美少女と金持ちと殿様

さわだ

美少女と金持ちと殿様

最寄りの駅からバスで十分以上掛かる古い団地に住んでいると、思うことは子供部屋が小さいという事だ。

そんな古い団地の部屋で暮らしてるから自分は高校生になっても背が伸びず、小学生と間違えられる様な線が細く背の低い体型になってしまったのかも知れないと松村頼子(まつむらよりこ)は考えていた。

背の高さで大人か子供を判定するように、髪が長いか短いかで男子か女子かを判定する事もある。頼子は天然パーマ気味の柔らかい波打つ髪をバッサリと襟首で揃えていて、見た目は少年の様だった。

今日も頼子は学校から帰って来て制服を壁に掛けて、動き易い袖の広いカットソーに着替えた姿は男の子だが、腕を組んで勉強机とは別に床置きのテーブルを出してその上には小さな醤油皿サイズの鉢に植えられたミニ盆栽を睨みつけていた。

「うむ」

黒い剪定鋏を動かして、小さく伸びた枝を一本切り落とした。

「まあこんなもんかの?」

ニンマリと笑う頼子の姿はプラモデルを作り上げたばかりの自己満足に浸り、何も怖いものがなくなっている少年の姿だった。

「ほんとヨリはほんと枯れてるよね」

「なんじゃ急に……」

テーブルの下に細く長い足を投げ出して、読んでいた漫画を床に置き肘を突いて手で顔を押さえながら声を掛けたのは中学時代の同級生の荒木綾(あらきりょう)だった。

頼子とは対照的に盛り上がった胸、薄く丁寧な化粧が健康的な肌を引き立てて、長くしなやかな髪に髪留めのヘアピンをアクセントにして女性らしさを強調していた。

紺のブレザーから見える白いシャツと少し緩めた胸元のリボン、いかにも女子高生らしいアイコンを見事に着こなしていた。

「だってさあ普通女子高生で学校帰ってきて盆栽弄る?」

「じゃあ何だったら普通なんじゃ?」

「こうやって床に寝転んで漫画読むとか?」

「リョウ! お前またそうやって漫画を開いて床に押し付けるな」

「だってこうしておかないとどこまで読んだかわからないじゃない?」

綾は床に置いた読みかけの漫画に指を挟み込んで持ち上げた。

「変に癖が付くだろうが、しおりを使えしおりを」

「別に私が買って置いてある漫画なんだから良いでしょ?」

勉強机が置いたある窓側を背にした頼子から見て右側、壁に付けられた本棚にはギッシリと頼子の買った本が並んでいるが、一番床に近い下の段には恋愛ものなどの少女漫画が並んでいて、殆どが綾が買って持ち込んだ漫画だった。

