駅猫《えきねこ》
花染 メイ
駅猫《えきねこ》
学校からの帰り道。
初冬の空気が冷たく乾く日暮れ。
私が駅に到着した時、既にホームにいた白い先客が、ベンチの下でちょこんと座って空を見つめていた。
あ、猫だ。
その光景を見てすぐに出た私の感想は、すごくシンプルだった。
その他は「可愛いな。」くらい。
特に撫でたいなどとは思わなかった。
私がベンチに腰かけると、猫がほんの少しだけこちらを見る。
私は少しばかり気を遣い、この小さなお客さまから、若干距離をとった。
私のことは気にしないで。
あなたに危害は加えないので、安心して下さい。
そういう気持ちを込めて端に寄ったのに、相手の方からこちらへ近づいてきた。
……何故。
餌なんて、持っていない。
私は困惑しつつも、追い払うことはせずに受け入れる。何より、こんな可愛らしい存在に気に入ってもらえたことに対する、ちょっとした優越感もあった。
くぁ、と。
短くあくびをして、私の足元でくつろぎはじめる猫。
ぴったりくっついてくる訳ではなく、ほんのちょっとの間はあるものの、お互いの熱を感じる程度には近かった。
それ以降、あまり動かなくなった白いふわふわの毛のかたまり。
もしかして、私で暖をとっているのでは?
最終的に、そんな結論に至った。
私は鞄から文庫本を取り出して開くと、無言のまま読み始める。
足元の猫がパタリ、パタリと尻尾を揺らした。
ここは小さな田舎の駅。
周辺エリアの学校の下校ラッシュも過ぎた今、この時間の利用客はほとんどいない。
辺りはとても静かで、聴こえてくるのは、どれも微かな音ばかりだった。
本のページを捲る音。
時々、近くの通りを自転車が通りすぎる音。
風の音。揺られる草木のざわめきも、耳に心地よい。
白い息を漏らしつつ、文章を目で追いかけた。
猫は時折、目をそばめたり、耳の裏を前足で掻くような動作はしていたものの、やはり私の傍から離れようとはしない。
やがて電車がやって来て、私は立ち上がる。
すると、猫も着いてきた。
驚いていると、相手はちらりと私の顔を見やった後、平然とした様子で前を向いた。
『間もなく準急○○行きの電車が参ります。△△まで各駅に止まります。安全のため黄色い点字ブロックの後ろまでお下がりください。間もなく電車が参ります。』
注意喚起のアナウンスが響く。
まさか線路に降りたりしないよね、などと、ヒヤヒヤしているうちに電車が来た。
プシューっと、やけに大きな音をたてて電車の扉が開き、暖房がよく効いた車内の空気がこちらへ吐き出された。
ここで降りるらしい駅員さんが出てきて、運転士さんが「右よし、左よし。」と、指差し確認を始める。
猫はまだ隣にいる。
どうしよう。
そう思っていると、安全確認を終えた運転士さんが、私の足元にいる猫に気づいた。
「一緒に乗りますか?」
冗談めかした口調でそう言って、彼は笑った。
「うちの子じゃないんです。」
私は困って首を横に振る。
誰かが、私の隣に立った。
見れば、さっき電車から降りた駅員さんがいつの間にかやって来ていて、私の横の猫をひょいと抱き上げる。
白猫はだらりと足を垂らし、されるがままになっていた。
「ここでお別れしようね。」
駅員さんの腕の中に抱かれた猫はとても大人しくしている。
私は安心した。
電車の暖房には敵わないかもしれないけれど、どうやら私の電車待ち仲間は新しい熱源を見つけたらしい。
電車に乗ってから、駅員さんに頭を下げる。
またアナウンスが流れて、扉が閉まった。
電車が発車する際、動き始めた車内で、ふと後ろを振り向く。すると、駅員さんが先程の猫の手を取り、少しの間こちらに振っていた。
思わず笑みが溢れる。
小さく手を振り返すと、私はまた正面に向き直った。
あったかいなぁ。
誰もいない車両の中。
ガタゴトと電車に揺られながら、私は微笑む。
なんだか少しだけ、満たされた気分だった。
駅猫《えきねこ》 花染 メイ @6i0to38re
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