【短編】死んでも幼馴染を助けたい。

天道 源(斎藤ニコ)

死んでも幼馴染を助けたい。

 俺こと『鎌田奏太(かまたかなた)』が、幼馴染の『安良城咲綾(あらしろさあや)』を好きになったのはいつのころだったか。

 それは思い出せないけれど、いつだって咲綾のことを思ってきた。


 まあ、思ってきただけで、告白なんかできるわけもない。


 なんたって相手は幼馴染ながら、高校どころか地域を騒がすほどの美少女である。

 小さい頃の咲綾は、鼻水を垂らしながら泣きじゃくって、俺を頼るようにうしろをついて回っていたけど、小学校高学年あたりから美少女力をレベルアップさせて、いつしか一人で歩くようになった。


 いや、訂正。


 たしかに俺の後ろを歩かなくなった咲綾だが、俺の横で笑うようになった。

 俺はそれが誇らしかった。

 自慢の幼馴染。

 正直、死んでも守ってやりたいぐらい、俺は咲綾が好きだった。


     ◇


 いつも思い出す光景がある。

 それは、咲綾と俺がトラックに轢かれた瞬間のこと。


 春だった。

 四月十四日。

 俺たちは高校二年にあがったばかり。


 なんでもない一日だった。

 学校が終わって、部活に入っていない俺たちは帰路についていた。

 俺の臨時のバイト代が入ったということもあって、咲綾はニマニマとしていた。


「ねえねえ、奏太。今度の日曜日、どこかに行こうよ~」

「お前、俺のバイト代狙いだろ……」

「えへへ。ばれた?」

「ばれたもなにも――で、何が欲しいの」

「え! うそ! 買ってくれるの!? いつも買ってくれないのに!」

「まあ、誕生日、近いからな」

「わあ。覚えてくれてるんだね、わたしの誕生日」

「今更なにを言ってんだよ。何年間一緒に居ると思ってんだ……」

「そうだね、今更だね――でも、ほんとは何もいらないよ。わたし、奏太と一緒に居られるだけでいいしね~」

「なんだそれ」


 えへへ、と笑った咲綾の、茶色の細くさらさらの髪が風になびいて、俺の鼻をくすぐった。


 幸せだった。

 俺だって咲綾が居ればなんだかそれでよかった。

 でもそれは唐突に終わったのだ。


 繰り返すが、なんでもない一日だった。

 何も問題はなかったし、信号は青だったし、俺達は次の休みをただ楽しみに待っているだけの高校生だった――。


 でも、赤信号を無視したトラックが、横断歩道を渡る俺たちに突っ込んできた。

 強張る体。

 咲綾を助けることもできない。


 俺の最後の記憶は、何が起きたか分からないような顏で、宙に浮かんでいる幼馴染の姿だ。


 ――俺たちの人生はあっけなく終わった。

 最後の願いは、言葉にならず霧散した。


     ◇


 気が付くと俺は自室のベッドで寝ていた。

 ぼうっと天井を見つめた後、すぐに状況を思い出す。


「え……!?」


 勢いよく起き上がり、体を両手で触りながら確認をする。

 なんの怪我もない。

 病室でもなく、ここはあくまで俺の部屋だった。


 枕元からスマホを拾い上げて、時間を見る。

 朝七時半。

 いつもの起床時間だ。


「夢、だったのか……?」


 なにが、とは言わない。

 だってあんなにリアルな夢があっていいものだろうか。

 つながっている記憶の最後が、トラックで轢かれた記憶で終わる――咲綾の茫然とした顔が、青空に浮かんでいた。


「本当に、夢……?」


 じゃないと、説明がつかない。 


 ポコン♪ とスマホが振動した。

 画面を見ればチャットアプリのメッセージだった。


『咲綾:ちゃんと起きてる?』


 咲綾が生きている。

 そうか。

 やっぱり夢だったんだ。

 俺は四月十四日を、問題なく過ごして、それできっと、記憶がないまま寝てしまって――そして俺は息をのんだ。


「あれ……?」


 スマホの日付を見れば、そこに記されているのは『四月十四日』の文字列。

 おかしい。

 確かに昨日は四月十四日だった。

 そして事故にあって――それが夢だとしたら、じゃあ、いつからが夢だったんだろうか。


 急にすべてが不確かになる。


 わからない。

 わからない。

 わからない――。


 結論から言おう。


 俺はその日の放課後。

 工事現場で起きた落下事故に巻き込まれて、咲綾と一緒に下半身を潰されて、死んだ。


 咲綾の茫然とした顔が忘れられない――。


     ◇


 俺は再び、目覚めた。

 スマホを見る。

 時計は七時三十分。

 

