第9話 通常の世界
「あやちゃん。通常の世界じゃ」
甲高い奇声を上げた吉弘は、腕時計を見つめている。
目を閉じて手を合わせていた彩が顔を上げた。
「願ってくれたんじゃ」
嬉しそうに呟くと、アジサイを見つめた。
「アジサイちゃん。ありがとう」
頭を下げた後、俊敏に立ち上がった。
「掘り起こすで」
「おお」
彩の掛け声に呼応した吉弘は、駐車場の隅にほったらかしてある、大きなスコップを手に取った。手当たり次第に土を掘り起こしていく。そのことで柔らかくなった土を、彩は手で掘って球根を探していく。
掘り起こしをすませた吉弘も、手で掘って球根を探していく。
三十分しかないため、彩も吉弘も必死だ。
しばらくして、彩が喜悦の声を上げた。
「見つけたで。アマリリスの球根じゃ」
「無残にも茎が千切れて無くなっとる。じゃが、球根は傷ついてないみたいじゃから、大丈夫じゃ」
覗き込んできた吉弘が、彩の手の平に乗っかる球根を観察した。
「ちゃんと再び根付くよう、よしくんが植えてやって」
「わかった」
親指を突っ立てて返した吉弘は、手の平を差し出した。
「アマリリスちゃん。酷い目に遭わせてごめん。また綺麗な花を咲かせてな」
彩は手の平で優しく球根を抱きかかえるように包み込んだ後、吉弘の手の平に球根を移した。
受け取った吉弘は、駐車場の拡張から逃れて残る花壇に向かった。花壇の中に入ると、バラの背後に腰を下ろす。リュックサックの中から、小型のスコップと肥料の小袋を取り出すと、肥料を土に混ぜて球根を植えた。
「アマリリスちゃん。また立派に育つんじゃで」
にこりと笑った吉弘が、突如、思い出したとばかりに腕時計を見た。その動作に、彩は固唾を呑んで体を硬直させた。
「あやちゃん。三十分以上経っとる」
吉弘が彩を見上げ、腕時計をしている手を上げた。彩は恐る恐る腕時計を覗き込んだ。
「秒針が一秒一秒を刻んどる」
「そうじゃ。呪いが解けたんじゃ」
嬉しそうに甲高い奇声を上げた吉弘が、親指を突っ立てた。その直後、跳びはねるようにして立つと、花壇から出て駆けていった。青々とした葉をこんもりと付けているアジサイの間隙を、すり抜けていく灰色のウサギに気付いたからだ。
「どうしたんじゃ?」
あまりにも突飛な吉弘の行動に、彩は何事かと、見えなくなっていく吉弘の背を追った。
「よしくん。急用でも思い出したんじゃろか?」
呆然と呟いた彩は、そのことで、大切な用事を思い出した。
「あたしのボールペンを迎えに行かんといけん」
慌てて彩は、花壇から出ると、ショッピングモールに向かった。駆けながら、吉弘に萌美の伝言を話すのを、忘れていることを思い出した。
「うちに帰ったら、よしくんに電話じゃ」
そう考えた彩が、はたと足を止めた。雑草の奏でるラップ調のハーモニーが聞こえてきたような気がしたからだ。路傍の草に目を落とし、耳を澄ませる。だが、何も聞こえてこない。
「空耳じゃな」
くすりと笑った彩は、再び駆け出した。
――俺たちは雑草ファミリーだぜ。
――彼の悲鳴を捉えちゃったよ。
――まさか彼が事件に巻き込まれるなんて。
――我ら雑草ファミリーは彼の呪いを受け止めた。
一秒違いの世界 月菜にと @tukinanito
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