第66話【いやぁ……盲点でした】
卯月を
俺は卯月を伴って、大学近くの喫茶店へと赴いた。
以前清水に相談する際に使った陽キャ向けの喫茶ではなく、そこから少し離れた所にある万人受けするチェーン店で、老若男女問わず客層はバラけていた。
昼食時ってのもありそこそこ混んでいる。この喫茶はSNSで“逆見本詐欺”としても有名だしな。食事処として利用している人も多いんだろう。
「いらっしゃいませ。お2人様でしょうか?」
「あー……先に来てる人と合流するんで」
「かしこまりました」
入口の鈴が鳴った途端、颯爽とやってきたバイトと思しき若い男性店員に告げると、店員は厨房の奥へと消えていった。
「センパイ、文香さんいらっしゃいましたよ。あの角の席」
店内を見渡し探していると、卯月が先に見つけたようだ。促された方を見ると、あちらさんも俺たちに気付いたようで、背が低い男子と共に座っている女性。昨日グループにチャットを投下した4回生の
「麻衣ちゃん……それに桃真君も3日ぶりー。待ち合わせ時間ぴったりだよ」
「文香先輩こんちにちは。…………と」
五十嵐先輩に挨拶を返した卯月の視線が、五十嵐先輩の隣に座っている男子。同じく4回生で文芸部副会長の1人、野村
昨夜、
「野村さんも来てたんすね」
「全く関係ないわけじゃないからな。オレからすれば桃真、お前の方が何でいるんだ? って感じだけど」
「まぁ俺は暇だったからってだけっすよ」
「2人ともハイ、メニューね。私たちは先に頼んでるし、せっかくならここでお昼ご飯食べてこ」
俺たちも並ん腰を掛けると、五十嵐さんがメニュー表を渡してくれた。卯月との中間地点に広げて2人で同時に見る。
メニューは大して他の喫茶と変わらない。豊富でもなければ創作系メニューが多いわけでもない。大体がトーストやサンドイッチといったパン主体のモノで、申し訳程度にナポリタンやドリアなんかの軽食がある。
せっかくなんだしコーヒーは頼むとして……。
「俺はブレンドコーヒーと、このソフトクリーム乗せデニッシュ。卯月は?」
「そうですねー。ウインナーコーヒーと……サクッと食べられる卵サンドにしようかなと」
「…………サクッとね」
メニュー表に載せられた卵サンドの宣材写真を見て決めたんだろうな。
彼女が決めたことに異を唱えるつもりなどサラサラない俺は、ただ優しく笑った。
**********
案の定、卯月は店員が運んできたボリュームたっぷりの卵サンドに「君、写真と違わない?」現象を喰らわされた。
顔を引きつらせて笑う後輩に俺を含めた上級生3人で、厳しいなら言えよと助け船を出しておく。
「それじゃ忘れないうちに先に渡しておくね。この鍵、麻衣ちゃんのモノであってる?」
と、言って五十嵐さんがバッグから、昨夜グルチャにも載せられた鍵をテーブルに置いた。
持ち手のカバーが赤色のソレは間違いなく、俺や卯月が借りている学生マンションで使われている部屋鍵だ。キーホルダーやネームプレートなどは一切付けられていないが間違いない。
「あの……この鍵どこに――――」
「車の中だ」
答えたのは五十嵐さんの隣でミックスジュースを飲んでいた野村さん。
感情の起伏に乏しい端的な言葉。されどそれだけで卯月は得心いったのか目を更にした。そして俺も数秒遅れて合点がいく。
あの文芸部で天体観測に行った日。卯月も野村さんが運転する車に乗っていたんだっけ。最初の
というか俺も卯月も焦っていたが、物失くしたらまず他の誰かの荷物に紛れてないか確認を取るべきだったのだ。
「お2人共、ありがとうございました」
「ちゃんと持ち主が見つかってくれて良かったよ。ね、桔平君」
「そうだな……」
うんうん。これにて一件落着。
一時はどうなるかと思ったけど、
帰ったらここ2、3日で卯月が使った物を運ぶの手伝わないとなぁ……。
などと俺の頭は既に今後のことについての思考を巡らせていた。
「ところで、その鍵って何の鍵なの?」
故に鍵を見つけてくれた2人が問うて然るべき事について、何も対策を講じていなかった。
純粋な疑問として問うてくる五十嵐さんに、言葉にこそしないが内心興味があるであろう視線を投げてくる野村さん。
誤魔化すか白状すべきか……。
2人でアイコンタクト取る。最悪なのは俺と卯月が同時に口を開くこと。妙に誤魔化そうとしてる感が強くなり結局白状する羽目になる。
片方が説明してもう片方が話を合わせるのがマスト。あとは“どっち”が“どういう体”で話すか……。
「——————決まりだな、文香」
「そうだね。アハハ……まさか本当に家の鍵だなんて」
…………え。
「————————はあ!?」
「————————え!?」
唐突に先輩2人に真実を言い当てられ、俺と卯月が同時に驚きの声を上げた。
