拝金主義者編 幕間

 違法経済特区に久間きゅうまが来てから数日が経ったある日、久間は資産家アセットホルダーたちの集まる区域内の公園で和泉いずみと待ち合わせをしていた。


 こうして顔を合わせるのは、二日目に行ったトランザ以来である。


「待ちくたびれたぜ、例の約束の件はまだなのか? 計画の内容次第じゃ、俺は反故にするかもしれねぇぞ?」


「大丈夫だ。言ったろ? お前なら理解してくれるって」


 公園の中心にあるベンチに腰をつきながら、二人は目も合わさずに会話をしていた。


「クハハッ! お前よぉ、いつから俺の友達にでもなったんだ? ぶっちゃけ、俺にそんな義理はねぇぞ」


「たしかにない。けど、お前がこの案を降りる理由もないはずだぜ。まあ、とりあえず聞いてくれよ」


「ちっ、早くしろよな。俺だって暇じゃねぇんだからよ」


「ふん、嘘つけ」


 和泉は、ポケットからタバコを取り出して火をつけた。


「悪いな。俺、喫煙者なんだ」


「そうだろうとは思ってたよ」


 その見た目にはタバコがよく似合う。和泉は紫煙を吐き出し、話を続けた。


「んで、てめぇこないだはベネの価値をゼロにするとかぬかしてたが、ありゃどういう意味なんだ?」


 和泉が痺れを切らして本題に入る。その時、初めて二人は互いに目を合わせた。


「簡単さ、ベネを使わなくなればいい。金に価値があるのは、使う人間がいるからだ。だから逆に、使われなくなればその価値は落ちる。つまり、俺たちでこの区域にあるベネを独占してしまえばいい」


「はぁ? んなことできるわけねぇだろ! この区域内に、いったいどれだけのベネがあると思ってんだ!」


「ああ、多分俺たち二人じゃ無理だ。頭数がいる」


「頭数だと?」


 和泉は眉をひそめた。


「ほら、そんなところに隠れてないで出てこいよ」


 久間が促すと、物陰から金髪の少女が頭だけ出し、こちらの様子を伺っていた。


「てめぇは、偽善者女」


「ちょっと! その呼び方やめてよ!」


 呼ばれた藍原あいはらは、気を悪くしつつも二人の前に歩み寄った。


 和泉とは少なからず因縁があるため、自分からは目を合わせようとはしない。


「おいおい、まさかこの三人でチーム組むとかじゃねぇよな?」


「俺はそのつもりだぞ」


「はぁ? 俺とてめぇはともかく。この女と一緒ってのは無理あるだろ。統率が乱れたりしたら計画もクソもねぇぞ」


 和泉は藍原へと人差し指を突き出し、声を張り上げた。


「そもそも、この計画の立案者は藍原だ。彼女なくしては成り立たない」


「んだよそれ。ったく、てめぇは本当に行き当たりばったりだな。俺の時だって、特に勝算もなかったくせによぉ。今度は仲の悪い連中くっつけて即席の同盟アライアンスってか? 上手くいくとは思えねぇな」


 和泉の言うように、互いに嫌悪し合っていた藍原と適切なチームワークが取れるとは言い難い状態だった。


 まだ、二人の蟠りが解消されたわけではない。


「それに、てめぇだって昨日は俺に散々キレてたじゃねぇか。なのに手駒にしようだなんて、どういうつもりだ? 悪いが、腹の底が見えないままじゃ協力なんて無理だぜ?」


「ああ、あの時はまだお前のことをよく知らなかったからな。でも、その口から金は人を殺す凶器だって言葉が出て、仲間にするならお前しかいないと思ったんだよ」


「言ってる意味がわからねぇな」


「昨日も言っただろ。金に人を殺す力があるなら、同時にそれは助ける力にもなる。要するにはお前は、既に金が人を救うことのできる力だと認めている。そういう人間が、このチームには必要なんだよ」


