キング・ミダス編 第二話『シュリンク』

 某日、久間きゅうま和泉いずみから至急モニター前まで来るようにとの連絡を受け、わざわざアルバイトの時間を変更して違法経済特区へと足を運んでいた。


 モニター前の最前列の席では、和泉が貧乏ゆすりをしながら久間を待っていた。


「おい、いったい何の用だ? 今日は俺、トランザの予定はないはずだけど」


「それはわかってる。ただ、少し気になることがあるんだ。とにかく、右端のトランザを見てくれ」


 和泉が示す指の先に目を向けると、嫌でも記憶に刻み込まれているロバ耳の少女、ミダスが新しい資産家アセットホルダーのナビを行っていた。


「苦肉の策で、今からでも資産家アセットホルダーを増やそうってことかもな。まあ、付け焼き刃になるだけだと思うが」


「杞憂ならそれでもいいんだけどよ、相手があの新渡戸にとべだからちょっとな」


「新渡戸?」


 久間は眉根を寄せる。どこかで聞いたことのある名前だった。顎に手を添え、自身の記憶を呼び戻す。


「あー、あのセーラー服の」


「おいおい、忘れてたのかよ。あのガキ、まさに守銭奴って言葉を体現してるような奴でな、俺らの計画には賛同してねぇんだよ。だからタイミングがタイミングなだけに、少し気になったんだ。まあ、あいつは経験は長くてもそんな優れた資産家アセットホルダーってわけじゃねぇから、マージン的にも新入りと当たるのは不思議じゃねぇんだけどよ」


「守銭奴って、お前が言えることかよ」


「クハッ、違いねぇな。まあ、もう昔の話になっちまうけどよ。んで、あのガキのことだが、多分まだ諦めてねぇと思うぜ」


「え、何を?」


「俺たちを潰すことをだよ。このままじゃ、大事な金づるであるこの区域を失うことになる」


「なるほど。それなら俺たちが憎くてしょうがないわけだ。なんたって根本からぶっ潰そうとしてるんだからな」


「クハハ、そういうことだ。そんな要注意人物がこのタイミングで加わった新しい資産家アセットホルダーとトランザなんて、何かあると思わねぇか?」


「言いたいことはわかるが、新人とトランザさせて何か意味があるのか?」


 久間も妙だとは感じたが、疑念を覚えるまでには至らなかった。しかし、和泉はどうも新渡戸のことが必要以上に気になるらしい。


「あのガキ、中学生のくせして中々のやり手なんだよ。どうしても、このまま無策で終わるとも思えなくてな」


「なら、今はお前の意見を尊重しよう。俺と違って、あの女のことは区域内の付き合いでよく知ってるみたいだしな」


「悪いな。ただの杞憂で終わっても、そこは俺を非難したり笑い飛ばしたりして勘弁してくれや」


「安心しろ、これ以上お前の株が俺の中で落ちることはねぇからよ。最初から折り紙つきのクズじゃねぇか」


「ったく、言ってくれるなぁ。もちろん、否定はしねぇけどよ」


 和泉は顔を手で押さえ、下卑た笑みを浮かべた。

 いま一度、久間は新渡戸たちが映るモニターへと目を向ける。


「しかし、見てる限りは特に何もなさそうだけどな」


 だが、そんな思考も光のごとき速さで消え去った。

 なんと新渡戸のトランザが、ものの一分もしないうちに終了してしまったのだ。


 相手が新人だと知っていたのか、新渡戸は真っ先に一階のロビーへと向かい、まだトランザに不慣れな資産家アセットホルダーに大量の投資をして破産させた。


 いくら相手の資産家アセットホルダーが初めてのトランザで、資産アセットの使い方も投資のやり方すらも未熟だったとはいえ、このスピード決着には驚きを隠せなかった。


 既に僅かな疑念を抱いていた久間と和泉は、この結果を見て確信した。これは、仕組まれたトランザだと。


 そしてその洞察は一つの答えへと届く、このトランザは新渡戸の資産アセットを意図的に増やすために設けられたものだということに。

 二人は察し、互いに顔を見合った。


「おい和泉、これってまさか」


「クッ、クハハッ、やってくれたなぁ……あのガキ、とんでもねぇやつを味方につけやがった」


 新渡戸は間違いなく、作為的な理由と方法でトランザを行った。だとすると、一つの疑問が浮かんでくる。


 それは単純に、いったいどうやってトランザをコントロールしたのか、という点だ。新しい資産家アセットホルダーが入ってくるタイミングがあまりにも刺さりすぎていた。


 だが、これは考えるまでもないことだった。思えば、行動を起こさないはずなどそもそもない。


 久間たちは確信する。新渡戸が運営側であるミダスと、裏で繋がっているということを。


「まずいことになったな。どうするよ、久間」


 和泉が不安げに訊ねるが、何故か久間は悪戯っぽい笑みを浮かべ、綺麗に並べられた白い歯を露わにしていた。


「はっ、上等じゃねぇか。やっとあのロバ耳が参戦してくれたんだ。むしろ好機だと思えばいい。今までの鬱憤、最後の最後で盛大に晴らしてやろうぜ」


「クハハ、この状況で顔色一つ変えずにそこまで舌が回るんじゃ、何も心配はいらねぇな。俺もあのロバ耳は嫌いでね、たしかにわざわざ向こうから来てくれるなら、ある意味で手間が省けたかもな」


「ああ。どうせ最終的には、新渡戸だって倒さなきゃならない障害だっだんだ」


「となりゃ、改めて作戦を練る必要がありそうだな。あのロバ耳のことだ、やらしくて馬鹿みたいに強い資産アセットをくれてやったことだろうよ。空手じゃ、おそらく負ける」


「問題はそこだな。和泉、あの女が元々持ってた資産アセットって何か知ってるか?」


「任せろ。それなら前にモニター越しに確認したことがある。たしか切断ニッチとか言ったか。軽く腕を振るだけで、目の前に裂け目を作ることができる資産アセットだ。当然、資産家アセットホルダーが切られちまったら損失になる。今まであのガキが相手の資産家アセットホルダーを破産させたなんて話は聞いたことがねぇから、これとついさっき新人から手に入れた資産アセットの二つだけになるだろうよ」


「なるほど、単純な攻撃か。意味もそのままっぽいな。でもそれなら、お前の持ってる資産アセットが相性いいんじゃないか?」


「たしかに、分身ペルソナを使えば損失を避けつつ応戦できる。なら、まずは俺があいつとトランザしてみて、新たに手に入れたもう一つの資産アセットを見極めるとするか」


 和泉は席から立ち上がり、ポキポキと首や指を鳴らし始めた。


「大丈夫か? もし仮にお前が破産させられたりしたら、持ってる資産アセットや総資本がやつに移動しちまう」


「クハハ、その辺なら良い対策法があるぜ」


「……え?」


 和泉は最悪の結末を迎えた場合の対応策について、久間な話した。

 その二重に貼られた保険は、ある意味予想を裏切るものだった。


「お前、相変わらずこすいこと思いつくな。監視カメラ越しに資産家アセットホルダー狙ったり、見た目の割にやることが陰キャすぎんだろ」


「クハッ、狡猾と言ってくれよ。まあ、任せとけって。最悪、ボロ負けしても破産だけは回避しとくからよ」


「それ、フラグにしか聞こえないんだが」


 軽口を叩きつつも、久間の中でまだ不安は消えていなかった。

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