トリアングルム・エクスプレス(3)

 来た時と同じ通路を通って、オズワルドとマグヌスは治療班の待つ控え室へ戻る。今度は並んで、同じような歩幅で足音の反響を響かせて。

 二人とも意地でふらつきを抑えて澄まし顔で歩いているが、目に見える裂傷の他にもダメージは大きい。あれだけ派手にやりあった後だ。治癒回復させる程の魔力は、どちらにも残っていなかった。


「ひゃっひゃっひゃっ。ああ愉快だわ、貴様もまだまだじゃのう」

「実質引き分けだろ。切断したお前の義肢を俺が拾い上げれば、あの時点で勝負は決まってた」

「ほうほう、拾わなくて正解じゃな。大の男が女子おなごの手足を大衆の面前で欲しがるのは、些か偏愛が過ぎるからのう」

「変な言い回しするな、俺が作った義肢だろうが! 勝ちを譲ってやったんだから、ゴーグル返せよ」

「嫌じゃ。前々からちょっとカッコイイと思っていたからこれにしたんじゃ、もう儂のものだぞ」

「中に仕込んであるギミックは俺にしか使えないんだぞ? お前が持ってたって──」


 オズワルドが控え室を開けると、護衛を引き連れた女王陛下が立っていた。ルカの姿もある。喧しく言い合っていた二人は、ぴたりと口を閉じる。


「見事な師弟対決であった。皆も、稀に見る魔術の応酬に目を輝かせておったぞ」

 かけられた労いの言葉に、マグヌスだけがさっと片膝を付く。

「マグヌスよ、それでは傷に障ろう。楽にして良いのだぞ。ただ久しぶりに、間近でお主の顔が一目見たくてな。邪魔はせぬから、早く治療を行うといい」

「いえ、いいえ……! 八年前にすべきであった、この国の女王陛下への報告が、まだ済んでおりませぬ!」

 頑なに立ち上がろうとせず、顔を上げようとしないマグヌスに、女王陛下が告げる。

「……良いであろう、けじめを付けたいのだな。申してみよ」


 マグヌスは、八年前に断崖で灰にした相手方の人数と特徴を詳細に報告した。それから、当時王太女であったウィステリアがマグヌスの願いを聞き入れてくれたことへ、改めて感謝の意を述べる。最後に、先代の女王陛下へ報告出来なかったことを深く謝罪した。

 女王陛下は微動だにせず、真剣に話に耳を傾けていた。全てを聞き終えると、然と頷く。


「……よく分かった。母上の墓前へも、余が報告しておこう。お主は母の命じた任務を遂行し、戦の災いより我が民を守り抜いた英雄である。よくぞ戻ってくれたな、マグヌス・ディアマンテよ。ジョン・ドゥとの約束もこれにて無効、お主は自由だ。王宮を出て、好きに生きるが良いぞ」

 ゆっくりとドレスの膝を付いて、マグヌスの手を握る。刮目したマグヌスや周囲を気にもとめず、女王陛下はにっこりと微笑んだ。

「相も変わらず、奔放で子供のようなオーラであるな。ありのままのお主も好ましいが、懸命に生き、お主をここへ導いた、青い目のジョン・ドゥのことも、私は決して忘れぬぞ」 

「ああ……勿体ないお言葉です、ユア・マジェスティ」


 ほっとした顔をしたのを最後に、マグヌスがバタン、と床に倒れた。今度は驚いたのは、女王陛下の方だ。


「やはり無理をさせてしまったのだな。救護班よ、早く治療を」

「いえ。これは眠っただけです。ウィザード・コロッセオに着いてすぐに、知り合いの男から眠気を抑える魔法薬を貰ったんですよ。決闘が長引いたので、効き目が切れる時間が来ただけのこと」


 説明しながらルカがマグヌスの体を引き上げ、手際良く担いで奥の治療用ベッドへ寝かす。保安局は体が資本だ。線が細く見えるルカも案外鍛えている上、万事に役立つ救助法も心得ている。

