第33話【私はズルい人間です】
新入部員歓迎会……といっても、現時点で文芸部に入部したのは私“卯月麻衣”だけだから、実質私のためにセンパイたちが連れて行って下さったご飯を終え、歓迎会は現地での解散となった。
うーん……。
自分で言ったモノの、私のための歓迎会っていうのは少し驕りが過ぎるかな。
でも事実だし、建前だったとしても他の先輩方も言ってくれたことだから、そう受け取っておこう。
ううん。私はもう1度考えを改める。
きっとあの人たちは本心で私を歓迎してくれている。
3年の藤崎梨乃さんと柊萌黄さんも見た目が陽キャっぽいけど、話してみると凄く気遣ってくれて根の優しい人たちだと直ぐにわかった。
なにより“あの”センパイと仲の良い人たちだもん。悪い人たちなわけがない。
「それじゃ、アタシこっちだから」
「あ、そうなんですか。えっと……赤ば――」
「紅葉で良いよ。他の子たち名前なのにアタシだけ苗字呼びとか変でしょ」
と、帰る方向が同じだった3人目の3回生の先輩。赤羽根紅葉さんの言葉によって私の意識は現実に引き戻された。
紅葉さんは昔の……違う。今も心の奥にある私に似た人な気がする。
ダウナー系? ちょっと近寄り難い雰囲気を纏ってる。
でも私に合わせなくていい歩幅を合わせてくれたりするし、やっぱりこの人も優しい人なんだろう。
「ありがとうございます。紅葉さん」
「敬語もなくていいけど……
「あははは……気付いた時にはこんな口調だったんですよね」
「まっ、礼儀正しいことは良いんじゃない」
ちょっと粗野な口調は“気を置かなくていい”というサイン。
高校の時にそんなことをセンパイが教えてくれた。
「新歓なのにほとんど話せてないのはどうなのよ……って話だけど。私、講義ない時はほぼ部室にいるから。上手く話せないかもだけど、これからよろしく」
「は、はい! 私こそお願いします紅葉さん」
そう言った紅葉さんは、私から外した視線をお店を出た時からずっと黙っているセンパイへと向ける。
センパイが住んでいるのも私と同じ学生マンションなんだから、一緒に帰っているのは当然のことで。
強いて言うと、チューハイとカクテル……他の先輩方曰く「うっすい!」お酒を3杯でセンパイはベロベロになってしまっていたから、タクシーを使うか迷った。
でもセンパイのお酒の弱さを知っていた清水葵さんが、お店の前で黙りこくっていたセンパイの肩を叩いて「桃真、歩いて帰れるだろ?」というと、センパイはコクリと深く頷いたので、私と紅葉さんが途中まで付き添う形で徒歩で帰っている。
「アナタたちの家までもうすぐだけど気を付けなよ。桃真は……この調子なら変なことにはならないか」
「…………」
今、センパイは私と紅葉さんに両側から手を退かれる形で歩いている。
大人の男の人だと感じさせる、私より一回り大きく固い手はお酒……あるいは眠たいのか熱い。
帰路がわかれる紅葉さんがスルリとセンパイと握っていた手を離す。それは何でもない光景のはずなのに、私は疑問に思ってしまった。
センパイ、手に力入れてない?
あまりに簡単に紅葉さんは手を離したけど、私は自分の左手を握るセンパイの手をあんな簡単に外せる気がしない。
葵さんの言った通り、センパイは酔ってしまうと借りて来た猫のように大人しくなっていた。私たちの声は聞こえているようで、簡単なお話ならしてくれるけど、どこか上の空。
それに凄く聞き訳が良くなった様は、普段の斜に構えたセンパイと打って変わって幼い。というか可愛い。
「帰ったらさっさと寝なよ」
「…………ん」
最後にセンパイにそう言い聞かせた紅葉さんは「じゃ」と、私たちとは別の道へと歩き出し、夜の闇の中に消えていった。
**********
「桃真、卯月ちゃんが可愛いからって送り狼になっちゃ駄目だよ」
マンションへ到着し階段を上っている時、ふと焼肉店の前で葵さんがセンパイに言った言葉を思い出した。
送り狼……夜道は危険だからというのを建前に、下心で女の人を家まで送り届ける人って意味だけど。
今のセンパイって、どちらかという“送られてる側”だよね?
じゃあ送られ狼? それも違う気がする。
敢えて言うなら――。
「送られ猫? ってところでしょうか」
まぁ何でもいいや。
「センパイ、着きましたよ」
「んー……」
「ちょっと待ってくださいね。センパイのお家の鍵は……っと」
私はいつも使っているお気に入りのショルダーバッグから、センパイの部屋の鍵を取り出す。
お店を出る前に先輩方と話し、予めセンパイの鞄から拝借していたものだ。
こっくりこっくり船を漕ぎ始めたセンパイの手を片手で握り、空いている方で鍵を挿入。
ガチャンッと、開錠の音が響く。
「ささセンパイ。自分のお家なんですから先に入ってください。あ! ちゃんと靴は脱いで」
手を引いてあげている時は気付かなかったけど、センパイの足取りは心許なかった。千鳥足……じゃないんだけど、踏ん張りが聞いてない様子。
慌てて後ろからセンパイの身体を支える。
センパイと付き合ったらこんな風に触れ合えるのかなぁ。
なんて考えが脳裏を過ぎる。
ダメダメ。私が下心もってどうする!
