違法経済特区編 第六話『タスク』
同時に、久間は己の総資本の額に目を通し、またもや驚愕した。そこに記されている金額の値が、あまりにも現実離れしていたからだ。
「ご、五千万だと……」
まるで実感が湧いてこなかった。五千万などという大金は、高校中退の久間にとって一生働いても蓄えられないほどの額だ。それがこの一瞬で手に入ってしまったのだから、簡単に受け入れられるはずもない。
「まさか、初陣は全員こんな馬鹿げた金額からスタートすんのか? はは、頭が痛くなるぜ」
久間は額に青筋を立てつつも、気を取り直して視界に映る画面の操作手順を試してみた。
それぞれの数値の左下をタッチすると、一時的にそれらを閉じることが可能だった。歪な見取り図は、真っ先に視界から閉じた。非常に重要な情報ではあるが、多すぎるのも考えものである。あまりにもごちゃごちゃしていると、逆にそれらを完全に処理できない。
色々と画面をいじり、その基本的な操作方法をある程度理解した。
しかし、一つだけ気になるものがあった。それは画面に映る、個人資産と書かれた項目だ。
あまり馴染みのない、アセットというルビが振ってある。意味自体は理解できたが、それが何なのかはよくわからなかった。単純に、自身の持つ資産ということだろうか。総資本の一部なのか、また別の何かなのか、それすらも謎だった。
「ちっ、あのロバ耳女、肝心なこと話してねぇじゃんかよ。ちくしょう!」
個人資産の項目をタッチすると、下に『
「ダメだ、全然わからん……こいつはひとまず後回しだな。それより、今はこのビルについて調べよう」
久間は最初、ビルの階数をチェックした。ビルは一階から七階まであり、一階がロビー、二階からは会社のオフィスになっている。
一階には受付とエレベーターホールだけでインテリアも少なく、死体安置所のようにスッキリしていて清潔だった。
辺りを探索していると、久間はあることに気づいた。
二つあるうちのエレベーターの片方が、段々と下に降りてきていたのだ。
久間はすぐに、それが対戦相手の
辺りを見回すが、隅に観葉植物や椅子があるだけで、身を隠すような遮蔽物はない。逃げ場はゼロだ。
「ちっ、相手がどんな奴かもわかんねぇってのに、もうおっ始めなくちゃならねぇのかよ!」
しかし、武器の類は一切持っていない。ミダスによって強制的に連れてこられたため、何の準備すらできていなかった。
久間はまだ、どれくらいのダメージでいくら総資本を損失するのかを理解していない。もしかしたら、ただ殴られただけでも何千万という額を損失してしまう恐れもあった。
このまま、丸腰で迎え撃つことなどできない。それはもはや、自殺行為に近かった。
次第に、エレベーターの上に表示される数字が小さくなっていく。相手が一階に到達するのは時間の問題だった。
「くそっ! ふ、ふざけんじゃねぇよ! 何かねぇのか、武器になりそうなもんは……」
その時だった。久間が武器を欲しいと願った瞬間、己の手が青白く光り、今まさにイメージした武器がその手に出現したのだった。
「え、えぇ⁉︎」
困惑し、目を剥いた。
信じられないといった面持ちで、手の中に握られているその武器へと目を落とす。
「マジかよ……これ」
久間の手に握られている武器、それは拳銃だった。
種類などはわからないが、その重さと感触から、偽物ではないということだけは理解できた。
「よ、よくわかんねぇけど、これ使っていいんだよな……」
出現した理屈は何一つわからなかったが、そんなこと今はどうでもよかった。手の中に己が強力だと知る武器があるのだ、それを使わない理由などどこにもない。
拳銃オタクというわけではなかったが、大抵のものにはセーフティレバーが付いており、暴発を防いでいるということを前々から知っていた。
久間はレバーを下ろし、エレベーターの入り口に向けて構えた。扉が開いた瞬間、出てきた資産家をこの拳銃で射殺する。無論、拳銃を撃ったことのない久間に当てることなど到底不可能な話だが、それでも何発か撃てば、一撃は食らわせられるだろうと考えていた。
弾数に限りがある可能性もあったが、初心者の久間がそんなことを考慮している余裕はなかった。
そして、ついにエレベーターが一階に到着した。
ゆっくりと、四方を鉄で覆われた巨大な箱がその内部を露わにする。
同時に、久間は思い切って引き金にかけている指に力を入れた。
耳の奥に突き刺さるような激しい発砲音が鳴り響き、久間は撃った反動で後方へと倒れこんだ。尻餅をつき、思わず拳銃を落としてしまう。連射するつもりだったが、初めて体験する拳銃の反動で、二発目を撃つことができなかった。
「あ……当たったか?」
恐る恐る、エレベーターの方へ目を向ける久間。
その瞬間、久間は目の前の光景に言葉を失ってしまった。
「おっと、まさかエレベーターの扉が開くと同時に不意打ちとは、まったく姑息なことをするじゃないか」
エレベーターの中には、見知った人物が立っていた。