「リョウの買ったもんかも知れんが、この部屋に置いてある時点でワシの管理下じゃ、だから丁寧に扱え」

「ハイハイわかりましたよお爺ちゃん」

「誰がお爺ちゃんだ」

頼子は黒い鉄製の剪定鋏をカチカチと動かして威嚇するような目線を投げかけるが、既に綾はまた漫画を読み始めた。

「勝手しよって」

頼子はふんと鼻を鳴らしてから剪定鋏を机の上に置いて、端に寄せていた分厚い手帳を手に取った。

手帳のベルトに括り付けたペンを取ると手帳に絵を描き始めた。

「何、また絵を書いてるの?」

ペンが紙の上を走る音を聞いて綾が起き上がった。

「まあの」

頼子は何かあるとすぐにメモを取る癖があった。

そこには日々の気になったことがイラストを交えて描いてある。

頼子がメモを取り始めると綾は勢いよく上半身をお起こして、頼子の手帳を覗き込んだ。

「なに描いてんの?」

「この盆栽のスケッチじゃ」

「なにこの殿様の絵、可愛い」

漫画で自分が切った盆栽の絵の横には扇子を持って天晴れと褒め称える殿様の絵が描かれていた。

「相変わらずヨリは漫画上手いね」

肩を寄せて綾は手帳を覗き込んだ。

「覗くな」

「えー久しぶりにヨリの手帳見たいのに残念」

「これはあまり人に見せるものでは無いのだ」

なで肩で小さな背中を綾に向け、隠すようにしながら頼子は手帳に描き始めた。

綾には頼子の姿が子供がいじけながら何かを描いているようにしか見えないのでついつい意地悪をしたくなった。

「おま、何するんじゃ」

スマホを高く掲げて頼子の方に向けて綾は何度も画面のシャッターボタンをタップした。

「隠し撮り」

「ちょっやめんか」

カシャカシャとシャッター音がする度に頼子の眉間に皺が増える。

「あっ面白い顔撮れた」

「やめろと言っているだろ!」

頼子が止めようと綾のスマホに手を伸ばすが、背が高くて手足が長い綾がスマホを上げると全く届かない。

「ほらほら撮っちゃうぞ~」

綾は素早く動画撮影に切り替えた。

「いい加減に」

身体を伸ばして頼子は綾に手を伸ばすが、高く掲げたスマホには手が届かず、伸ばした身体をそのまま綾に預ける形になって、頼子は背伸びしたまま綾の膨らみのある胸に顔を埋める。

「前が見えん」

頼子は戯れあいながら完全に綾に抱きつく形になった。

胸元で鼻息荒くもがく頼子を見て綾は思わずスマホを畳に放り出して抱きついてしまった。

「やっぱりヨリはカワイイ」

「抱きつくな苦しい」

頼子は綾から離れようとするが今度は背中に手を回されて動けなくなった。

「貴方たちなにをしてますの?」

部屋の引き戸を開けてもうひとり襟に白いストライプが入った紺色のセーラー服を着た女の子が入ってきた。

膝立ちになってる頼子達を見下ろすように背が高くスラっとした出立で、前髪が綺麗に揃い、長く黒い髪は気品を感じる。綾と同じ美人なのだが、近寄りがたい冷たいイメージを周りに与える。

そんな女の子が冷ややかに見下ろながら。戯れあっている二人を見て笑いもせずに立っていた。

「何って見ての通り」

綾が振り向いて応える。

「見てわからないから聞いていますの」

「遊んでる」

すると戸口に立つ女の子は手をゆっくりと上げて指差した。

「それわ構わないのですけど、ヨリは息していますの?」

綾の胸に顔を埋めながら頼子は完全に伸び切っていた。

「あれ?」

気がついて綾が背中に回していた手を解くと、頼子は洗面器に顔をつけてどれくらい息を止められるのかを試していた人のように大きく顔をのけぞって、大きく息を吸った。

「はぁ、はぁ」

顔を赤くして頼子は綾を睨みつけた。

「そのデカい胸でワシを圧殺する気だったか?」

「ちょっと男子みたいな目で見ないでよ」

綾が腕で胸を隠しながら身体を捩った。

「全くリョウはいつも鬱陶しいですわね」

「柚月はそういうことさせてくれないじゃん」

二人の共通の友人である中学の同級生の染野柚月(そめのゆづき)は抱き合う二人を見て何にも思わなかったのか、それともバカにしてるのか表情を崩さないで部屋に入って来た。