「鞄と上着かけておくので、センパイは手洗ってください。あとでお水持って行きますから」
「わ……った」
ちょっと途切れたけど、センパイは私の言ったことを聞いて洗面台へと向かう。
私はセンパイから預かった上着と鞄を預かってリビングへ……。
今のすっごく付き合ってるぽくなかった!?
ともすれば新婚みたいなやりとりだったよね!
「って違う違う」
気を抜いてしまうとすぐに浮ついた妄想をしてしまう。
スーハー……。
一瞬だけ瞳を閉じて深呼吸。
それから左手の親指の腹で鳩尾をグッ、グッ、と3回押す。中学生の時に何とはなしに始めた落ち着くためのルーティンだ。
よし、大丈夫。
心を落ち着かせ、思考は客観的を重視して。
気持ち目を細めたのは、まだ陰気なだけの私のイメージ。
「う……づき?」
「あ、センパイ。ちゃんと手洗えました?」
洗面台から顔を出したセンパイに、キッチンで組んできた水の入ったグラスを手渡す。
小さな子どものように両手でグラスを受け取ったセンパイは、緩慢な動きでグラスの中身を干した。
「おトイレいってから寝ましょうか。センパイ、ずっと行ってませんよね」
「……うん」
「ゆっくりで大丈夫ですよ。ただ眠たくても俯いちゃダメですよ」
お腹いっぱいの上に酔っていると、頭を下げているだけでも吐き気を催す時があるんだとか。高校の時にしていたバイト先で教えてもらったことだ。
あまりに苦しいなら吐かすこともできるし、吐瀉物の片付けもできる。でもせっかくみんなで楽しく食べたモノをもどすのは、あとからいい気はしないとも聞いた。
再度センパイから離れた私は、雑貨用品を仕舞っている棚から、メモ用紙とペンを拝借。
私が帰ったあと、酔っぱらってるセンパイが戸締りして床に就けるか不安なので、鍵を預かって外から施錠しておく旨を書いておく。もちろん明日鍵を返すこともしっかり記している。
ほどなくしておトイレから戻ってきたセンパイは、もう1人では歩けないほど眠そうだった。
「この服なら大した皺にもなりませんし、そのまま寝ちゃってください」
「…………」
既に意識は九分九厘夢の中。
返事をするのも億劫みたいだった。
きっといつでもすぐに眠れるだろう。だけどセンパイはなおも完全には閉じることなく、細められた
きっとセンパイのことを思うなら「寝ないとダメですよ」と言って、瞳を閉ざしてあげるのが正解。
だけどできなかった。
気を緩めたセンパイを初めて見たからなのかな。
今、センパイには私だけが映っていると思うと、身体中に熱が籠って自由に動けなくて。もう少しだけ良いよね? って煩悩が湧いてしまう。
顔にかかった黒髪を払ってあげると、センパイは猫を彷彿とさせる身じろぎをすると……小さく口を開け、
「――――ありがとな」
……………………っ。
その言の葉が私の理性を絆し、必死に我慢してきた心中の想いを溢れさせる。
「センパイッ」
ダメッ! となけなしの理性が叫ぶ。でも止まらない。止まれない。
ずっと我慢してた。
高1の時に好きになって、高2の最後に告白して――――フラれて。
さらに1年。今度はセンパイに相応しい女性になるために努力して……やっと
、やっとセンパイが私を見てくれるようになったんだ。
私はセンパイに誠実でありたい。センパイが私にそう接してくれたように。
だからセンパイが答えを出すまで待ちますっていった。
でも! でも、でもでもでもでもでも――――――――。
私にだって限界がある。
お酒が入ると思考力が鈍くなって、本音が出ちゃうんだよね?
「センパイは私のこと……嫌い、ですか……?」
あぁ……私ってズルいなぁ。
センパイの口から真正面からの答えを聞きたくて、でも怖くて。好きかどうかを聞くのは不誠実だなんだと言い訳をこねくり回した末、“嫌いかどうか”と問うてしまう。
つくづく自分が嫌になる。
それでも知りたいという、醜い感情を抑えられない。
「俺は……卯月のこと――――――――――」
その日、自分の家に帰った私が鏡を見ると、お酒で酔ったセンパイ以上に顔が赤くなっていた。
【3歩目:了】
**********
【蛇足】
本エピソードの投稿と同時刻(9月1日20時ごろ)に、近況報告ノートにて“3章”のあとがきを掲載しております。
本章は5人ほど新キャラが連続で登場させてしまったので、彼ら彼女らの簡単な紹介など、軽いネタバレ含みつつの、ここまでのエピソードを書いた所感やら感想、今後について軽く載せてありますので、お時間よろしければご一読頂ければ幸いです。
https://kakuyomu.jp/users/YAYAIMARU8810/news/16817330662980431383
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ
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