 わらわらと救護班が動き始める。オズワルドも椅子に座らされ、魔法薬と治療魔術での手当てを受け始めた。

 控え室をそっと去ろうとする女王陛下を、オズワルドが呼び止める。


「ウィステリア」

「……うむ?」

「お前に報告して、あいつも一区切り付けられたようだ。礼を言う」

「いや、余は何も。記憶を戻しても思いの外気丈であるのは、オズワルド、お主という弟子がいるからであろう」

「俺とあいつは、気が合わないだけだ。文句を言い合ってばかりだよ、昔も今も」

「そうは言っても、互いを心配しておるではないか。記憶を戻すのに何故お主が積極的になれなかったのか、マグヌスも分かっていよう」 


 オズワルドは、相棒リゲルを失ったマグヌスの悲しみの深さについて考えていたのだ。

 リゲルの名前を最後まで忘れられなかった位、マグヌスの心に付いた傷は深い。これを癒す時間は八年で足りているのか、足りていないのか。忘れてしまいたいことも、忘れたくないことも特別持たないオズワルドには、判断がつかなかった。

 どうしてやるのが最善かを考えているうちに、ルカに何の手段も試していないのを見抜かれた。正義感が強い分、隠し事は不得手なのがルカだ。黙っていろと言っても顔に出る。だから何も話せなかった。


 ウィステリアからの再三の説得に応じて、オズワルドは漸く重い腰を上げた。どうせ強引に記憶を呼び起こされていくのならば、一気に自分に片をつけさせろ。そう言って決闘を望んだのだった。


「やることはやったし、気が済んだ。俺は治療が終わり次第、ヴァレリオスへ戻るよ」

「そうか。枯渇した魔力を万全に戻すまでは、王都に滞在するものと思っていたのだが。早々に戻るとは残念だ、出来ればお主らと会食がしたかった」

「どうせ忙しくて、時間取るの無理なんだろ。お前もたまには休暇を取れよ。お付きの奴らを撒きたくなったら、タダで依頼を受けてやるからさ」

 オズワルドは表情を緩めた。珍しく柔和な顔を向けられて、女王陛下も目を細める。

「ふふ……。そちらも息災でな。現職に飽きたら、いつでも連絡を寄越すのだぞ」


 女王陛下が控え室を去る。決闘でのダメージと傷が、少しずつ修復されていく。

 マグヌスが眠りから目覚めるよりも前に、オズワルドはゴーグルを取り返して王都を去った。



***


 トリアングルム・エクスプレスをご存知だろうか。王都と周辺の主要都市とを結ぶ、特急の蒸気機関車である。

 王都からその汽車に揺られること二時間半、蒸気機関の発展めざましい、ヴァレリオスという大都市がある。少し空気は悪いが面白味のある町で、景気良し、治安良し、住人の人柄良しの、立ち寄るには大変お勧めの場所だ。

 街の大通りには、最新技術を求めて訪れる貴族や役人、興味本位で店を覗く観光客や、遠方から足を運んだ旅人の姿。都市の外部から来た人間もおおらかに受け入れて、ヴァレリオスは今日も賑わっている。そこにお使いをする、どこにでもいるような青い目の少年が一人。


「やあ。魔術師オズワルドのお弟子さん。注文の品、届いてるよ。ここにサインをどうぞ」

「うん。リゲル・マグヌス・ディアマンテ……と!」

「ちょっと重いから気をつけて。あと、これあげるよ。隣のお菓子屋の新作キャンディ」


 少年は大通りから裏通りへ入り、魔術師の営む便利屋の営業所へと戻っていく。その頭の上には市販品ではない、真鍮製の洒落たゴーグルが乗っている。


「オカエリナサイ、リゲルクン。今日ノオヤツヲ、応接室二、用意シテオキマシタヨ」

「やった! ありがと、荷物置いたら食べるね!」 

 機械人形へ返事をして、荷物を届けに二階へと上がっていく。魔術師の工房のドアを回して開けば、一応書類上では師匠となっているオズワルドが、テーブルに片足を乗せた格好で待っていた。

