第65話【中途半端に酔ってる時が1番辛い】


 頭がボーっとする。

 ゆっくりと頭だけを動かして時計を見ると、時刻は既に日を跨いでいた。

 視界の端では卯月が空になった皿や缶をシンクへと運ぶべく、リビングとキッチンを何度も往復している。

 俺も手伝わなければ……。


「片付けは私がするので、センパイは座っててください」

「い……いや、片付けお前だけに任せるわけには……」

「っと、そんなフラフラの状態で出来るわけないじゃないですか」


 立ち上がろうとしたところで、バランスを崩してしまった。しかし卯月が支えてくれたことでなんとか転ぶ事態にはならず。

 これは何も言えない……。

 卯月には悪いがここは任せて大人しくしておくしかないようだ。 


「洗い物は朝まとめてやるから放っておいてくれ」

「りょーかいです」


 幸いなのはこの前飲んだ時とは異なり、まだ思考がはっきりしていること。

 居酒屋だと他の連中とまとめてお代わりのオーダーしようとするから、飲むペースちょっと早くなるんだよな。

 一方今日飲んだのは350ミリ缶2本。それも卯月と話込んだこともあって2時間近くかけての完飲なので、かなりスロースペースで飲んでいた。

 酔ってはいるがこの前みたいに卯月に迷惑をかけるようなことはしないはず。


「お水持ってきたんですけど飲めます?」

「おう、ありがとな」

「私先に歯磨いてくるので、ゆっくりしててください。ちゃんと全部飲まないと駄目ですからね」

「わーってるよ」


 酔っているのか眠いのか。あるいはそのどちらもなのだろうが、どうも活舌もちょっと怪しくなってる。

 洗面所へと消えてく卯月から視線を小テーブルに置かれた水入りグラスへと落とす。酒を飲んだ後は同じ量の水を飲めというが多いな……。

 小さい缶2本分……700ミリリットルって結構な量だ。運動後とかならまだしも、酒でチャポチャポになった腹には余計に辛い。

 猫や犬が水飲み皿で舌を付けるイメージで、おずおずと唇を湿らせる。先ほどまでキンキンに冷えていた酒を飲んでいたせいか、生ぬるい水は、思いの外すんなりと喉を通ってくれた。


「あ、お水飲めました? 偉いですねー」

「撫でるのめろ。子どもじゃあるまいし」

「フフッ、動きにいつもの切れがないですよ。お眠ですかぁ?」

「明日覚えとけよ……」


 しっかり覚えたからな。

 子どもにするように俺の頭を撫でる卯月の手を払いのけようとするが、俺が払う前に卯月は手を1度引っ込め、再度撫でてくる。モグラ叩きのモグラに弄ばれる気分だ。

 この屈辱……明日晴らしてくれよ、俺。

 


 **********



 一通り俺を弄って満足した卯月に手を貸してもらい洗面所へ。歯磨きをしてコンタクトを外し、と寝る支度を済ませる。さすがにトイレは気合で1人で行ったが。

 リビングに戻った俺は直ぐには横にならずにベッドに腰掛け、そのままゆっくりと後ろに身体を倒す。ベッドに吸い込まれていくように重力に引っ張られた俺の身体は、完全に床と並行にならず、ゴンッという鈍い音共に途中で後頭部をぶつけて停止した。

 

「センパイ、その態勢明らか身体に悪いと思うんですけど……。主に首が」

「ああぁ……気にしないでくれ」


 ほぼ寝転がっている身体に対して、壁に当たってアンバランスに立てられた頭。絶対習慣化させちゃヤバイ状態なんだが、意外とコレが楽なんだよ。

 酒で酔うと頭がクラクラするのは当然のことながら、飲んだ酒が口と喉の上の辺りを行ったり来たりしてるようで、寝転がると吐き出しそうで気持ち悪くなる。飲んだ酒吐き出す物がある分、乗り物酔いとかより嘔吐感は上だろう。

 こんな時は落ち着くまで無理に寝るような事は避けた方が良い気がする。というより、今動くと出る……。

 さすがに卯月後輩の前でリバースは俺の尊厳が無くなってしまう。それだけは何が何でも阻止せねば!


「悪いけど電気消してくれ……っ、ないか」

「わかりました。ホントに大丈夫です?」

「平気平気」


 心配してくれる卯月に手を挙げて、大丈夫だと伝える。事実今は酔いより水の飲み過ぎで吐きそうってだけだ。

 卯月が電気を消すと部屋一帯が真っ暗になった。今日は雲が出ているらしく、月明りは乏しい。吐きそうな顔が暗闇に隠れるのでありがたいな。

 微かに聞こえる衣擦れ音から彼女が布団に入ったのを察する。直ぐには寝ないだろうが、生憎今の俺に彼女との話す余裕は残ってそうにない。

 

 しかしながら、雑談以外……否が応でも話さざるを得ない話題もある。

 例えば――――。


 ピロンッ!


 とスマホから着信音が響く。

 それも俺と卯月のスマホが同時に。

 この着信音は日本で最も有名と言っても過言ではない、緑色のアイコンが特徴的なチャットアプリのモノ。

 そして俺と卯月の両方が鳴るということは十中八九、俺たち両名が参加しているグループチャットへのメッセージ。

 

 俺が内容を確認しようと緩慢な動作でスマホを手に取る前に、モゾモゾと卯月の影が動いた。

 

「――――――――え?」


 メッセージ内容を確認したと思しき、卯月の口から間の抜けた声が漏れる。

 それが彼女の理解が追いついていないことだというのは察せた。遅ればせながら俺も自分のスマホの点ける。

 待ち受け画面には予想通り、チャットアプリからの通知バーが2本重なっている。

 タップして内容を確認。送り主は4回生の五十嵐いがらし文香ふみかさんで、どちらも文芸部のグループへのチャットだ。

 

『――――画像を送信しました』

 

 という画像を貼った時特有の定型文に気になりながら、アプリを開く。


「これは…………」


 そこには『誰かの落とし物?』というメッセージが添えられた、見覚えのある鍵の写真があった。



  **********



【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

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