 勘が良い奴なら、気が付くんだろう。


 俺はどうやら四月十四日を繰り返しているらしい。

 自分の死をもって、タイムリープを繰り返しているようだった。


     ◇


 わかったことがある。

 俺は必ず死ぬらしい、ということ。

 そして四月十四日の死から、四月十四日の朝へタイムリープする。


 理由は分からない。

 でも、「俺は必ず死ぬ」っていうのは、大切な情報だった。


 なぜって、最後に咲綾の死を見なくて済むからだ。

 おそらく最初の二回――トラックと工事現場の死は、俺が咲綾を巻き込んでしまったということなのだろう。


 三回目で気が付けて良かった。

 俺の死は四回、五回と重なっていくが、咲綾と一緒に帰らなければ、咲綾の死を見なくて済む。

 もちろん、失敗したこともあった。


 不思議なことに、咲綾が一緒に巻き込まれると、その記憶は、必要以上に頭に残った。

 俺だけが死ぬときは、まるで夢のようにタイムリープができるというのに、咲綾を巻き込んでしまうと、まるで時間が地続きに続いているようだった。

 俺は悲しくて仕方がなくなり、咲綾が生き返っているはずの世界で、慟哭した。


 とにかく、咲綾を巻き込みたくない。

 俺は、心を鬼にして、とにかく咲綾を避けた。


「奏太、一緒にかえろ~」と言われても、「わりい、先に帰っててくれ……」と繰り返し答える。

「そうなの……?」と咲綾は不思議な顔をして俺を見送ってくれる。


 そのあと俺が死ぬことを知って、咲綾はどんな気持ちになるだろうか。考えると頭がおかしくなりそうだったが、理由の分からない苦難に見舞われている俺も、もうすでに判断がおかしかったのだろう。


 そうなんだ。

 だから気が付くのが遅れた。

 死の恐怖と痛みと、咲綾を巻き込まないことだけに気を取られすぎた。


     ◇


 家から出なければ良いと考えたが、家が燃えたり、強盗が入ってきたりして、数回目に諦めた。

 苦しんで死ぬことが多く、家からは出たほうが良いと判断した。

 俺だって、死ぬのは怖いし、痛い。


 俺は毎日考えた。

 なぜこんなことが起きているのか。

 

 もしも――もしも神様がいたとしたら。

 そして、俺の願いを叶えてくれたのだとしたら――それが原因ではないだろうか。


 二度目の死のとき、強く願ったことがある。

 工事現場から落ちてきた鉄骨が、俺と咲綾の体を潰した時。

 死ぬまでの時間は、トラックに轢かれるよりも長かった。

 だから明確に願ったのだ。


『神様、どうか、咲綾だけは助けてください』


 そして俺は四月十四日に戻った。

 もしかしたら、と考えた。

 俺は咲綾を助けられるチャンスを貰えたんじゃないのか、と。


 だから三回目の四月十四日は、咲綾を避けた。

 そして俺は、一人で死んだ。


 ここでいつもわからなくなる。

 咲綾は巻き込まずに死んだはずなのに。


 なのに――目が覚めた。

 四月十四日が繰り返されていた。


 咲綾の助け方が悪いのだろうか?

 それとも俺も、生き抜かねばならぬのだろうか?


 わからないことが多すぎた。


     ◇


 それから俺は何度、死んだだろうか。

 とにかく咲綾を避け続ける。

 咲綾を避けて、俺一人で死に続ける。


 避け続ける俺を、咲綾は疑問に思ったようだ。


「なんで、避けるの? なんで?」と咲綾。

「うるせえな、近づくなよ!」と俺。

「なんで、ひどいよ、奏太……」

「お前が後ろからついてくると、うっとおしいんだよ!」


 クラスメイトたちには、毎日毎日、嫌われた。

 たった一日で、たった数時間で、こんなにも人に嫌われることができるのかというくらいに軽蔑された。

 そりゃそうだ。

 学校一の美少女を俺が貶しているわけだ。

 人目を気にせず、クラスでいきなり罵倒すれば、そんなもの一瞬で人格を疑われるに決まっている。


 でも、俺に余裕はない。

 自分の死の痛み。

 咲綾が死ぬ姿を見せられる恐怖。

 そこから逃げるために、ただただ目をつむるように、俺は幼馴染のことを頭から消す。

 

 どうせ死ぬのなら、せめて最愛の人の死を見ることなく、終わりたい――それでも精神はおかしくなる。


 俺は咲綾を避け、貶し、涙を流してまで嫌うそぶりを見せる――咲綾も、日に日に、態度がおかしくなる。

 俺はその度に言葉を荒くして、咲綾を拒否した。


 それでも咲綾はやってくる。

 翌日も、翌日も、終わらない四月十四日で、咲綾は「なんで? わたしのこと、なんで嫌いになったの?」と尋ねてくる。


 そう。

 日に、日に――日に日に?


 今日も俺は死ぬところだった。

 死を感じながら、ぼうっと考えていた。

 そんな中。


「……あれ?」

 

 おそらく百回には達していないが、限りなくそれに近い死を体験した瞬間。

 俺は気が付いた。


 久しぶりにトラックに轢かれたからだろうか。

 青い空の中に咲綾の顔を見たからかもしれない。


 そうだ。

 なんで気が付かなかったのだろうか。


 毎日が繰り返され、死の恐怖に侵され、咲綾を避け続けることで気が付かなかった――なんで、どうして、咲綾の態度が日に日におかしくなるというのか。

 おかしいじゃないか。

 そんなわけがないじゃないか。

 咲綾の記憶だってリセットされるはずなんだ。


 なのに、咲綾は日に日に態度がおかしくなっていた。

 まるで俺と同じ時間を過ごしていたように――。


「まさか……」


 まさか。

 でも、それしか考えられない。


 まさか――咲綾も、同じ日を繰り返しているのか?


