6
うう……重いよ……。あまりの重さに眠りから引きずり出された。また与太郎が……。
ぐいと首を起こす。乗っているのは、娘二人。
あれ? 寝室に戻っているじゃないの。
あれれ? ベッドの脇には猫が三匹。それに、与太郎が普通の大きさに……?
パッションをつっついた。
「パッション? おはよう。しゃべれる?」
パッションは、うるさそうに片目を開けた。
「ぐぅにゃーん」
あれれれ? 言葉がない……。
そりゃあそうよね……。猫が話をしてたまるものですか。
亭主がドアから顔をのぞかせた。
「起きたか? なんだ? にやにやして」
「うん? とんでもない夢を見たの」
「ふうん。いい気なものだな。お客さん、来てるぞ」
「お客? 誰?」
「人相の悪い二人組だ」
は?
「ど、どこ⁉」
「庭で穴を埋めてるよ」
私は娘を押しのけ、パジャマ姿で窓に走った。見下ろすと、庭一面が穴だらけ。
亭主が脇に立った。
「家を空けるから、こんなに掘られちゃったぞ。誰がやったか調べようがないしな……」
二人組が私たちを見上げた。
「よう先生、遅いじゃねぇか。雇われに来てやったぜ」
「働いてるのは、あっしですが」
スコップを止めて汗を拭う。
「それが子分の仕事だろうが」
「へい。ま、兄貴に堅気の仕事は無理ですからね」
漫才コンビ……。
「あなたたち、なんで……?」
兄貴分が豪快に笑った。
「てめえ一人だけ、あっちには戻らせねぇ」
「大きな声じゃ言えませんが、兄貴、遊園地に目がないんでさぁ。ディズニーランドなんか五十回は行ってますぜ。帰ってきたら、もう退屈で退屈で……。今度行く時も必ずついてくって、うるさいんです。だから組を抜けて、先生を見張りに来たってわけで……」
「べらべらしゃべるんじゃねぇ」
「実はあっしも、むこうに未練が……」
ぽっと頬を赤らめた。
つまり、むこうの世界は本当に……?
背後に名人の声。
「先生! 早く書いてよ。僕、仕上がるまで札幌に戻りませからね」
片手で持ったマックブックを突き出す。
「書くって……なにを?」
「あれですよ、もちろん。プロットは完全なんだから、あっという間に書けるでしょう? 先生が書かないなら、僕が作家デビューしちゃいますよ。あ……それより、ゲームのシナリオにした方が受けるかな? 二人でやります?」
私は亭主を見た。
「なんなのよ、こいつら? 朝っぱらから……」
「知らないよ、勝手に押しかけてきたんだから。それに、もう夕方だよ。下の二人は書生にしてくれって、いきなり……」
書生……? ま、用心棒よりは聞こえがいいですけど……。
「時代錯誤ね。第一、お金がないわよ」
「金なんて……」
亭主は部屋の角の棚を指さした。梅干しの壺にタンポポがごっそり活けてある。
名人が言った。
「いずみちゃんとつばさちゃんが摘んできたんです。こうしておけば、泥棒だって金塊が入っているとは思いません」
亭主がふくれた。
「まだいっぱい残ってるぞ。東京から持って帰ってきたけど、重くて重くて……」
名人が外を指さした。
「あ、じいさん、来ました」
あけみを抱いてタクシーを降りてくる。
亭主が不機嫌そうにつぶやく。
「おい、健吉爺さんまで……」
じいさん、庭に立って漫才コンビを叱りつけた。
「お前らか、こんなにほじくりかえしおって⁉」
「俺たちは埋めにきたんでぇ」
「埋めてるのは、あっしです。どうやら近所の皆さんが埋蔵金を探したらしくて……」
じいさん、庭先から私を見上げていきなり用件を切り出した。
「礼をもらいに来てやったぞ。卯月の糞、一つで勘弁してやろう」
いくらでも持っていきなさい。
私は名人を見た。
「ファンタジーに転向させる気?」
「とんでもない。僕、心を入れ替えたんです。今日から正統の編集者を目指します。取りあえず最初の作品は、ノンフィクションということで……」
肩をすくめて猫たちを見た。
「いいの? 書いても」
三匹揃って、あくびで応えた。
猫には関係ない? ま、そうでしょうとも。
――了
クレイジィキャッツは止まれない。 岡 辰郎 @cathands
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