「寄りかかられるのは鬱陶しくて嫌いですわ」

そう言って丁寧にスカートを折って柚月はゆっくりと正座して腰を下ろした。

「お久しぶりね」

「おう今日は珍しいの」

頼子は柚月に声を掛ける。

「何がですの?」

「さっき柚月がウチに来たがってるってリョウが言っていたのでな、珍しいじゃろ柚月が人恋しいなんて」

柚月は少しだけ表情を笑顔に寄せた。

柚月は地域の名家の一人娘で高い塀に囲まれて大きな庭のある大邸宅に使用人と一緒に住んでいるお嬢様だった。

周りを寄せ付けない凛とした静謐さも家柄から出たものだった。

言葉遣いも丁寧でちょっと変だが、もっと偉そうで変な言葉遣いをする頼子が居るのであまり変には聞こえない。

「これお茶請けに」

柚月は腰を下ろしてから手元の紙袋を両手で持ち頼子に差し出した。

「これはいつもすまんな」

少し大げさとも取れるくらい頼子は頭を下げて柚月からの手土産を手に取った。

綾は二人のやりとりを見て、なんだかお年寄りの会話みたいだと思った。

紙袋に入っていた白い箱を開けると、ビニールで個別包装された茶色いどら焼きが入っていた。

「ほう、これは美味そうじゃな」

「賞味期限今日だからすぐにいただきましょう」

柚月は都内にある有名なお嬢様学校に一人で通っている。

「ひとつもらい!」

箱からどら焼きをひとつ綾はくすねた。

「おい、勝手に持ってくな」

「早く食べようよ」

どら焼きを手に持ちながら綾は笑う。

「お茶と一緒にいただくのが良いわ、私はヨリが煎れた紅茶が飲みたいわ」

「まったく柚月は人使いが荒い」

「折角のお菓子美味しくいただきましょう」

「お金持ちのそういう適材適所でやって最後に自分たちは消費するだけっていう考え方はあまり好きでは無い」

「じゃあ私に淹れさせますの?」

頼子は眉間に皺を寄せて露骨に柚月を睨み付けた。

「柚月の家庭科の授業で急須にお茶葉をギュウギュウに詰めてお湯を入れるところを止めた事を思い出す」

「あの時初めてド阿呆とヨリに怒らましたわね」

柚月はニッコリと嬉しそうに微笑んだ。

頼子はため息をついて剪定した枝を新聞紙で包み、どら焼きの箱と両方を持って立ち上がった。

「お茶をお出しする準備してくる」

「私が来た時にはなかった」

「手ぶらで来て客人顔か?」

「じゃあお茶出す準備手伝う」

少し引け目を感じたのか綾が慌てて立ち上がった。

「ひとりで良い」

「でもほら、こんな私でも何か役に立つかもよ?」

立ち上がって綾は自分を指さす。

「台所狭いしお主は座っておれ」

「でも・・・・・・」

はあと頼子は溜息をついたあと背の高い綾を見上げた。綾も柚月も頼子よりも背が高く、大人と子供ぐらいの差があった。

綾は何か命令を待つ期待を寄せた顔で、少し腰を落として頼子を見つめた。

「リョウ」

「なに? なに?」

大きな瞳を輝かせて綾は頼子に近づく。

「座れ」

そう言って扉を開けて頼子は台所の方へと向かった。

「落ち着いて座ったらどうですの?」

呆然と立ち尽くす綾に柚月が声を掛ける。

言われるまま綾は柚月の対面に足を崩して座る。

背筋を伸ばして真っ直ぐ姿勢良く座る柚月とは対称的な姿。

窓から差し込む夕日に照らされている二人の顔は誰が見ても整っていて美しい。

柚月はずっと目の前の綾を見ていた。

綾は少しバツが悪そうに髪を弄りながら柚月との視線を外す。

「何か言いたいことあるんだったらおしゃって」

「別に無い・・・・・・」

「ありますわ」

「ないわよ柚月には」

綾は肩を竦めて崩した足で胡座を組んだ。

「だから二人になりたくなかったんだ・・・・・・」

「私もですわ」

目を細めて笑う柚月の顔を見て綾は態とらしくフンと鼻を鳴らす。