 俺は再び、死んだ。


     ◇


 四月十四日。

 俺は久しぶりに自分の意思を感じて、生きることに成功していた。


 ベッドから飛び起きて、咲綾に電話を掛ける。

 七時半。

 こんな時間に電話を掛けることは、普段はない。

 けれど、電話に出た咲綾は落ち着いていた。


「奏太」

『咲綾! お前――まさか、お前、まさか……!』


 言葉にならない感情。

 それでも最愛の幼馴染は俺の気持ちを悟ったらしい。

 

 その回答は、俺が想像する以上のものだった。


 なぜか俺は眩暈を感じていた。

 まるで、長い長い、眠りに入っていたかのようだった。

 こんなタイムリープは初めてだ。


 まるで水の中から話しかけられたかのように、咲綾の声が脳内で反響していた。


「奏太。わたし、わかったの。この繰り返しの終わらせ方――今日の放課後、屋上に来てくれる?」


     ◇


 屋上で咲綾と対峙する。

 随分と久しぶりだ。


 咲綾は暗い顔をしていた。

 いったいいつから繰り返しているのだろうか。

 俺はいつから咲綾の異変に気が付いていなかったのだろうか。

 それを確かめる術はなく、それを確かめるつもりもなかった。


 聞きたかったことは一つだけだ。


「咲綾、お前も一日を繰り返してたのか……? 四月十四日を繰り返してたのか……?」

「わたしはね、奏太。色々考えてた。奏太が毎日違う行動をとるから、奏太も同じ状況にあるんじゃないかって考えて――それで結論を出したの」

「結論?」


 なんだか咲綾は普通じゃなかった。

 なぜそうなのか、もはや俺には分からなかった。

 たった一日を繰り返しているだけなのに、俺と咲綾の間には何か別の物が存在していた。


 俺は時計を見た。

 まずい。そろそろ死ぬ可能性が高い時間に入る。

 このままだと咲綾は俺に巻き込まれて死んでしまう。


 咲綾はゆっくりと頷いた。

 それからそうっと俺に近づいてきた。


「うん。わたしたちはきっと、お互いに、願っちゃったんだよ」

「願った?」

「そう。きっとお互いのことを『助けたい』って願ったの。だからきっと、わたしたちはずっと四月十四日に囚われてる」


 まさか。

 そんな。

 そうすると、俺がやり直している一日は、まさか――。


「奏太。きっと、どっちが死んでも、一日は繰り返されちゃうんだと思う。わたしが死んだら、奏太が。奏太が死んだらわたしが、『助けてください』って願うから、一日が繰り返されちゃうんだよ」

「じゃあ、どうやって、この連鎖から抜け出せばいいんだよ……」

「大丈夫だよ、奏太。わたし、わかったから。もう“この展開”は、七十六回目だから。もう、わかるよ、奏太……今度はうまくやるよ……、今日はうまくやるよ……」

「は? お前、何を言って――」

「大丈夫。大丈夫、大丈夫だよ、奏太。今度こそ、うまく、刺してあげる。死なないように、今度こそ、刺して、あげるから――」

「……!?」


 咲綾の表情は、尋常じゃない。

 それでも俺は、咲綾を責めることができなかった。

 だって俺も同じような顔をしているだろから。


 咲綾はゆっくりと近づいてきた。

 俺は久しぶりに咲綾の髪の毛を肌で感じた。

 羽のような髪が、俺の鼻をくすぐる。


「ばいばい、奏太」


 耳元で咲綾がささやく。

 俺の腹部が熱くなる。

 下に視線を向ければ――俺の腹に包丁が刺さっていた。


「……どうして」

「これしかないから」


 俺は膝から崩れ落ちた。

 死ぬ――いや、これは何か違う。

 死とは何か違う感覚が、俺の身を包んだ。


 俺の耳元で、声がする。

 咲綾の、髪の毛が、俺の肌をくすぐる。

 頬が熱くなる。


「奏太。わたしは、何回も試したの。何十回も実験したの。それでわかった。どちらかは絶対に死ぬこと。そしてどちらかが必ず願ってしまうこと。なら、それを断ち切るにはどうすればいいか。どちらかが願わなければいいんだよ――もう、わかるよね」


 ――じゃあね、奏太。

 ――大好きだよ。


 いつの間にか、俺の後ろをついて回ってこなくなった幼馴染。

 いつの間にか、俺の横で笑うようになった幼馴染。


 彼女は、そうして、いつの間にか俺の先に一人で立ち――孤独な四月十四日を繰り返し試していたようだった。


「や、めろ……、咲綾……」


 咲綾は屋上から飛び降りようとしている。

 止めようとするが、足に力が入らない

 願おうともまだ彼女は死んでおらず、彼女は死んでない俺を助けることはできない。


 柵を超える咲綾の後姿を最後に――俺の意識は途切れた。

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