キング・ミダス編 第六話『イニシアチブ』
まるで爆破解体でもされたような光景だった。ミダスと共に、
「とんでもないことをやってくれましたね……藍原様」
その破天荒で奇想天外な方法に、ミダスは若干呆れていた。
やれやれと言った表情で、軽く額を叩く。
同時に、トランザの結果に驚愕していた。いったい、誰がこんな展開を予測できただろう。
もはや、苦笑いするしかなかった。
何故なら、トランザは双方の破産という決着ではなく、久間ただ一人の勝利で終わっていたからだ。
ミダスが、黒スーツの男たちに指示を出し、久間たち二人を瓦礫の中から回収した。
怪我やダメージはないものの、爆発の衝撃をもろに受けたショックと痛みで、二人は気を失ってしまっていた。
先に意識を覚醒させたのは、
「あれ? お、終わった……のか?」
「きゅーまー! 私たち勝ったよー!」
目覚めると同時に、藍原が勢いよく飛びついた。大した時間も経っていないというのに、何故か異様に懐かしかった。
「はは、ってことは……賭けは成功したみたいだな」
まだ意識は朦朧としていたが、久間はゆっくりと藍原の背中に手を回し、弱々しい力で抱きしめた。
やがて、
「最悪。これであたしは破産。でもあんたは、その女に助けてもらえる。まさかこんな負け方をするなんてね」
「新渡戸様。残念ながら、結果は久間様の勝利で終わりました」
「はぁ? ちょっと待ってよ! そんなのおかしいでしょ!」
新渡戸は理解が追いつかず、声を荒げて喚いた。
「いいえ。何もおかしくはありません。破産したのは新渡戸様ただ一人です」
冗談を言っている様子ではなかった。新渡戸の顔色が、みるみるうちに青くなる。
「そのカラクリは、久間様ご自身の口からご説明していただきましょう」
ミダスは不服そうな目で、話の続きを久間へと促した。
「自分から話すのは嫌ってか。まあ、誰が話しても変わらねぇけどよ。別に俺は、何も特別なことはしちゃいねぇ。この区域のルールを利用したまでだ」
「この区域の、ルール?」
新渡戸が震えた声で呟いた。
「融資だよ。
「そ、そんな方法で……じゃあ、最初から何をやっても、この結果で終わってたってこと?」
「そういうことになりますね。私たちは、久間様の手のひらの上でずっと踊らされていたんですよ」
平静を装ってはいたが、ミダスはどこか悔しそうだった。恐らく、内心はあまり穏やかではない。
「うっ、うう……負けた。終わっちゃった、何もかも……」
新渡戸は膝を落とし、敗北のショックに震えていた。同時に、恐怖していた。これでもう、妹を救えないということに。
「申し訳ありません、新渡戸様。私が久間様の実力を過信し、策を読み切れなかったことが敗因です。まさかこのような捨身の作戦を取ろうとは、敵ながらあっぱれですね」
「お前、今さりげなく俺たちのこと敵って認めやがったな」
「おっと、これは失礼」
徐々に、普段の飄々とした態度に戻りつつあった。
「では新渡戸様、これにてこの区域からは追放となります。お疲れ様でした」
「おい! ちょっと待て、ロバ耳!」
ミダスがキューを振り上げたその時、久間が声を上げて止めに入った。
「ん? なんですか? ああ、負債の救済に関しては、もう実行済みですよ」
「違う。それじゃまだ足りないだろ」
「……え? 足りないとは?」
怪訝な表情を浮かべるミダス。
「俺と藍原の持ってる総資本から、新渡戸の妹の手術費用分を引いておけ。一億近くあるから、十分足りるはずだ」
予想外の発言に、ミダスと新渡戸は目を見開いた。あまりにも驚愕な内容に、声すら漏れない。
「どうせ、もう残りは俺と藍原のトランザだけだ。ベネなんか持ってたってしょうがねぇからな」
「なるほど、だから融資をしてまで生き残る道を諦めなかったのですね。もし破産してしまえば、新渡戸様を救うことができませんから。いいでしょう、わかりました」
新渡戸はゆっくりと立ち上がり、よろよろと久間に歩み寄った。
「ほ、本当に……いいの?」
「言っただろ、金には人を救う力があるって。いま目の前に救える相手がいて、俺は救える金を持ってる。なら、救わねぇとよ……」
「ふふ、久間ってばかっこいいー」
「うっせ、ちゃかすな」
久間の背後から、藍原が満面の笑みで覗いていた。
「そんな……あたし……あんたたちのことを本気で破産させようとしてたのに。和泉だって、本当なら負債を抱えてたかもしれない。なのに、助けてくれるなんて……」
驚愕、感謝、安堵。様々な感情が新渡戸の脳内を駆け巡った。瞳の奥から、滂沱の涙が流れる落ちる。
「ありがとう……本当にありがとう……」
普段、周囲に棘のある視線を放つ彼女が、初めて見せた新たな一面だった。
もはや彼女からしたら、感謝してもしきれない。ようやく手に入れたのだ、一年間求め続けてきた、妹の未来を。
最後にミダスがキューを軽く振り、新渡戸は現実へと帰還した。
ミダスは一度小さく息を吐いてから、久間と藍原の方へ向き直った。
「ロバ耳。何度も悪いが、次のトランザの用意をしてくれ。これで本当にラストだ。とびっきりムードのいいところ頼むぜ」
「はぁ、最後は一時間イチャイチャして終わりということですか。まあ、もう何をやっても無駄でしょうから、私も諦めますけど。最後に一つだけいいですか?」
「あ? 急になんだよ?」
「今になって……もっとお金を稼ぎたいと考えを改めたりすることはないですか?」
いつになく真剣な表情を浮かべるミダスに、久間は思わず威圧される。どうやらこれが、彼女にとっての最後の悪あがきのようだ。
「ばぁか……んなことあるわけねぇだろ。さっさと始めろ」
「……そうですか。わかりました。では参りましょう、最後の商業取引に」
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