「私の家はお金持ちですわ」

それは知っていると言いたかったが綾は堪えた。

「だから色々な人から利用しようと近づいて来る人も多いので自然と誰かに利用される事に本能的に怖いと思ってしまう」

乱れない正座の姿勢を保ったまま柚月は真っ直ぐと綾を見つめる。

「何が言いたいの?」

「ここまで噛み砕いて言ってもお分かりにならない?」

表情が少ない柚月が目だけ大きく開いて驚いた。

「私が会いたいって言っていたってヨリに嘘つかないでくださいな」

「今の話、お金持ちの部分いる!?」

綾はとっさに手が出てテーブルを叩いた。掌で叩いたので思ったより大きな音がして叩いた綾が一番驚いた。

「嘘が嫌な理由を正確に語りましたわ」

「柚月がお金持ちなのも、巻き込まれるのが嫌いなのも知ってるよ」

「じゃあなんでリョウは私がヨリの家に来たがっているなんて仰ったの?」

「それは嘘じゃないじゃん」

「柚月もヨリと会いたいかったんでしょ?」

「それはリョウもでしょ?」

二人とも睨み合った後、同じタイミングで視線を外した。

「なんかごめん」

「いえ私も失礼でしたわ」

頼子と綾と柚月は三人とも地元の中学校で知り合った。

変な喋り方をする子。

美人で誰もの注目を集めて孤立する子。

お金持ちで周りとの関わりたがらない子。

変わり者の三人が意気投合して、学校が終わると頼子の部屋に集まって時間を潰す毎日だった。

それも高校進学は全員とも家庭の事情で別々の学校に進学した。

「ヨリがスマホ持てば良いのにね」

「ヨリは液晶画面を見てると目がチカチカしてかなわないって」

「よくスマホも無しで生きていけるよね」

綾は偶に親のパソコンを使う時、目を細めて人差し指でキーボードを叩いてる頼子を見て、おじいちゃんみたいだと思う。

「その変わりがこの手帳ですわね……」

二人でテーブルの上に置かれた手帳を見る。

するとテーブルをバンバン叩いたからなのか、手帳に挟まれていたものが少しずれてページの間から出ていた。

「なんだろ?」

一枚の写真が挟まっていた。

「ちょっとリョウ、いけませんわ」

「なに?」

「勝手に手帳を覗くと怒られますわよ」

「そっか……」

綾は出した手を引っ込める。

「なに?」

「別に何でもありませんわ」

綾は柚月の刺すような視線に気がついた。

「見たいなら柚月が取れば良いじゃない」

「私は別に見たくありませんわ」

「本当に?」

「ええ」

再び綾が頼子の手帳に手を伸ばすと引きづられる様に柚月の上半身も前乗りになった。

「私、柚月のすぐに人にやらせようとするところ嫌い」

「また甘いもの御馳走させていただきますわ」

これだから金持ちは嫌いだと思いながら綾は手を伸ばして手帳に挟まった写真を手に取る。

綾が手帳から引き抜いた写真をテーブルの上に置く。そこには頼子が通う高校の学ランを着て教室で談笑するひとりの男子生徒の上半身が写っていた。

「まさかの男子の写真……」

ポーカーに負けたように綾は身体を仰け反らせて、床に手をついた。

「どう言う事ですの?」

「どうって、秘密の手帳に同じ学校の男の子の写真が入っているのよ?」

「だから?」

「よく見たら結構清潔感があって優しそうでクラスで人気のありそうな男の子じゃん」

写真は机に座っている真ん中の男の子を囲むように複数の生徒がいる間を隠し撮りしたものらしい。

「ごめんなさい理解できないのだけど?」

「あーもう、だからアレでしょ」

柚月は小さく首を傾げる。

「だから頼子がこの男の子が好きで写真を隠し撮りして手帳にしまっているって事でしょ!?」

アイドルとかの写真だったら冷やかすが、同じ学校の生徒の写真というところが何だか茶化すのも申し訳ないくらい本気度を醸し出していた。