「遅いぞマグヌス。材料待ちなんだ、早く寄越せ」

「道具屋の<ruby>婆<rt>ばば</rt></ruby>との、昔話に花が咲いてな! 物知りのリゲル少年は、通りの店で大人気なのじゃ! ほれ、キャンディをやるから機嫌を直せ」

 荷物の袋と、ポケットから取り出したキャンディ缶をテーブルに置くと、ダークブラウンに青い目の少年は、白く長い髪に赤い目の女性に姿を変えた。

「全く、外面ばかり取り繕って楽しいのか。大体何だよ、この名前は」

 受け取った荷物を開けたオズワルドは、注文してあった品に付いたままの受注書を呆れ顔で見る。リゲル・マグヌス・ディアマンテというのが、現在少年の通り名になっている。


「貴様はマグヌスと呼ぶが、機械人形や街の者はリゲルと呼ぶからのう。両方を入れておくと都合が良いのじゃ。して、どうなのじゃ。依頼された鍵は、それがあれば作れそうか?」

「ああ。これなら依頼人と魔力の波長が合うからいけるな。わざわざレアメタルを取り寄せたんだ、報酬は予定より多めに貰うとしよう」

 注文していた品は、聞いたことのない名前の金属だ。魔術の施された鍵を紛失し、開かなくなった金庫。その合鍵を作るという、細かい仕事が今回の依頼である。


「派手な依頼が少なくてつまらんのう。もっとこう、儂の魔術を活かせるような仕事は無いのか? ルカに言って国の仕事でも受けたらどうじゃ」

「嫌だね。頼まれたら協力してやるけど、俺から頼むなんて有り得ないよ」

 オズワルドは中央機関に貸しは作っても、借りは作りたくないのだ。

 機械の魔術を得意とする独創者、オズワルドは、容易に新しい魔術具を生み出せる。それは、作ろうと思えば幾らでも魔術師用の武器を作れるということだ。政府から武器を作れと依頼された場合に、問答無用に断れない立場には決してなりたくなかった。中央機関に所属したくない理由もこれである。

「先月は同行させた仕事が一度あっただろ。時を止めたり姿を変えたりしなくちゃならない物騒な依頼なんて、そうそうあってたまるか」

「ほうほう。退屈でも、世の中が平和なのは良いことじゃな。儂は下でおやつを食べてくるぞ」

 マグヌスの姿のまま、リゲル・マグヌス・ディアマンテは一階へ下りていく。開けっ放しにされたドアを、人の魔術拠点に対する配慮が足りな過ぎだとうんざりしながらオズワルドが閉めようとした時、機械人形の声が聞こえた。

「リゲルクン。ソノ姿モ登録サレテイルノデ、認証シテイマスガ、大キクナレルノハ、凄イデスネ。便利ソウナ機能デス、素晴ラシイ」

 不思議な生活の仕方は無理があるようにも思えるが、案外周囲とは上手くやっているらしい。


 マグヌスが営業所に現れたのは、決闘の翌日のことだ。

 オズワルドが戦利品のゴーグルを勝手に持っていったと激怒して、代わりに新しいものを作れと乗り込んできた。義肢にも注文が多かっただけに、使うのかどうかも分からない機能をゴーグルにもあれこれ要求されて、出来上がるまでの数日間、営業所に居座られた。

 以来、そのまま住み着いてしまったのだ。ゴーグルが仕上がった後も、マグヌスはリゲル少年だった頃の関係を損ねることのない形で、ヴァレリオスでの生活を続けている。外に出る時はリゲルの姿、オズワルドの前では時折マグヌスの姿に戻るのだが、自室としている物置部屋が狭いこともあり、大抵は営業所の中でも少年の姿を保っている。


 八年前に故人とされたマグヌスも、既にその間違いは正されている。墓標は相棒犬リゲルの名前のみになり、決闘を観戦した者の話から、その生存は広く周知された。

 つまり著名な独創者として、王都で問題なく生活することも出来るのだ。そうしない理由は至極簡単、ウィザード・コロッセオの一件で目立ち過ぎてしまったからである。ゴーグルが出来上がるまでに申し込まれた決闘の数と、弟子にして欲しいという頼み込み。それでマグヌスは、王都へ戻る気が失せてしまった。あちらに住居を構えてしまえば、もっと面倒なことになると考えたのである。

