 心配は無用じゃ。あの男には、魔術師の匂いは分からぬ。彼奴は魔力を持たぬ者じゃ」

「何だと。誰だ、あいつは……?」

 ここが何処なのか、マグヌスは察している。

 ならば墓地へやって来る人物とは、何者なんだ。この国境付近の町は、敵国から国を守り抜く魔術師のための拠点だ。滞在が許されているのは、敵の魔術師と戦える力と覚悟を持つ魔術師だけのはずだ。これからやって来る男が魔力を持たない者であるのなら、何のためにここにいるというのか。

 

 墓地へと入ってきた男が近づいてくる気配を感じて、オズワルドは問いかけを途中にして口を噤んだ。仕方なく、マグヌスが身を隠している木の隣の茂みに身を伏せる。茂みの隙間から様子を伺っていると、男は古びた墓標が並ぶ奥の方へ向かい、その中のひとつに向かって跪いた。

「ヘレナ、愛しき我が妻よ。私の心は、永遠にあなたと共にある」

 男は、目を閉じて祈っていた。長く静かに祈る様は、ひたむきな心の表れだ。目を閉じて祈るこのひとときに、微動だにしない体の中をどれほどの感情が駆け巡っているかを、オズワルドは知っている。そうしたって、失う前には何一つ戻らないのだということも。

「おお、ヴァンジェーロ様。ここへおいででしたか」

 墓地にもう一人誰かが入ってきて、祈る男に声を掛けた。男が立ち上がる。後ろ姿しか見えなかった、男の横顔が垣間見えた。歳の頃は、四十半ば辺りといったところか。武術を得意としていそうながっしりとした体格からは意外にも思えるほどの、上品で穏やかな顔立ちをしている。

「戦死した魂たちへ、日課の祈りを捧げておりました。あなたを補佐するのが私の仕事なのに、手間をかけさせたようで申し訳ない」

 男を呼びにきたのは、遠目にも目立つ立派な白髭をたくわえた人物だ。相変わらず、物語の中の魔法使いじみたローブを纏っている。見間違えなどしない。あれはこの場所に集う魔術師達を総括する責任者であり、ルカの師でもある、メセチナ・ブランシュである。

「いえいえ。死者を悼むヴァンジェーロ様のお心掛けに、勝る仕事はありますまい。ご実家より、手紙が届いておりますので知らせに参りました。このところ、どんどん封筒の厚みが増しておりますな」

「またですか。あまり頻繁に送られては迷惑になると、先日も書き添えたのだが。わかりました。早々に目を通して、返事を書いてしまいましょう」

 男がそう言い残して、墓地から去っていく。しかしメセチナはそれに続かなかった。その目はこちらに向けられたまま固定されている。


 メセチナが墓地に入ってきた時点で、オズワルドは半ば観念していた。あれだけの魔力を持ったメセチナが、付近の魔術師の匂いに気づかない筈がない。

「珍しい客人だのう。そこにいるのは、マグヌス殿とオズワルド殿じゃな。二人とも、観念して出てくるがよい」

 ヴァンジェーロの姿がすっかり見えなくなってからのその呼び掛けに、先に反応したのはマグヌスだ。

 オズワルドが茂みから立ち上がって服に付いた土を払った時には、既にマグヌスはメセチナに早足で歩み寄っていた。装着したばかりの義肢は、歩くのには別段問題のない出来となっているようである。

「メセチナよ、見損なったぞ。お主は今のあれを咎めず、見過ごしているのか」

「はて。何のことやら」

「とぼけるでないわ。彼奴が祈っておるのは唯一人のためと、気付いておらぬお主ではないだろう。皇太女の婚約者という立場にありながら、彼奴はここで、他の女へ愛を囁いておるのだぞ!」

「落ち着いてくだされマグヌス殿。どれだけ語りかけようと、お相手は返事をくれぬ土くれ。何を咎めることがありましょう。そもそも、ヴァンジェーロ様のまことのお心は、皇太女様こそがよく分かっておられるはず。我々が口を挟めるものではありますまい」 

 詰め寄るマグヌスを、メセチナは冷静な言葉と態度で宥めた。

 オズワルドは二人の会話から、先程の男が何者なのかを理解する。婚約者がいる身だとウィステリアが言っていたのを思い出して、あれがそうかと納得した。正直、想像していた男とは事情も年齢もまるで違っていたな、とは感じたが。