「それがわからないのですわ!」

思わず声が大きくなってしまって、声を出した柚月が一番驚いてしまった。

「だってヨリですわよ?」

柚月はテーブルに手をついて身体を乗り出す。

「ヨリに限って男子に興味持つとかないですわ、リョウじゃあるまいし」

「なんで私を引き合いに出すの!」

綾も大きな声を出したくないのでテーブルの両端を掴んで上半身を乗り出して、柚月に顔を近づける。

「ヨリが好きな人の写真持ってるなんて意外すぎる」

綾は手で何かを持ち上げる仕草をする。

「私もですわ……」

柚月は顔に手を当てて深刻そうな顔をする。

「まあ、ヨリからそういう恋話ふってくるんだったらね……そういうのほらよくわかんないけど応援……したい?」

「そうですわね……そういう事を応援? 手助け? 支援? 幇助?」

二人とも言葉の最後が疑問系だった。

「ああもう意外すぎる!」

今まで頼子が誰か好きな異性がいるという話を聞いたことがなかったし、そもそも男性に興味があったのが驚きだった。

男の子の写真と分厚い手帳、そして盆栽を見下ろしながら二人で頼子のことを考える。

「ねえこの写真、ヨリは知られたくない事なのではなくて?」

「そうかも」

「おーいお前たち」

閉めたドア越しに頼子の声が聞こえてきた。

綾と柚月は二人で顔を見合わせる。

「私がドアを開けに行きますわ」

「えっ?」

「早く戻して」

そう言って柚月が立ち上がりドアに向かった。

「ちょっと」

手を上げてなぜ自分がもとに戻さなければいけないのかと抗議しようとしたが、柚月はすぐにドアノブに手を掛けた。

最後に開ける前に早く隠してと柚月は綾に目配りする。

「すぐ開けますわ」

怪しまれてはいけないと思った柚月はすぐにドアを開ける。

「お主ら砂糖とミルク要るか?」

柚月が扉を開けると牛乳パックと砂糖の瓶を持った頼子が立っていた。

「私は必要ありまみるせんわ」

「そうか、リョウは?」

「はっはい!」

写真を戻そうとしてた綾の動きが止まった。

「砂糖、ミルク、要るのか?」

「要ります」

写真を隠すように背を向けて頼子に答える。

「そうか」

そう言って部屋に入ろうとする頼子を扉の前で柚月が静止する。

「なんじゃ?」

「なんでもないですわ……」

部屋に入ろうとした頼子を塞ぐように柚月は身体を動かした。

「ミルクと砂糖を置かせろ」

「それくらい私にお任せくださいな」

そう言って柚月は頼子から砂糖と牛乳パックを奪う。

「そうか」

少しだけ眉間に皺を寄せて背の低い頼子は柚月の顔を覗き込む。

「どうしまして?」

こういう時の柚月は顔に出ないで、目を細めて笑顔で対応した。

「いや、なんでもない」

柚月にミルクと砂糖を預けて、頼子は再び台所へ向かう。

肩を落として柚月はため息をつく。

「あっポッドで出した方が良いかの?」

「そうですわね、その方が良いですわ」

再び踵を返して部屋に近付こうとする頼子を扉の前で制して再び柚月は愛想笑いを浮かべた。

「なあリョウもそれで良いか?」

「えっうん、それそれ」

綾が適当に答えるのでちゃんと聞こえてないのかと思い頼子が部屋の中を覗こうとすが、柚月は上半身をスライドさせて頼子の顔の前に体を晒して覗かせないようにした。

「なんじゃ?」

「別になんでもありませんわ」

さらに眉間に皺を増やして頼子は柚月の顔を覗き込むが、柚月は顔を背けず笑顔を浮かべた。

「盆栽は勉強机の上にでもどかして置いてくれ」

「分かりましたわ」

机の上を綺麗にしておけと言われただけで済んで柚月は再び胸を撫で下ろした。

「柚月」

「なんですの!」