「ちっ、見透かしやがって。本当にてめぇは気にいらねぇな……」


 悪態を吐くものの、反論する気はあまりないらしい。


「まあ、正直なところ、大昔に感じたことはあるけどよ」


 神妙な面持ちで、和泉は紫煙を吐き出した。そして再び肺に目一杯煙を吸い込むと、淡々と昔話を始めた。


「俺の親父は、金融会社の社長だったんだ。だから何度も見てきたよ、金の力に潰されていく連中を。まだガキだった俺は、金が人の生き死にを左右することを知った。だけどたしかに、あれは同時に人が金で救えるってことを理解したってことなのかもな。まさかてめぇの言葉でそれを思い出すことになるとはよ」


「同類の言葉ってのは、なんだかんだ一番突き刺さるもんさ」


「ふん、みたいだな。つうかよぉ、ベネを独占するってことは相手を破産させるってことだよな? それじゃ結局、負債を背負った資産家から金が流れちまうんじゃねぇか?」


 和泉は至極真っ当な質問をするが、久間にとっては愚問でしかなかった。


「和泉、この違法経済特区ってずいぶんと良心的だと思ったことはねぇか?」


「はぁ? なんだよ急に」


「いいから聞けって。最初、俺たちは資産アセットと同じ価値のベネを貰えるだろ? 普通に考えたら、あんなことをしてればこの区域はマイナスになっちまう。けど人間の邪な心が、それを防いでいる。例えば俺が一千万、お前が二千万持っていたとする。それでお前が破産した場合、二千万の負債になる。けど、これじゃ最初に払った分のベネが返ってくるだけだ。結局、プラスマイナスゼロになっちまう」


「あっ! そ、そういうことかよ」


 久間が何を言おうとしているのか、ここまでくれば理解するのは難しくなかった。


「そう、三千万の総資本を得た俺が次のトランザで破産した時、負債が三千万。つまり合計で五千万、単純にプラス二千万ってことになる」


 より多く稼ごうとする人間の欲望を刺激し、術中にはめる恐ろしいシステム。この連鎖が終わらない限り、違法経済特区は永遠に栄える。


 だが、この連鎖を終わらせる道が一つだけあった。


「なるほど、それで救済か」


「察しがよくて助かる。俺が最初のトランザでやったことを、この区域にいる資産家アセットホルダー全員にやるんだ。そうすれば、この区域にあるベネを俺たちが独占し、なおかつ流通を防ぐことができる。これが俺ら二人の時みたく単なる利益の取り合いじゃ、ベネがずれちまうからな。俺たちが裏から操作するってわけだ。和泉、お前に見せてやるよ。金は人を殺さない、救うんだってことを」


「クハハハハッ! バカみてぇな計画だな、夢見るのも大概にしやがれってんだ! マジ笑っちまうぜ!」


 和泉が一転して大笑いし始めた。片方の手で腹を抱え、もう片方の手で座っているベンチを叩く。


「ああ、腹いてぇ。けどまぁ、悪くねぇな。面白そうだから手伝ってやるよ、そのふざけた計画にな。だから見せてみろ、金に人を救う力があるってことを、この俺になっ!」


「どうやら、賭けの件を反故にする気はなくなったようだな」


「ばぁか、最初に言っただろ。相手の資産家アセットホルダーを破産させるのは、俺が何よりも至福に感じる瞬間だって。何も変わりゃしねぇ、俺は今まで通りやるだけさ」


 和泉の承諾を得ることはできたが、まだ藍原は不安を抱えていたようだ。


「ねぇ久間、私の計画とはいえ、本当に大丈夫なの? たしかに頭数は欲しかったけど、よりにもよってこの男ってなると」


 今までの悪辣な姿勢を目の当たりにしてきた藍原は、未だ和泉に対しての恐怖心を拭い切れずにいた。


「そう青い顔するなって。下品で大仰なことに変わりないが、俺たちの計画を遂行するにはこいつが必要不可欠だ。なんたって第一位の資産家アセットホルダーなんだからな」


「おい、下品で大仰は余計だろ」


 和泉本人に自覚はあるようだったが、他人から言われるのは少し嫌らしい。


「まあ、大船に乗ったつもりでいろよ。今から俺たち三人で、この区域の資本主義をぶっ壊してやるんだからよ」


 久間は悪魔にも似た微笑みを浮かべた。

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