「それより、あなた方はどのような手段でここへ参られたのですかな。この町に許可なく立ち入るのは禁止されておると、重々承知しておるのでは。のう、オズワルド殿?」

 不意に問いかけられて目を合わせた瞬間に、オズワルドはヘリオスを改造したのを誤魔化せないと諦めた。メセチナは誰にでも柔らかな物腰で接するが、いつだって隙がない。こちらがどんな手段でここへ到着したのかなんて、とっくにお見通しなのだ。 

「死者への祈りたいと思う気持ちは、他者が責められるものではない。そう思えばこそ、この墓地で時折オズワルド殿の魔力を残り香の如く感じても、儂は気付かぬふりをしておった。じゃが、こうしてはっきりと会ってしまったからには、違反を見逃すことは出来ぬ。お主の持つヘリオスの件を、報告せねばいかん。もっと早くにお主がここへ来るのを、咎めておくべきであったかもしれぬな」

「………俺は!」 

 オズワルドがこの町へ度々来ていたのは、リュゼの墓前で祈るため。それも人目のない真夜中の、ほんのひとときだけだ。ヘリオスを他の手段には使っていない。

 しかし、出来ない訳ではない。目盛りは何処へだって設定出来る。例えば魔力を増幅させる仕組みを組み込めば、国境を越えて逃亡することだって可能だろう。そのような見逃されていたヘリオス乱用の可能性が、マグヌスのせいで懸念されるべきものに変わってしまった。


 今日、ここへ来てしまったのは手違いだ。ヘリオスを乱用するつもりはないのだと説明して、メセチナを説得しなければと考えた。しかし、そんな主張は何の証明にもならないものだと理解しているからこそ、オズワルドは何も言えないまま逡巡するばかりになってしまう。

 それをマグヌスがちらと眺めて、微かに口元だけで笑った。続いてマグヌスは、メセチナの腕を軽く掴んだ。それだけで、メセチナの老体はくたりと地に伏せてしまった。 

「頭の切れる、面白い奴ではあるのじゃがな。相変わらず考えが少し堅いのう」 

 マグヌスはやや呆れた口調で独りごちながら、倒れた老体を仰向けの姿勢に整えた。

「おい。まさか殺してないだろうな?」 

 焦ったオズワルドが傍に寄って確認してみれば、メセチナには外傷もなく、穏やかに呼吸をしている。

「これは、睡眠の魔術か?」

「そうではない。ここで儂らに会った時間を切り取り、記憶を消したのじゃ。メセチナは儂がこの能力を持っていると知らぬから、目を覚ましても倒れた前後の記憶が曖昧なのを不思議がるだけで、何が起きたのかまでは悟られまい」

「……お前は、人の記憶を思い通りに消せるのか」

 嫌な魔術だと、オズワルドは感じた。マグヌスと出会ってからこれまでに理由も分からず倒れていたことは無いが、気軽な気持ちで自身にかけられたらと思うと、ぞっとする。

「安心せよ。この類いの魔術は魔力の消耗が激しいからな、儂とてそう易々とは使えぬ。今回は仕方なしじゃ。貴様のヘリオスが取り上げられたら、儂の義肢製作が遅れるのは必至じゃからの」

 言ったそばから、がしゃん、と音をたててマグヌスの右脚が外れた。ソケット部分を繋ぐ魔力が不足しはじめたようだ。

「うむ。貴様の腕の機械に備わる魔力増強の仕掛けが、義肢にも欲しいところじゃな。それからやはり、この禍々しい機械の見目を改善していねばならぬ。変化の術にも対応出来るものがよい」

「何だよ変化の術って。初耳なんだけど。兎に角、ばらばらになる前に帰るぞ」

 落ちた脚を拾い上げたオズワルドは、ヘリオスを素早く発動させた。


 

 

*** 

 

  

 元いたマグヌスの部屋へ帰還すると、案の定マグヌスの四肢は次々に外れてしまった。

「……確かに、一度でかなり魔力を消耗するみたいだな。お前の魔力量って、測定した限りでは相当なものだったと思うけど」

「衰えを知らぬまま長い時を駆けられるよう、常に儂とリゲルの生命活動に於ける時間は緩やかにしておるからな。儂らの肉体の時間は、殆ど止まっているのと同義よ。それが少々、魔力を食うのじゃ」 