柚月は自分でも驚くくらい大きな声が出た。

「もうすぐできるから扉開けておけ」

台所の方から頼子の少しだけ張った声が聞こえた。

「リョウ、写真戻しましたの?」

「ふぇ?」

綾の口元には一つだけ取り出していたどら焼きが咥えられていた。

「リョウ! なにしていますの早く写真戻しなさい!」

柚月は部屋に入って綾を問い詰めた。

「ごめん緊張しちゃって甘いもの食べたくなった・・・・・・」

「なぜ先ほどすぐに戻しませんでしたの!」

「だってどこに挟んであったか思い出せない」

「挟んでおけば良いのではなくて!」

「でもヨリは結構場所とか細かいこと気になるし、私が漫画巻数順に並べないで帰ろうとすると怒るし・・・・・・」

「早く戻さないと勝手に見たことを気がつかれてしまいますわ」

どら焼きを急いで食べると綾は下を向いた。

「ねえ、柚月は隠し事されて寂しくないの?」

「リョウ……」

俯いた綾に柚月は頭の上を砂糖瓶で小突いた。

「痛い」

「なにを感傷的になってますの?」

「えー私今良いこと言いそうだった」

「それは後で聞きますわ!」

「お前ら何を騒いでおるのじゃ?」

頼子は端に取手がある旅館で見るようなお盆に人数分のティーカップと大きなポッドを乗せて持って来た。

部屋に頼子が入ろうとする前に頼子が扉の前で再び立ち塞がった。

「柚月、邪魔だからどけ」

「いつもありがとう頼子」

「なんじゃいつもはお茶を運ばせて当たり前の顔をしてるくせに気持ち悪い」

「別に私は普通にしていますわよ?」

「まあ早く中に入れてくれ、腕が疲れた」

「私がお盆を持ちますわ」

そう言うと柚月はお盆の両端を掴んだ。

「そうか」

お盆の重さを感じなくなったので頼子は手を離した。

「リョウ机の上片付けは終わりましたの?」

「まっまだ!」

部屋で写真を持ったまま座り込んで綾は固まっている。

「まだみたいですわね」

「盆栽退けるだけだろ?」

「綾が繊細に運んでますわ」

心配になった頼子が中の様子を覗こうと体を動かすと、お盆を持ったままの柚月が上半身を動かして部屋の中を見せないようにする。

頼子が部屋の中を覗こうとすると柚月も体を動かして視界を遮る、右から左からと左右を二回ほど試した後で頼子は柚月の顔を見る。

「どうしまして?」

お盆を持ったまま動いている柚月は少し辛そうだった。

「流石に部屋に入れたくない強い意志があるという事はわかるぞ?」

頼子は柚月を睨み付ける。

だが柚月は怯まなかった。

「ふむ」

ではと頼子は柚月の足元を見た。

「ワシはお前たちより背が低いからの」

「きゃ」

柚月がほんの少し踏ん張ろうと開いた両足の間に頼子は、強引に股の下をもぐるように身を屈めて進んだ。

柚月は自分の股の下を人が通ることを想像してなかったので、完全に油断して門番の役割を果たせなかった。

「何をお前ら人の部屋でやっておるのじゃ……」

柚月のスカートの下を通った頼子の前では正座して綾が待っていた。

「ねえ頼子、この写真の男の子って誰?」

浮気の証拠を突き付けるように、切羽詰まった声で綾が手帖に挟まっていた写真を頼子の顔の前に突き出した。

綾の瞳には涙が貯まっていた。

「ああ、クラスメイトの男子じゃ」

やっぱりという感じで綾と柚月は二人とも大きく肩を落とした。

「それを見て似顔絵を描いてくれとクラスメイトの女子に頼まれた写真じゃ」

「えっ?」

「はぁ?」

「この前学校に弁当作って持って行ったのだが箸を忘れての、困ってたら隣の席の女子が割り箸をくれたので、これは何かお礼をせんといかんなあという話になって、そしたら写真の絵を描いて欲しいとお願いされてな、あんまり似顔絵とか描いた事ないからこれが難し依頼で……」

