うう……重いよ……。あまりの重さに眠りから引きずり出された。また与太郎が……。

 ぐいと首を起こす。乗っているのは、娘二人。

 あれ? 寝室に戻っているじゃないの。

 あれれ? ベッドの脇には猫が三匹。それに、与太郎が普通の大きさに……?

 パッションをつっついた。

「パッション? おはよう。しゃべれる?」

 パッションは、うるさそうに片目を開けた。

「ぐぅにゃーん」

 あれれれ? 言葉がない……。

 そりゃあそうよね……。猫が話をしてたまるものですか。

 亭主がドアから顔をのぞかせた。

「起きたか? なんだ? にやにやして」

「うん? とんでもない夢を見たの」

「ふうん。いい気なものだな。お客さん、来てるぞ」

「お客? 誰?」

「人相の悪い二人組だ」

 は?

「ど、どこ⁉」

「庭で穴を埋めてるよ」

 私は娘を押しのけ、パジャマ姿で窓に走った。見下ろすと、庭一面が穴だらけ。

 亭主が脇に立った。

「家を空けるから、こんなに掘られちゃったぞ。誰がやったか調べようがないしな……」

 二人組が私たちを見上げた。

「よう先生、遅いじゃねぇか。雇われに来てやったぜ」

「働いてるのは、あっしですが」

 スコップを止めて汗を拭う。

「それが子分の仕事だろうが」

「へい。ま、兄貴に堅気の仕事は無理ですからね」

 漫才コンビ……。

「あなたたち、なんで……?」

 兄貴分が豪快に笑った。

「てめえ一人だけ、あっちには戻らせねぇ」

「大きな声じゃ言えませんが、兄貴、遊園地に目がないんでさぁ。ディズニーランドなんか五十回は行ってますぜ。帰ってきたら、もう退屈で退屈で……。今度行く時も必ずついてくって、うるさいんです。だから組を抜けて、先生を見張りに来たってわけで……」

「べらべらしゃべるんじゃねぇ」

「実はあっしも、むこうに未練が……」

 ぽっと頬を赤らめた。

 つまり、むこうの世界は本当に……?

 背後に名人の声。

「先生! 早く書いてよ。僕、仕上がるまで札幌に戻りませからね」

 片手で持ったマックブックを突き出す。

「書くって……なにを?」

「あれですよ、もちろん。プロットは完全なんだから、あっという間に書けるでしょう? 先生が書かないなら、僕が作家デビューしちゃいますよ。あ……それより、ゲームのシナリオにした方が受けるかな? 二人でやります?」

 私は亭主を見た。

「なんなのよ、こいつら? 朝っぱらから……」

「知らないよ、勝手に押しかけてきたんだから。それに、もう夕方だよ。下の二人は書生にしてくれって、いきなり……」

 書生……? ま、用心棒よりは聞こえがいいですけど……。

「時代錯誤ね。第一、お金がないわよ」

「金なんて……」

 亭主は部屋の角の棚を指さした。梅干しの壺にタンポポがごっそり活けてある。

 名人が言った。

「いずみちゃんとつばさちゃんが摘んできたんです。こうしておけば、泥棒だって金塊が入っているとは思いません」

 亭主がふくれた。

「まだいっぱい残ってるぞ。東京から持って帰ってきたけど、重くて重くて……」

 名人が外を指さした。

「あ、じいさん、来ました」

 あけみを抱いてタクシーを降りてくる。

 亭主が不機嫌そうにつぶやく。

「おい、健吉爺さんまで……」

 じいさん、庭に立って漫才コンビを叱りつけた。

「お前らか、こんなにほじくりかえしおって⁉」

「俺たちは埋めにきたんでぇ」

「埋めてるのは、あっしです。どうやら近所の皆さんが埋蔵金を探したらしくて……」

 じいさん、庭先から私を見上げていきなり用件を切り出した。

「礼をもらいに来てやったぞ。卯月の糞、一つで勘弁してやろう」

 いくらでも持っていきなさい。

 私は名人を見た。

「ファンタジーに転向させる気?」

「とんでもない。僕、心を入れ替えたんです。今日から正統の編集者を目指します。取りあえず最初の作品は、ノンフィクションということで……」

 肩をすくめて猫たちを見た。

「いいの? 書いても」

 三匹揃って、あくびで応えた。

 猫には関係ない? ま、そうでしょうとも。

                                                                    ――了

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クレイジィキャッツは止まれない。 岡 辰郎 @cathands

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