氷製の魔法人形(オートマタ)

野上チヌ

敗戦国フローレ

第1話 雪原の戦場

 ― 五年前、フローレ王国最終戦 —


 血の臭いでむさくるしい寒い白銀の戦場に狐の面をつけた一人の少年と言うにはまだ若いが駆け抜けた。数発の銃弾が飛んで来るが氷の壁が現れてそれを防ぐ。銃弾を発射した兵士は見失った敵を探しながらも自分に起こった状況を理解する。


「化け物め」


 それが兵士の最後の言葉になった。さっきの男の子が上から降ってきて兵士のうなじにナイフを突き刺したからだ。


「お見事です。イヴァン様」


 イヴァン・ナサニエル・リフリージェそれがその男の子の名前だ。イヴァンはナイフの血を拭いながら通信士兼、補給係の魔法人形オートマタのエリカ話を聞き流す。いや、聞き漏らした。長い時間、戦っていたので流石に訓練されていても疲労が溜まっている。


「大丈夫ですか。イヴァン様」


 僕がフラフラしていたからか、エリカが心配している。エリカはただの人形ではない。僕が人間らしく作った特別なオートマタだ。本当はこんな戦場なんかに連れてくるはずではなかったのだが、戦況の悪化と共にこんなところまで一緒にきてしまった。僕は弾丸を受け取り、心配させないように気を引き締めていく。


 補給の終了と共に味方兵士の叫び声が聞こえた。何か起きたらしい。


「面倒事じゃなければいいだけどな」


「そうですね」


 エリカもそう返答した。この疲労した状況でさらに戦闘なんてまっぴらだ。レバーアクションのライフル銃を背負いながらイヴァンはそう思った。その望みは早くも打ち消された。


「戦車が来たぞ」


 一台の戦車はぼく一人で倒せるが、敵も馬鹿じゃない。戦車は何両も連なって行動し、さらに歩兵まで付いてくる。伝令によると敵戦車は三両で歩兵は五十人以上とてもこの二十人足らずの戦力では太刀打ちできない。かと言ってもうこの先は王都、逃げらないので戦うしかない。


 これは………。とどめを刺しに来たな。ディゲーベン帝国の奴らめ。


 僕はエリカに後方へ退避を命じた。エリカの走るたびになる金属音だけがこの場に響いた。皆、死を覚悟している。塹壕に入り身を隠す。


 敵戦車が現れて銃撃戦が始まった。敵は戦車を盾にして進んでくる。こちらの攻撃は戦車の装甲にはじかれる。もちろん、僕も氷の塊を放つが戦車にはじかれている。凍らせて戦車の足を止めようとするも、氷が砕かれてしまう。もう戦車はすぐそこまできていた。


「このままだと負ける」


 横で機関銃を撃っている味方兵士が撃ち抜かれた。頭に一発、即死だった。すぐに遺体を運んで行かれる。


「これ、貰っていきますよ」


 僕は固定されている機関銃を引きはがした。円盤形の機関銃用の予備弾丸とありったけの爆弾をもって身体強化魔法を使って


 まさか敵は飛び越えてくるなんて思っていなかったのか、後ろはがら空きだ。僕は機関銃を放った戦車の周りの兵士は次々と倒れていく。反応の早い兵士は打ち返してくるが、その前に間合いに入り、機関銃で殴り飛ばす。戦車は砲塔を後ろに回すがもう遅い。爆弾を設置して、戦車を爆破する。


 残りの戦車の内、二両が一両をしんがりとして残してこちらに向かってくる。僕が撃破したのは横並びになっている戦車の右からの二番目だ。こちらに向かってくるのは撃破した両隣りの戦車だ。つまり挟まれている。この状況を打破するにはあの方法しかない。





 ディゲーベン帝国の同じ、第十二戦車師団所属の友人のルーデルが乗っていた戦車を撃破したという魔法使いを今追いかけている。


「もう少し速度でないのか。逃げられるぞ」


 俺は戦車の操縦士に怒鳴る。


「車長、そんなに騒いでも速度が上がりませんよ。それに歩兵がついていけませんよ」


 操縦士が呆れるような声でそう言った。そんなのんきだと死んじまうぞ。そういえばあいつも……………。

 ダメだ。今更そんなこと思ったって。仕方ない。もうあいつはこの世にはいないんだから。


「もう随分と来たがまだ見つからないのか」


 探し始めてから三十分が経った。戦車の足ならもう見つかっていてもおかしくないはずだ。


「もうそろそろ計算では味方戦車と合流してしまいますが」


 操縦士もそう思ったらしい。車長である俺は戦車のから頭を出してあたりを見回す。すると漂ってくる熱風と硝煙の匂いがした。目の前から。


 もう、爆破され見るに堪えない戦車の残骸と氷凍った死体と肉片がある。挟撃に来たもう一両の戦車は撃破されていた。


「もうやられているじゃないか」


 操縦士がハッチを開けて叫んだ。周りの歩兵も動揺が広がる。


「やめろ。ハッチを閉めろ、バカ。まだ敵がいるかもしれないんだぞ」


 俺の言葉に操縦士が急いでハッチを閉める。俺も戦車の中に入ろうとした瞬間、銃撃が横から飛んできた。


「ゔっ」


「大丈夫ですか、車長?」


「大丈夫だ。肩に被弾しただけだ。応急処置すれば助かる」


 俺は肩の傷口を塞ぎながら答える。


「できればいいのですが」


 操縦士は戦車の目の前に立つ、狐面の爆弾を持った敵を眺めながらそう言った。俺の人生もここまでか……………。そう思った時、爆発音と共に視界が白くなった。

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