畳の上で柚月の股下でうつ伏せになりながら頼子は冷静に驚いた風もなく淡々と答えた。

「えっヨリの好きな男子じゃないの?」

写真を指差してもう一度綾が確認する。

「ワシが? なんで?」

「だって自分の手帖に挟んであって・・・・・・」

「手帳に練習しようと思って挟んでおいたのだが・・・・・・あっお前ら人の手帖を勝手に覗くとは何事だ! ぐぇ」

力が抜けた柚月はお盆を持ったまま膝を折り腰を降ろして頼子にのしかかり。頼子の前では恥ずかしそうに綾が両手で顔を覆っている。

頼子はうつ伏せで倒れていた。

久しぶりに会った三人は顔を伏せあい、暫しの沈黙の時間を過ごした。




「反省したか?」

「勝手に手帖を覗いてすみませんでした」

「本当に申し訳ございませんでしたわ」

柚月は正座になれてるのか、頭を下げる姿も凜々しく動きに無駄が無く綺麗だった。

綾は既に足が痛いのか、綺麗な顔が歪んでいた。

「部屋にこれ見よがしに置いて出て行ったのも悪かった気もするが、それでも人のものを勝手に見るのはいかんだろ?」

「すごく反省したから足崩して良い?」

溜め息ついて頼子は目配りすると、綾は助かったと足を崩してその場で畳に上半身を倒れ込んだ。

「足痺れた・・・・・・」

「だらしないですわね」

「柚月は正座に慣れてるか良いけどさ」

畳に倒れ込みながら綾が文句を言う。

「全く二人とも今日は何しに来たのじゃ」

「それはほら、ねえ、柚月がヨリの部屋に来たいなあって言ったから・・・・・・」

「私は別にリョウに誘われただけですわ・・・・・・」

「お前らそればっかりじゃな、別に来たければいつでも好きに来ればよかろうに」

「ヨリはさ、中学校の時みたいに毎日私とか柚月と会えなくて寂しくないの?」

綾は甘えた顔をして頼子に聞いた。

「そりゃ寂しいが、いつまでも一緒ってワケにはいかんからな」

綾も柚月も別に頼子は寂しいとかそういう感情があんまり無いとおもってたので素直な感想に驚いた。

「毎日意味も無く集まってた頃も楽しいがこうやって偶に会うのも何か特別に準備をするのも面白いじゃろ?」

綾は目の前の一番背が低くて子供っぽく見える頼子が一番大人に見えた。

「まあ手帖はこれから退かして置く」

お茶を飲み干してから頼子は立ち上がって勉強机の上の本棚に手帳を挟んだ。

「ヨリは私達に秘密にしたいこととかありますの?」

唐突に柚月が聞いた。

「そりゃああるさ、違う人間だからな」

当たり前の事を聞くなと頼子は笑った。

「でも好きな男子ができたら真っ先にお前さん達には知らせる」

「どうして?」

「そう言っておかないと、また部屋で騒がれて困るからな!」

頼子は時代劇のお殿様みたいに笑った。

「そうね、そうして貰えると嬉しいですわ」

柚月も頼子に笑いかけた。

「本当に知られたく無い秘密は机の引き出しに入れて置くさ」

頼子は鼻を鳴らした。

「背が伸びない理由とか?」

「リョウはまだ正座してろ」

「どこ行くの?」

「手洗いじゃ」

お茶を飲みすぎたのか、頼子はトイレに行きたくなった。

「なあ別に何でも話すことが誠実の証明だとは思わないが、部屋に上げるのはお主らを信用してる証拠になるんじゃないか?」

綾と柚月はお互いの顔を見合う。

こうやって部屋に招き入れている時点で頼子は二人を信頼している証拠だった。

二人の横を通りドアを開けて頼子は部屋を出る。

「リョウは何考えていますの?」

「柚月は何したい?」

二人とも目の前のミニ盆栽が置いてあるテーブルの奥、窓際の引き出し付きの勉強机を見た。

さっと二人は立ち上がって、テーブルを避けて勉強机の前に立つ。

「どっちが開ける?」

「そんなの決まっていますわ」

「また私じゃん・・・・・・」

そう言って綾は引き出しを開けた。

「あっ」

「嘘ですわ」

引き出しの中には「勝手に覗くな馬鹿者ども」っと書かれた一枚の紙が置かれていた。




END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美少女と金持ちと殿様 さわだ @sawada

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る