第2話 氷原の銀狐

 僕が三両目の戦車を倒してから間もなくしてエリカがやってきた。残骸を乗り越えながら、僕の方へ進んでくる。


「あんなに疲れていたのにずいぶんなご活躍ですね」


 戦車を三両もなんて……………とエリカが続けるが疲れて何言っているかわからない。


「残りの一両はどうなった?」


 僕は残った戦車がどうなったのか聞いた。エリカがここにいるから撃破したのだろう。安心して少し気を抜いてしまったのか、意識がもうろうとしている。


「ちゃんと。撃破してくれましたよ。あのへいし……………」


 この後の意識はなかった。気づいたら、ベットの上で……………。







— 現在、戦後、フローレ王国内、宮廷魔法使いの隔離部屋 —


「イヴァン様。イヴァン様」


 そう、こんな風に倒れてベットで寝ていたらエリカがこういう風に起こしてくれたっけ?


「あれ? エリカ…………」


 目を開けた先にはエリカがいた。


「夢か。とても懐かしい夢を見ていた気がする」


 懐かしく、悲しい夢だった。僕が殺した人達、敵に殺された仲間がたくさんいて……………

 そんな憂鬱なことを考えているとエリカが僕の顔を手で挟んだ。


 冷たい。


 エリカの手は冷たかった。機械なので当たり前なのだが。でも、この長年隔離されて育ってきたから忘れていた温かさを感じた。


「そんな悲しいことを考えないでください」


「エリカは僕の考えていることはお見通しだと言うのか。所詮……」


 機械のくせにですか?とエリカは僕の言葉に続けた。


「あなたが私を人間らしくしたのでしょう。こんな機械らしからぬ機能をつけられて私は嬉しいですよ。こうして..............」


 エリカの言葉が途中で止まった。エリカは本当に人間らしい。見た目を除けば本物の人間と変わりない。五年前は僕の方が小さくて、エリカはお姉さんみたいな存在だったのに今では妹だ。


「こうして、イヴァン様と楽しく話せますから。だからイヴァン様も楽しくやっていてください」


「エリカ、今日の予定は?」


 僕の毎朝の習慣になっているエリカが入れてくれた紅茶を飲みながら、予定を聞く。


「連邦共和国まで飛行機で行かねばなりませんね」


「連邦共和国まで行くのか?」


 僕は驚きつつエリカに聞き返す。魔法使いはフローレ王国では差別されている。なので滅多に国外へ出ることはない。今回はフローレ王国の国王とゴトーシュミット連邦共和国の代表の会談らしい。そして僕まで行くのは相手側の要求のようだ。


「戦勝国の言う事はさすがの国王でも聞くみたいだな」


 僕がそう言うとエリカは「そうですね」と微笑した。



「前に連邦共和国まで行った時は戦時だったな」


 飛行機に乗るときに僕はそう言った。さすがに王族と飛行機は違うんだな。あたりを見まわしても僕とエリカしかいない。






— ゴトーシュミット連邦共和国、首都アネンヘーゲル —


 僕とエリカの飛行機は群衆に囲まれながら、騒がしく飛行機を降りた。そう、このゴトーシュミット連邦共和国は魔法使いは差別されておらず、むしろ尊敬されている。まさに魔法使いにとって自由の国だ。差別されているフローレ王国の使である僕は魔法使いをと謳っているゴトーシュミット連邦共和国の要人にとっては格好の素材だ。僕を可哀想な英雄扱いでフローレ王国を陥れることができる。今回呼んだのも、そのプロパガンダのためだろう。


「悲劇の英雄か。また大層な肩書ができたものだ」


「喜ぶべきことだよ。イヴァン君」


 悲観する僕の言葉に異議を唱えたのは連邦共和国の魔法使いのステラだった。


「『氷原の銀狐』、それが君の一番有名な二つ名だよね。帝国を苦しめた悪魔の名前でも、連邦共和国ではフローレ王国の解放の象徴さ。だからこそ君はこの国に亡命をするべ……………」


「しないよ。亡命なんて」


 亡命なんてしない。連邦共和国とは少なからず殺し合いをしたんだ。それに僕はもう平穏に暮らしたいんだ。


「何を今更」


 吐いて捨てるような言葉だったのだが、ステラには聞こえていたようだった。


「そうかい? まだ間に合うと思うが?」


「そういう意味じゃない。ステラもなんでそんなに気さくなんだい? あんなにも殺し合った仲なのに」


 僕がそう言えば、ステラは口元を隠して僕を嘲笑するようにこう言った。


「何を今更」



 少しの沈黙の後、ステラは大統領府の一角のある部屋へと通された。さすが大統領府の一室と言うべきか、中はとても豪華な飾りつけがされ内装も綺麗に整えられていた。僕は指示された椅子に腰をかけた。エリカは立ったままだ。


「そこに立っているエリカが君が作ったと言う心を持った魔法人形かい? かなり精工に作ってあるんだね。大変だったでしょう」


 ステラはエリカを入念に調べていた。構造から何から何までステラは興味があるらしい。エリカはされるがままになっている。


「冷たっ」


 ステラがエリカの腕に触ったときにそう言った。


「これは………パイクリートかい? 普通の木かと思ったよ」


 エリカの強度がいる部品、腕や足などには元々鉄が使われていた。戦後、領土と共に資源地帯を両国に持っていかれ、フローレ王国では鉄が不足している。不足した鉄の代わりにフローレ王国ならどこでも取れる氷と木材パルプの混合物であるパイクリートを使っている。氷よりは溶けにくいが解けないように加工してある。

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