違法経済特区編 幕間
同時刻、トランザクション観戦モニター前。
ここでは、他の
吹き抜けの天井があるライブ会場のようになっており、全員が基本的に自由な体勢でトランザを見物していた。
その目的は、後々戦うことになるかもしれない相手の情報収集と、狙うべき
初参戦の
ルールすら曖昧な
久間が何故、彼らに初心者だと知られてしまったのか、それはミダスの存在である。
中間管理職であるミダスがわざわざ同行するのは、違法経済特区に連れてこられた
つまり、今ミダスと一緒に映っている
そんなビギナーですらないトウシロウがどんな商業取引を行うのか、
特に一番前の席で観戦していた二人の
一人は、モヒカンドレッドを後ろで結っている、体の大きい横柄な態度の男。
その風貌は、一昔前のチンピラを彷彿とさせる。目つきが鋭く、唇は分厚い。現代では絶滅したと思われているガキ大将を、そのまま大人にしたようだった。
もう一人は、セーラー服に身を包んだ小柄な黒髪の少女。
容姿こそ優れており、見た目の印象は真面目な優等生といった感じだが、その瞳は何故か虚ろだった。
「クハッ、クハハハハッ! おいおい、とんでもねぇ新人が現れたなぁ。まさか、破産させた相手の負債を肩代わりするなんてよぉ」
モヒカンドレッドは口元に手を当てながら、ミダスと共にオフィスビルを出て行く久間をモニター越しに睨め付けていた。
「金で誰かを助けるとか、もはや狂気だぜ。あのガキ……相当やべぇな、脳みそが焼かれてやがる」
「ええ……虫も殺さないような顔して、平気で相手を破産させた。それなのに、最後は助けた……何を考えてるいるのか、まるで読めない。頭がおかしいってことなら、それで納得もできるけど」
セーラー服の少女も、久間に対して辛辣な言葉を吐き捨てた。
「ただあたしは嫌い、あのタイプの偽善者。躊躇いなく破産させておいて、罪悪感が嫌で助けるとか、一番最悪。結局、大切なのは自分だけってことでしょ? 見ててイライラするのよね……」
「ったく、やけに噛み付くと思ったらそういうことかよ。まあ、俺もあの手の野郎は嫌いだから、気持ちはわからなくもねぇな。まだ金で誰かを救えるとか勘違いしちまってんなら、わからせなきゃならねぇ……金は人を殺す凶器だってことをよぉ……」
久間は知らぬところで、見ず知らずの他人から悪意を向けられていようとは思いもしなかった。それどころか、自身の商業取引の様子を見られていたということすら知らない。
だがこの二人のように、単純に久間を危険視している者はそう多くなかった。ほとんどの
運が良かっただけの、非情になれない甘ちゃんだと。
それも当然である。この区域において、相手より利益を出すことは非常に重要な行為だからだ。
総資本が多くなれば、それだけ破産のリスクが減る。まさにお金は戦闘力、なくてはならない存在だ。多く持っていて損することは決してない。
久間の商業取引を見ていた
むしろ、これが一般的な考えだろう。久間は初戦から総資本が多く、優秀な
現実から目を逸らしているようにも思えるが、高校生の初心者相手に身震いする方が異質だ。それよりも、総資本の大きい
そのため、モニターの前で久間に敵意を向けている数人の
そしてそれは、敵意だけではなかった。
「へぇ、気まぐれで助けちゃうんだ。面白いこと言うじゃん……彼」
久間に対し、敵意ではなく好意を向ける
この区域内の誰もがその存在を認知しているであろう有名な
彼女だけが唯一、久間の奇行に関心を示していた。
それからどうやって現実世界に帰還したのか、久間にはまるで記憶がなかった。
ミダスと共に、区域内の外れに位置する建物へと入ったことまでは覚えていたが、その後のことはさっぱりだった。
気づけば、久間は見知らぬタワーマンションの屋上にいた。
辺りはもう暗く、まだらに差し込む月の光が、闇に覆われた街を照らしていた。
そこには豪華なペントハウスがそびえ、久間とミダスはその入り口に立っていた。
「こ……ここは?」
「都内某所にあるタワーマンションの屋上です」
久間は顔をしかめた。そんなことは聞かなくてもわかっている。久間が訊ねたのは、もっと別の疑問だった。
「このペントハウスだけが、特別な場所なんです。下にあるのは本当に普通のタワーマンションですよ。次に違法経済特区へ来る際は、このペントハウスの扉からどうぞ。ここが、現実世界と違法経済特区を繋ぐ、唯一のルートになります。まあ、商業取引をしたくないからとお金と共に姿を消す方もいますが、その際は最初同様、私が強制的に連行いたしますので。できれば通っていただけると助かります」
ミダスは満面の笑みを浮かべたが、普通、もう一生来たくないと感じる者がほとんどだろう。久間にとっても、その笑みからは異質な悪意を感じた。
「ちなみに、このタワーマンションは
「二度と来るかよ、こんなところ。悪いけど、後でちゃんと迎えに来いや」
「うわぁ、久間様、もしかして絶賛反抗期ですか? 仕方がないですねぇ、私のお迎えがそんなに欲しいのでしたらそう言ってくださればよいのに」
ミダスは都合よく解釈した。
「あっ、それと違法経済特区についてですが、他言無用ではございませんので、警察でも弁護士でも、ご自由にご相談なさってください。ただまあ、大抵の方は信じませんので、変な人だと思われたくないのであれば黙っている方が無難かと。久間様のように、友達も家族もいない方には余計な忠告だったかもしれませんが」
「うっ……てめぇ、俺を怒らせてぇのか?」
「そんなにいきがらないでください。妙に荒っぽい口調だと、逆に小物にしか感じられなくてダサいですよ?」
「お前、人を煽るセンスだけは一人前だな」
「よく言われます。それでは、私はこれでも忙しいので、この辺で失礼いたしますね。あとは地上に降りて帰宅するだけですので」
ミダスは手をひらひらと振りながら、ペントハウスの中へと消えていった。
正直、彼女に言いたいことは山ほどあった。恐らくまだ、全て説明しきれていない。
だが、さすがに今日は疲れた体をすぐに休ませたかった。正当な文句は、また後でいい。どうせまた連れてこられてしまうのだから。
久間はそのまま地上まで降りると、付近にある電柱から、いま自分がどこにいるのかを確認した。
「本当に都内なのかよ」
久間は半信半疑だったが、ここでようやく確信した。まさか、都心の真ん中に謎の世界に続くペントハウスがあるなど、まるで映画や漫画の話そのものだ。
ポケットから携帯電話を取り出して時間を確認しようとしたところで、久間はあることに気づいた。
商業取引で使用した際の携帯電話がどこにもなかったのだ。久間の
改めて商業取引の仕組みを理解した久間は、そのまま真っ直ぐ帰路に着いた。
気づくと、久間は一人で見覚えのある街角を歩いていた。既に、自分の部屋のアパートはすぐ目の前だった。
久間が帰宅した瞬間、一気に襲いかかった疲労感から、畳んである布団にそのまま体をダイブさせた。
あまりにも多くのことが起こりすぎた。
次第に瞼は重くなり、久間は泥のように眠ってしまった。
しかし、久間にはまだ、安息は訪れていなかった。
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