キング・ミダス編 第二話『シュリンク』
某日、
モニター前の最前列の席では、和泉が貧乏ゆすりをしながら久間を待っていた。
「おい、いったい何の用だ? 今日は俺、トランザの予定はないはずだけど」
「それはわかってる。ただ、少し気になることがあるんだ。とにかく、右端のトランザを見てくれ」
和泉が示す指の先に目を向けると、嫌でも記憶に刻み込まれているロバ耳の少女、ミダスが新しい
「苦肉の策で、今からでも
「杞憂ならそれでもいいんだけどよ、相手があの
「新渡戸?」
久間は眉根を寄せる。どこかで聞いたことのある名前だった。顎に手を添え、自身の記憶を呼び戻す。
「あー、あのセーラー服の」
「おいおい、忘れてたのかよ。あのガキ、まさに守銭奴って言葉を体現してるような奴でな、俺らの計画には賛同してねぇんだよ。だからタイミングがタイミングなだけに、少し気になったんだ。まあ、あいつは経験は長くてもそんな優れた
「守銭奴って、お前が言えることかよ」
「クハッ、違いねぇな。まあ、もう昔の話になっちまうけどよ。んで、あのガキのことだが、多分まだ諦めてねぇと思うぜ」
「え、何を?」
「俺たちを潰すことをだよ。このままじゃ、大事な金づるであるこの区域を失うことになる」
「なるほど。それなら俺たちが憎くてしょうがないわけだ。なんたって根本からぶっ潰そうとしてるんだからな」
「クハハ、そういうことだ。そんな要注意人物がこのタイミングで加わった新しい
「言いたいことはわかるが、新人とトランザさせて何か意味があるのか?」
久間も妙だとは感じたが、疑念を覚えるまでには至らなかった。しかし、和泉はどうも新渡戸のことが必要以上に気になるらしい。
「あのガキ、中学生のくせして中々のやり手なんだよ。どうしても、このまま無策で終わるとも思えなくてな」
「なら、今はお前の意見を尊重しよう。俺と違って、あの女のことは区域内の付き合いでよく知ってるみたいだしな」
「悪いな。ただの杞憂で終わっても、そこは俺を非難したり笑い飛ばしたりして勘弁してくれや」
「安心しろ、これ以上お前の株が俺の中で落ちることはねぇからよ。最初から折り紙つきのクズじゃねぇか」
「ったく、言ってくれるなぁ。もちろん、否定はしねぇけどよ」
和泉は顔を手で押さえ、下卑た笑みを浮かべた。
いま一度、久間は新渡戸たちが映るモニターへと目を向ける。
「しかし、見てる限りは特に何もなさそうだけどな」
だが、そんな思考も光のごとき速さで消え去った。
なんと新渡戸のトランザが、ものの一分もしないうちに終了してしまったのだ。
相手が新人だと知っていたのか、新渡戸は真っ先に一階のロビーへと向かい、まだトランザに不慣れな
いくら相手の
既に僅かな疑念を抱いていた久間と和泉は、この結果を見て確信した。これは、仕組まれたトランザだと。
そしてその洞察は一つの答えへと届く、このトランザは新渡戸の
二人は察し、互いに顔を見合った。
「おい和泉、これってまさか」
「クッ、クハハッ、やってくれたなぁ……あのガキ、とんでもねぇやつを味方につけやがった」
新渡戸は間違いなく、作為的な理由と方法でトランザを行った。だとすると、一つの疑問が浮かんでくる。
それは単純に、いったいどうやってトランザをコントロールしたのか、という点だ。新しい
だが、これは考えるまでもないことだった。思えば、行動を起こさないはずなどそもそもない。
久間たちは確信する。新渡戸が運営側であるミダスと、裏で繋がっているということを。
「まずいことになったな。どうするよ、久間」
和泉が不安げに訊ねるが、何故か久間は悪戯っぽい笑みを浮かべ、綺麗に並べられた白い歯を露わにしていた。
「はっ、上等じゃねぇか。やっとあのロバ耳が参戦してくれたんだ。むしろ好機だと思えばいい。今までの鬱憤、最後の最後で盛大に晴らしてやろうぜ」
「クハハ、この状況で顔色一つ変えずにそこまで舌が回るんじゃ、何も心配はいらねぇな。俺もあのロバ耳は嫌いでね、たしかにわざわざ向こうから来てくれるなら、ある意味で手間が省けたかもな」
「ああ。どうせ最終的には、新渡戸だって倒さなきゃならない障害だっだんだ」
「となりゃ、改めて作戦を練る必要がありそうだな。あのロバ耳のことだ、やらしくて馬鹿みたいに強い
「問題はそこだな。和泉、あの女が元々持ってた
「任せろ。それなら前にモニター越しに確認したことがある。たしか
「なるほど、単純な攻撃か。意味もそのままっぽいな。でもそれなら、お前の持ってる
「たしかに、
和泉は席から立ち上がり、ポキポキと首や指を鳴らし始めた。
「大丈夫か? もし仮にお前が破産させられたりしたら、持ってる
「クハハ、その辺なら良い対策法があるぜ」
「……え?」
和泉は最悪の結末を迎えた場合の対応策について、久間な話した。
その二重に貼られた保険は、ある意味予想を裏切るものだった。
「お前、相変わらずこすいこと思いつくな。監視カメラ越しに
「クハッ、狡猾と言ってくれよ。まあ、任せとけって。最悪、ボロ負けしても破産だけは回避しとくからよ」
「それ、フラグにしか聞こえないんだが」
軽口を叩きつつも、久間の中でまだ不安は消えていなかった。
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