 オズワルドは、マグヌスをカウチソファの隅に座らせる。途端に黒犬のリゲルが尻尾を振ってやってきて、マグヌスの頬を舐めた。

「おお、リゲルや。連れて行かずに済まぬな。外を歩く準備が万全となるまで、共に走るのはもう暫くの我慢じゃ」

 拾い集めた手足を、マグヌスのいるソファの上に並べた。魔力が回復したら一人でも手足を繋げられるように向きを揃えて、腕は本人の近くに置いてやる。

「魔力が枯渇した状態からの回復はどうなんだ、時間がかかる方か?」

「そうでもない。並の魔術師と同じ程度じゃな。その計算で、次はより快適な義肢を作って参れ」

「善処するよ」

 オズワルドがこうしてマグヌスのことを尋ねのは、別に興味があるからではない。義肢の製作に必要だからだ。

 しかしマグヌスはメセチナのことをよく知っているようなので、それについては少し意見を聞いておきたかった。今日の記憶を消したとはいえ、メセチナはオズワルドが度々あの墓地に赴いていると感づいている。このまま通い続けていいものか、再考しなければならない。

「聞くが、お前から見てメセチナはどんな男だ。俺が墓地へ通っているのを、これからも黙認し続けてくれると思うか?」

「どうであろうな。彼奴は情に脆いところもあるが、結局はお国のための仕事が第一であるからの。貴様への心象が今よりも悪くなれば、法を破る不正は見逃されぬじゃろう」

「そうか。じゃあやっぱり、ルカは俺の監視役と考えていいんだな」

 ルカ自身には監視役としての自覚が無いようだが、メセチナはオズワルドの言動に不審な点が無いか公平な視点から判断させるつもりで、自らの弟子を世話役に置いたのだ。短い付き合いでも分かるが、ルカの正義感には揺るぎがない。誠実であり、そして頑固だ。師匠メセチナはそこを買っているのだろう。常に正しくあろうとする人物ならば、多くを説明しなくとも望む通りの働きをしてくれる。

「メセチナが万が一に備えて、監視役を付けるのは当然であろう。貴様は敵国から来たのじゃからな」

「分かってるよ。不満は無いさ」

 政府の人間であるメセチナが、敵国出身の人物を監視せざるを得ないと考えるのは理解出来る。オズワルドをヴェスパー王国へ招き入れたのはメセチナなのだから、責任を持たねばと考えてのことだろう。

 それに、不満が無いというのは本心だ。今の自分には、施設にいた頃よりも遥かに自由がある。

「昨今は、各国からスパイも入り込んでおる。メセチナはその情報を掴んでおるから、尚更気が抜けぬのじゃろう」

「……そういえば本来メセチナは、秘密情報部の人間だったか」

「うむ。メセチナの属する秘密情報部は、海外での情報収集が主たる仕事でな。彼奴が城へ報告へ来るようになったこの三十余年は、携えてくる土産話を儂も楽しみにしておった。彼奴だけが歳を取っていったが、良き話し相手になることは今でも変わっておらぬ」

 そんなにも長い間メセチナと話していた仲だったのかと、オズワルドは驚いた。メセチナの城への帰還がどれほどの頻度なのかは知らないが、三十余年といったら、自身が生まれるよりも遥かに以前から交流を続けてきたこということだ。

 思えば確かに二人は、口調だけは似通っている。マグヌスの言い回しや『儂』という一人称は、もしやメセチナの影響あってのものか。片や他国を飛び回る身、片や城から一歩も動けぬ身。秘密の多い職の話し役とそれを耳にする聞き手としては、互いに都合が良かったのだろうか。どう考えても、性格が似ているとは思えやしないが。

「何だ、あまり納得していない顔だな? 彼奴は少々堅物ではあるが、話が面白く、儂の語る話にも理解を示す男なのじゃ。実用に耐える義肢が完成した暁には、儂は秘密裏にメセチナと組んで一仕事しようと思うておる」

「メセチナと組むだと? 勝手にメセチナの記憶を消したばかりのくせに、よく言えたもんだ。お前が一緒に仕事をしたくても、メセチナがお前を信頼しているとは限らないだろ」

「信頼なら十分に得ておるわ。儂の王家に対する忠義はメセチナにも伝わっておるのだからな。それに儂がしたいのは、彼奴も手を焼いているスパイ共の一掃じゃ。手を貸さぬ道理はないであろう」

 魔力が少し戻ってきたようで、マグヌスは肢体を斜めに傾けて右手の上腕を義腕に近づけた。何とも不安定な姿勢だ。次は魔力だけでなく生体磁気にも反応して義手が引き寄せられるよう、改良を加えてみるのもいいかもしれない。

「はあ、王家への忠義ね。確かにお前は、女王陛下にはあからさまに従順だけどさ」  

「当然じゃ、王家は儂とリゲルの命の恩人であるのだからな。時を止めていた儂らが意識を戻したのは、湖に引き上げられてから十余年も後のこと。その先も、手足を失った儂は不自由な身のままであった。この身を歴代の陛下が手厚く庇護してくださったおかげで、今も儂とリゲルは生きながらえておる。今代の女王陛下には、積年の恩を返したいものじゃ」 

