第10話 約束したあの日

 ひょっこりと塹壕から頭を出しているのはウィステリアとアドネの私達二人だ。


「ねえ、大丈夫なの? これ?」


 私たちが何をしているのかと言うと、敵の偵察である。何でこんな敵に狙われるかもしれない前線で偵察をしているのかというと敵の攻撃で監視塔の望遠鏡が壊されたためである。


「敵はこっち見てないし大丈夫でしょう」


 そう楽観的なことを言うアドネ。


「こんな開けた河川敷だよ。丸見えだよ。どこから弾が飛んでくるかわかんないし、防御のしようがないよ」


 私がそう言ってもアドネは「そうだね」と言うだけで全く言うことを聞いてくれない。


「アドネ。ねえ、聞いてる?」


 私はアドネの体を両手で揺らす。


「ウィステリア。揺れて見えない」


 双眼鏡と仮面がカチャカチャと音を立てていた。


「あ、ごめん」


 私は素直に謝る。


「私ね。も、もしもの話だよ。アドネがもし死んじゃったらって考えると…………嫌で……………」


 私がそうぼそぼそ言っているとアドネは頭を撫でてくれた。


「ありがとう。心配してくれて。私は死なないよ」


 アドネはそう私に言いながらハグをする。


「私がこの任務やらないと、この後、何人もの魔法使いが死ぬかもしれないんだよ。ただでさえ私みたいに前線に放り込まれて仲間の魔法使いが死んでいっているというのに。それは……………ウィステリアもいやでしょう?」


 私は何度も頷く。


「でも、一つ約束して」


「何?」


 アドネはハグを止めてこちらに向き直る。私はアドネに小指を差し出す。


「アドネ、戦後まで生き残って何て贅沢は言わない。この戦い絶対に生き残って私とまたハグをすること。それだけ守って欲しい」


 私は笑顔でアドネにお願いした。


「わかった。死ぬ時は一緒だ」


 アドネは微笑んでそう答えた。






 私達は司令部に呼び出された。


「本作戦は主攻となるオルノフ少将旗下第七歩兵師団魔導部隊の指揮下に入る。我々はそれに従うまでだ。ここでオルノフ少将に話を代わる」


 私達の部隊長が舞台を降りると黒ひげの少将が舞台に上がった。そして恒例のあいさつの後、話を始める。「話長そうだなあ」と思っているとアドネも同じだったみたいで、話しかけられた。


「あの狐の仮面をつた人じゃない? あの例のネームドっていうやつ」


 アドネが指を指した方を見ると狐の面を被った少年が立っていた。


「うん。そうじゃない」


 私はアドネに興味なさげに生返事をする。


「ウィステリア、なんか興味なさそうだね? 結構好きだと思ったんだけどねこう言う


 そうアドネは私に小声で息を吹きかけるようにして話す。


「ヒェッ?」


 そんな裏返ったような声が私の口から漏れ出た。信じられないが。


「そこのウサギ。ちゃんと話を聞け」


 私語をしてたことで怒られてしまった。ウサギというのは私のことだ。ウサギの仮面を付けているからだ。ちなみにアドネはフクロウの仮面を付けている。


「アドネが怒られていないのが癪に障る」






「アドネ! 何であなただけ罰が無いの? 私、腕立て伏せ百回させられたんだけど」


 私は腰に腕を当ててアドネに文句を言う。腕立て伏せは本当に大変だった。お陰様でだいぶげっそりしてしまった。


「良かったじゃない? 体重が減って」


 私はぽこすかアドネを殴りながら怒る。


「何よそれ。私が太っていたみたいじゃない」


 アドネは私の攻撃を流してすまし顔をしている。はらたつ。


「ほら、ウィステリア、持ち場に着きな。そろそろ作戦が始まるよ」


 アドネはそう言いながら仕返しとばかりに頬をつねる。ちょー痛い。


「ごへんなさい(ごめんなさい)。もふしまへん(もうしません)」


「ならよし」


 そう言ってアドネは私を解放した。


 辺りを見回すと前線は緊張していた。今から戦闘が始まるからか? みんな、戦争が嫌いなようだ。私を含めいやいや戦場に来ている。


「止めちゃえばいいのに。戦争なんて」


 私がそう言うとアドネは怒って私の口を塞ぐ。


「ウィステリア。あんた、憲兵に捕まりたいの?」


「ごめんなさい」


 私はアドネの本気で怒った顔を見て涙目になっていた。


「気持ちはわからなくはないけど、そういうのはだめだから。それに皆いやいややってるけど戦う理由もなくはないんだよ」


「どういうこと? ウィステリア、あんたには家族がいないかもしれないけど、私みたいに守るべき家族がいる人もいるんだよ」


「もうすぐ始まる。心してかかるように」


 アドネの言葉の後に隊長から激励の言葉が言い渡された。

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氷製の魔法人形(オートマタ) 野上チヌ @hiramenoko

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