整った容姿に、高い身長、その顔には、さわやかな笑顔が溢れていた。
「危なかったよ。不意打ちが来るかもと予想して、念のために力を発動しておいたのが幸いした」
「な、なんで……あんたがここに……」
「え? それはこっちのセリフだよ。まさかこの区域でうちのスタッフに会うとはね。世間ってのは狭いなぁ。そう思うだろ? 久間くん」
「か、
久間の対戦相手は、アルバイト先のオーナーだったのだ。
だがそれ以上に驚いたのは、加村の鼻先でピタリと止まっていた銃弾だった。それはまるで空中で時間を切り取られたかのように静止していた。
「おかしいな。武器の持ち込みは禁止されてるはずなのに、その拳銃はどうしたんだ?」
「は? ぶ、武器の持ち込みって禁止されてるのかよ……あのクソアマ、んなこと一言も言ってなかったじゃねぇか!」
「おや、何も知らないのかい? これは楽に勝てそうだな」
「ちくしょう……わかんねぇことだらけだ。何で俺が撃った弾が空中で止まってんだ? いったいいつ覚えたんだよ、そんな手品」
久間は敬語を使うのも忘れ、タメ口で加村に訊ねた。
「一ヶ月半くらい前になるかな。僕は元々博打好きで、金遣いが荒かったんだよ。ここに誘われたのは幸運だった。借金がチャラになったうえに、こんな楽しいギャンブルに参加させてもらえたんだから」
加村は不気味な笑みを浮かべた。
「君はうちの大事な戦力だから、破産させるのは少々忍びない。しかし、僕もより多く稼ぎたくてねぇ。悪く思わないでくれよ」
加村は両手をゆっくりと上げ、空中で停止している銃弾に風を送るように、軽く払った。
刹那、銃弾は軌道を変え、久間の足元に弾き返された。
床には銃弾のめり込んだ穴がくっきりと残っている。
「あーあ……外しちゃったか、やっぱり距離があると難しいね」
「い、いったい……何を……」
「君と同じさ、僕も
「それって、個人資産ってやつのことか?」
「……ん? まさかそれも知らないのかい? 視界にちゃんと表示されてるだろう、自分の個人資産が」
「んなこと言われてもわかんねぇよ! 個人資産っていったいなんだ! あんたが銃弾を止めたことと、何か関係あるのかよ!」
「ふっ……悪いけど、知らないなら別にいいさ。むしろその方が、倒しやすくて助かる」
今度は、加村のすぐ横に立てられいたロビーの観葉植物がふわっと宙に浮いた。
「ま、まさか……」
「こういう大きい方が的に命中しやすくて、僕的には楽なんだよね」
加村は観葉植物を手で操り、それを久間目掛けて投げつけた。
久間は体を転がし、強引に観葉植物を躱す。
「ふふ、やっぱりそう簡単には当てさせてくれないよな」
「当たったら俺の総資本が損失して、あんたの利益になるんだろ?」
「そう、その通り。なぁんだ、初めてのくせにちゃんとルールは理解できてるみたいだね。さっきから僕の言ってることがよくわかってないみたいで、ちょっと油断しちゃった。まあ、短時間で全部覚えろってのも無理な話なんだとけどさ……そういえば、君は仕事の覚えも早かったなぁ……」
加村は徐々に久間との距離を詰める。
「ロビーは良くないなぁ、ここじゃ僕の
「もう十分喋りすぎだって……あんた、もしかして俺のこと舐めてる?」
「そりゃあね。だって久間くん、今日初めてこの区域に来た新人だろ? ルールは曖昧だし、資産のことすら知らない。下に見てしまうのは仕方のないことだよ」
加村は肩をすくめる。
久間は拳銃を握りしめながら、ゆっくりと立ち上がった。
しかし、既に理解していた。恐らくこの武器はもう、役には立たないだろうと。
加村はどういうわけか、謎の力で物体を操れる。そんな相手に対し、飛び道具には何の力もない。
必死に思い出していた、手の中に拳銃が出現した時のことを。
久間はとにかく、武器が欲しかったのだ。殺傷能力が高く、離れた位置から安全に敵を狙い撃つことのできる武器が。
まだ
そして心の中で、再び願った。いま自分が欲しい、拳銃ではない別の武器、道具を。
「はは、そうだな。俺はまだ初心者だ。だから俺は、馬鹿正直に突っ込んだりはしない」
久間は不敵に微笑みながら、拳銃を服の中へとしまった。
次の瞬間、久間の手元に発煙筒が出現した。
「悪いけど、俺もこんなところであんたとタイマン張る気はねーんだよ!」
すかさず発煙筒の火をつけ、先端から溢れ出す大量の煙を加村へと向けた。
「なっ……何を! くっ……ごほっ……ごほっ! なんだこれ……け、煙?」
加村は咄嗟のことで怯み、大量の煙を浴びて咳き込んだ。
久間はその隙に階段へと向かい、ロビーから姿を消した。
「くそっ! 待てっ!」
だが、もうそこに久間の姿はなく、ロビーには煙を放出し続ける発煙筒だけが残されていた。
一人残された加村は、激しい苛立ちから発煙筒を踏みつけた。
「こんなものまで用意できるのか……ふっ、厄介な
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