ハッとした時には、他の客たちが一瞬こちらを見ていた。すみません、と小さく頭を下げてから4回生の2人に向き直る。
「どうして分かったんですか?」
「どうしても何もねーよ」
俺の問いに野村さんが淡々とさも当然のように呆れ交じりに答えてくれる。
「出かけるのに持ってく鍵なんて家か
「それはごもっとも……」
「オマケに桔平君の言葉に付けたすなら、麻衣ちゃんが自分
……………………完璧だ。
野村さんと五十嵐さんは、まるで俺と卯月の行動から思考をなぞる様に俺たちの胸中を暴いた。その鮮やかさたるや、さながら推理モノの事件解決パートのよう。
白状すると俺は今まで目の前の2人……否。ここにいない3回生の女子3人にすら年上の人という感覚がなかった。
それはこの5人が特別幼稚だからってわけではなく大学生全体に対して言えること。
大学では高校までと異なり、ほとんどの講義を学年という隔てなく受講することができる。オマケに服装は自由でセーラー服のリボンや体操服のラインの色のように、各学年を判別できる材料もない。さすがに卯月のような入学したての学生は佇まいである程度分かるがな……。
同年代であって、同い年ではないフランクな関係を築いていた2人に対して、俺は今初めて明確な年上だと認識を持った。
人の心を察するという点において見聞の広さ、推測の深さが違った。
「だからってオレも文香もとやかく言うつもりはない」
「もちろん他の
「……まぁこれからは貴重品の扱いには気を付けろって忠告。あんまり説教臭いのは嫌いだが、最低限のルールや決まりは守らないと後々苦労するから。もちろん桃真も」
「は、はいっ!」
再び俺と卯月の声が重なる。
そうだよな。月並みだが「大学生として――」「成人したんだから――」、貴重品の管理なんかは徹底することを心掛けないと。
腹の辺りがキュッと力が入る。
しかしこの件に関しては今日はここまで。
それから俺たちは少しここ2日程の生活について深掘られながらも、4人で楽しく昼食に耽る……はずだった。
「ところで……どうして桔平先輩の車にあった鍵を、文香さんが見つけたんですか?」
ピキッ。
そんな擬音が聴こえなそうなほど、同時に硬直する正面の2人。文香さんに至っては額に汗をかいていた。
「私、4回生の先輩方のことも色々お聞きしたいです」
転んでもただでは起きない。
観察力や推測の深さに年の功はそんなに左右されない思い知らされた。
**********
「ふぅ……センパイには本当にご迷惑をお掛けしちゃいましたね」
野村さんたちと解散したあとの帰路。
タハハ……と気まずそうに笑いながら、卯月はここ数日で何度も聞いた文句を口にした。
「別に迷惑だなんて思ってねーよ。むしろ色々家事やってくれて助かった」
「それでも色々買ってもらいましたし……」
「言っただろ。アレは卒業祝いとか合格祝いとか諸々だと思ってくれって」
事実、卯月と時間を共にした数日間は悪くなかった。
きっと俺1人なら天体観測に行ったことに満足して、残りの休みを自堕落に消費するだけだったろうに。
同じ歩調で隣を歩く卯月を横目で盗み見る。
髪型も髪色も、纏う雰囲気さえ1年前とは異なる少女。いや、高校を卒業した彼女に向かって少女と言うのは失礼なのか……。
そんな思考を弄ぶが結局俺が今思い、言いたいことは1つ。
「俺は楽しかったぞ。お前と一緒にいたこの数日」
「————っ!」
見なくても、卯月が俺の方を向いたのがわかる。
俺は……うん。そこそこ恥ずいこと言ってる自覚あるので、目を合わせられません。
ただそれでも察しの良い卯月なら、「お前はどうっだった?」という言外の問いに気付いてくれるだろう。
その信頼に彼女はしっかりと応えてくれる。
「私も……私もセンパイとの同棲とっても楽しかったです!」
「同棲じゃねーよ!? 居候、100歩譲ってシェアルームだ!」
「もうっ、そんなに照れなくていーのにー」
「照れてない!」
家に着くまでダル絡みを続けた卯月だが、暗い顔でシュンとされるよりはマシか。
そんな風に思ったGW最後の休みだった。
【5歩目:了】
**********
【蛇足】
いつものことながら章の終わりの区切りとして、近況報告ノートにて“5章”のあとがきを掲載しております。
今章を書き切った所感やら、ここは頑張った! みたいなことを120%自己満で書いてますが、良ければ覗いていただければ!
https://kakuyomu.jp/users/YAYAIMARU8810/news/16817330667276085745
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ
非常に励みになります!
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