 話しているうちに、義腕がぴたりと腕に接合した。装着した義腕の指先までに魔力が十分に行き渡ると、マグヌスは掌をソファについて姿勢を正す。それから感覚を確かめるみたいに、掌の開閉を繰り返した。


 王家が四肢を失った魔女を秘密裏に城へ隠したのは、その知識と力を独占し利用したかったからではないかとオズワルドは勘ぐってしまうのだが、マグヌスはそんな穿った見方はしていないらしい。

 まあ、本人が恩を感じているというのなら無用な意見だ。思うだけにとどめておく。

「そういうことなら、義肢を提供してやってる俺にも少しは感謝しろよな」 

「話を聞いていなかったのか若造。儂は、命の恩人は尊ぶべきと言っておるのじゃ。恩義を感じるべきは、儂の解呪で命を救われた貴様の方ではないか」

「成程、学んだ。恩義ってのは、受ける方から要求するものじゃないよな」

 呆れて告げれば、マグヌスがあからさまに機嫌を損ねる。

「貴様が礼儀に欠けておるから、儂がわざわざ言ってやっているのじゃ。魔術師は才を鼻にかけておると、録なことにはならんからな。貴様は、少しばかり奇特な機械魔術の才があるからといって図に乗っておる。至高の魔術師である儂を前してのその態度、恥ずかしくはないのか?」

 マグヌスの意見に加勢するかの如く、黒犬リゲルがガウ!と大きく吠える。二対一とは分が悪いと思ったものの、オズワルドはきっぱりと言い返した。

「ないね。全然、全く、恥ずかしくなんて、ない。そういう訳だから、俺を弟子扱いしてとやかく言うのはやめてくれ。俺がこの先、録なことにならなくても、別にお前のせいにしたりはしないから」

 言いながら、オズワルドは手元のヘリオスの目盛りを墓地から自宅へと合わせ直す。

 大気のことわりに熟知した魔術師メセチナは、個々の魔力を嗅ぎ分けることまで可能だと知った。この分ではマグヌスからの口添えは期待出来そうにないし、無断でしている真夜中の墓地への出入りを、メセチナがいつまでも黙っていてくれる保証は無い。リュゼの所へは、もう足を運べなくなってしまった。

「これ以上お前と不毛な話を続けていたら、リゲルに噛みつかれそうだ。次の義肢で改良すべき点は纏まったから、帰って仕組みを考えることにするよ。お前も古き魔術の教えを俺に説く気分じゃないだろうし、そっちの続きは、また次回でいいな?」 

「待つがよい、オズワルド。メセチナに気付かれることなく墓参りがしたい貴様向きの、とっておきの教えがある。こんなものは魔術とも呼べぬ初歩の初歩じゃから不要と思うておったが、貴様の無知のせいで義肢完成が危ぶまれては事であるから、特別に教えてやろう。魔力の匂い、魔術の痕跡。それらを残さぬ御業みわざについてじゃ」

「……本当か?」

 耳を傾ける価値があると判断して、オズワルドは作動させようとしていたヘリオスの二重環から顔を上げる。

「但し条件がある。教えて欲しければ礼儀作法を身につけると誓え。儂のやり方に従い、生意気を言うな。王族を敬い、儂のことも師匠と思うて敬うのじゃ」 

 ぐっとヘリオスを握りしめて、オズワルドは一考する。そうして込み上げてきた腹立たしさにヘリオスをソファへ投げつけると、マグヌスを見据えてどかりと座り込んだ。

 ソファのスプリングに跳ねたヘリオスを、リゲルが咥えてキャッチする。

「……教えを請おうか、師匠」

 不服であると示す睨みをきかせながら、オズワルドは一言そう発した。片脚を太腿に乗せてふんぞり返って座った姿勢で、どう見ても人にものを頼む態度ではない。しかしマグヌスを師匠と呼んで教えを請おうとしたのはこれが初めてであったので、これでも譲歩していると言っていい。

 マグヌスは教えがいのある生意気な弟子に対して、勝ち誇った顔を浮かべた。


 その後、御業みわざの伝授と並行して始まった手厳しい礼儀作法の練習は、日が落ちるまで続いた。

 問答無用に叩き込まれる作法に、オズワルドは文句の数々を飲み込みつつ耐えた。帰り際にリゲルが気に入って抱え込んでしまったヘリオスを取り返すのにも苦労して、疲弊の色を益々濃くしたのだった。

 

  

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