 その点、ヴァレリオスは良い町だ。大通りの店では会ったこともないマグヌスの噂話など何処吹く風、魔術師のお使いをせっせとこなすリゲル少年の姿を以前と変わらず受け入れてくれる。オズワルドの営業所にいれば会いたくない魔術師達は機械人形が門前払いしてくれることだし、ほとぼりが冷めるまでマグヌスは、オズワルドの弟子として暮らすことにしたのだ。


「オズワルド様。オ客様ヲ応接室二、オ通シシタノデスガ」

 機械人形が来客を知らせに来る。金属に魔力を送るのに集中していたので、階下の声に気付かなかった。しかし、オズワルドには思い当たる依頼が一件。

「多分、昨日電話で問い合わせてきた依頼だな。魔獣について相談したいと言っていたけど。客は何か、動物を連れてる?」

「連レテイマシタ。動物ハ今、リゲルクンノ手ノ平デ、転ガサレテイマスネ」

「……あいつ。なに勝手なことしてんだ」


 魔力を込めて変形させていたレアメタルの塊から一旦手を離し、手首まで丁寧に洗ってから下の階へ急ぐ。

 応接室の状況を確認すれば、少年の姿に戻っているマグヌスがしゃがんでいる前で、黒い大型犬が腹を見せていた。


「仕事で北の町に行った時、大きな卵を拾ったんです。ヴァレリオスに戻って暫くしたら、これが生まれて……まだ生まれて一週間なのにこの大きさになったので、多分、魔獣だと思うんですが。気性は荒いし、魔術を使えない僕には手に負えなくて。お弟子さん、流石ですね」

 依頼人の青年は、取っ手の付いたケージの隣に立っている。マグヌスがそこから犬を出したのだろう。オズワルドは床に腹を見せて転がっている犬に近づいて、尋ねる。 

「これ、何?」

「リゲルと同じ、ヘルハウンドじゃな。かなり珍しい魔獣であるぞ」

「……大きいとは思ってたけど、リゲルはただの犬じゃなかったのか。言っとくけど、ここじゃ動物は飼えないからな」

「飼わぬ。こやつは儂に服従してしまっておる、相棒にはなれん」

「そういう基準なのか」

「あの……暫くの間だけでも、預かって貰えないでしょうか。僕の方でも貰い手を探してみますが、こちらで引き取ってくれる方を見つけてくれたら、お礼は弾みますので」


 青年が具体的な金額を提示して、正式に依頼を申し出る。報酬額としては、久しぶりに見る桁だ。儲けは大きい。オズワルドは承諾して、ケージごとヘルハウンドを預かることにした。

 安心した顔でお礼を言い残し、青年は営業所を去っていく。中央機関で働く魔術師あたりなら、珍しい魔獣は有用と欲しがりそうだ。貰い手は直ぐに見つかるだろう。


「ここへは置いておけないから、とりあえず工房の中に運ぶか」

「では、一度ケージに戻そう。おいヘルハウンドや、ここへ入れ。……名前が無いのは、ちと不便じゃのう」

「名前は付けるなよ。呼ぶ度に情が移って、別れる時辛くなるぞ」

「おお! そういえば、機械人形にも名前が付いておらんな?」

「言うな」



 魔術師オズワルドの営業所は、良き弟子を得て益々順調のようである。二人にかかれば、およそ不可能など無いかのように思える程だ。

 魔術に関する困り事があれば、貴方も依頼してみては如何だろうか。トリアングルム・エクスプレスは、御要望があれば何処までも線路を伸ばす。そうして足を運んで奇才の魔術師オズワルドに会えたなら、きっと貴方は応接室に通されて、興味深げにこう述べられるだろう。



「君がアポ無しのお客さん? ふうん。やるじゃん」



 彼の探し物はもう見つかっていて、その隣に座っている。

 よって、無闇に客に魔術をかけたり、初対面の人間を装置に入れたりはしないので、どうか安心していただきたい。



END.

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Oswald―オズワルド― リオン @Licht_Rion

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