4歩目 ドライブに行きましょ、センパイ

第34話【追憶:2人乗り】


 中間、期末、そして学年末考査。

 うちの高校は3学期制なので、年間の定期考査は計5回である。

 しかし1年生だけはこれらにプラス1回、とあるテストを受けなければならない。


 ――――学力調査テスト。


 5月半ばに行われるそのテストは、範囲が入学後からの約1ヶ月分という超狭い反面、成績には加味されず、その上6月には中間考査が待ち構えているため大半の生徒が手を抜く。

 少なくとも高1去年の俺の周りには、このテストに向けて必死に勉強してたクラスメイトはいなかったな。

 かくいう俺自身も高校のテストの要領など分からなかったのに加え、“首席で入学してるんでー”なんて今思い返すと死にたくなるようなキモイ自負もあり、ロクにテスト勉強せず臨んだのを覚えている。


 その時の順位はまぁ中の上くらい。

 テスト勉強せずノー勉ならこんなもんだろ。つーか成績入んないのに誰がコレに向けてテスト勉強すんだ? 真面目かよ、とか考えてた。


 まぁ……現在俺の隣にはその“真面目”な奴がいるんだが。


 5月の大型連休、ゴールデンウィークGWへ突入し早2日。

 内容こそ異なれど、俺は後輩の女子と教材を並べ勉強に励んでいた。

 つい1ヶ月ほど前から始まり、ようやく馴染み始めた新たな日常。いつも違う点は場所と時間だろうか。

 普段なら放課後に学校の図書室で行っていた勉強会だが、今俺と卯月さんがいるのは高校の隣町にある市立図書館。時間はそろそろ正午を回ろうかというくらいだった。


「先輩。そろそろ」

「そうだな。切り上げようか」


 後輩の声に応え頭を上げると、卯月さんは既に俺から視線を外して教材をバッグに片付け始めている。

 待たせるのも悪いので、俺もそそくさと問題集を閉じ、ノートの上に散乱している消しゴムのカスを一カ所に纏めてティッシュにくるんだ。



 **********



「次の勉強会はGW明けで良いんだよな?」

「はい、来週の水曜の放課後でよろしくお願いします」

「りょーかい。まぁ、先生も言ってるだろうけど、今回は成績に入んないし根詰めぎないようにな」


 今回俺たちが利用した市立図書館は文化会館との複合施設で、外に出るまで短くない廊下を歩かなければならない。

 最近、卯月さんは“沈黙に抵抗感がない”ということが勉強会の中で判明したのだが、ソレはソレ。無駄に話す必要はないが予定の確認くらいはする。 


「今さらですけど今日はありがとうございました」

「お礼なんて良いよ。場所が違うだけで、やってることはいつもと変わんないんだし」

「でも今日の勉強は成績に入らないテスト勉強ですので。改めてお礼を言っておくべきかと」

「ん? あぁ……いや、そんなことで一々お礼言う必要なんてないない。俺、そんなシビアな人間じゃないからね?」


 学力調査テストは成績に反映されない……故に、推薦入試には関係ない。

 俺と卯月さんが交わした約束は“推薦枠を取るための勉強を見る”ということで、厳密には今日の勉強会は管轄外であるが――。

 まさかこの子、そんな細かいことでお礼を言ったのか?

 真面目が過ぎる……というか、コレはもはや不器用の類なのでは?


「卯月さん的に、今回のテストも真面目に取り組まなくちゃって思ったんならそれで良いじゃん。真面目で良いことはあっても、悪い事なんてそうそうないんだからさ」


 などと軽い言葉を適当に吐いて勝手に結論付けてやる。

 ドライな性格に見えてその実心配性。これも最近卯月さんについて知ったことだ。

 それに何もハッタリってわけでもない。

 正直者は馬鹿を見るなんて言葉があるが、馬鹿を見ている善人正直者を見るのは気持ちの良いモノではないからな。

 

「そういえば気になってたんだけど……」


 と、話題を変えるついでに今日卯月さんと会ってからずっと気になっていたことを問うてみた。


「卯月さん、なんで制服?」


 指摘された卯月さんが自らの服装に視線を落とす。

 彼女が身に纏っているのは、普段から見る薄い紺色が混じったセーラー服。リボンに一切の皺もヨレもなく、スカートは膝小僧が完全に隠れている今時珍しい超真面目スタイル。

 何ともなってないリボンの結びと袖を直した卯月さんが、再び俺と目を合わせる。  

 何か変ですか? という言外の問いが込められた瞳。

 変ではないんだけどなんというか……。

 

「図書館で勉強するならもっとラフな格好でも良かったんじゃないと思ってさ。……セーラー服って暑そうだし」


 言い終わってから、自分が卯月さんの私服が見たいとも言える言葉を吐いていたことに気付き、慌てて言葉を付け加える。

 いやマジで下心なく純粋な興味心で聞いただけ。

 幸いにも卯月さんは俺の胸中の焦りを察した様子もなく、感情の起伏を感じさせない声色で一言。


「これしかないので」

「そ、そうか……」


 色々気にはなるが、あまり詮索しない方が良さそうだ。


「私としては先輩の方が暑そうなモノを着ているように見えます」

「え、そう?」

「はい。もう5月なのにそのジャケットは見てるだけで汗掻きそうです」


 先刻とは打って変わって、今度は俺が自分の服装を見返す番だった。

 俺が着ているのはジーンズに上は無地の半袖Tシャツというラフな格好だが、ただ1点。卯月さんが言ったように黒の革ジャンを着ている。

 

 ふむ……たしかに重く厚みがあり、なおかつ光を吸収する黒の革ジャンが暑くないと言えば嘘になる。これでも薄手のタイプを選んでるが、それ以前に天気が良く初夏の到来を感じさせる今日この頃において、生地の厚みなど些事に過ぎない。 

 しかし俺も好きで革ジャンを着てるのではなく、理由があるのだ。

 

「俺は今日、“コレ”だからさ」

「鍵……ですか?」


 ジーンズのポケットから取り出した、お気に入りのキーホルダー付きの鍵を卯月さんに見せる。

 少し訝しむような……いや、見せられた鍵と革ジャンの関係性が見えない、もどかしさから後輩の声色は低い。

 まぁ高1なら無理もないな。


「俺、バイクで来たんだよ。だから露出しないように着て来たって訳」

「あー……なるほ……ど?」


 卯月さんの返事は理解した、という意味の割に歯切れが悪い。

 

「バイクって、先輩……免許持ってるんですか? というか高校生で取れるんですか?」

「車は18からだけど、バイクなら16から取れるよ」


 彼女の喉につっかえていた疑問モノはこれだったか。

 考えてみれば当然の疑問である。

 車ならまだしも、バイクって縁のない人なら大人でも知らないだろうし。

 学生でも登下校に使うのに取るのは原動機付自転車原付だからな。それに、そもそも原付で登校する奴自体が少ない。

 

 小中学校は地元なので徒歩か自転車。高校なら大半が電車からの徒歩が大多数の登校手段だ。

 例外は家が駅から遠く、原付で直接高校に向かった方が早いっていうレアケースくらいだろう。おそらく全学年で10人いるかどうかくらい。

 しかし俺の顔を真っすぐに見据える卯月さんの青み掛かった瞳は、そんなルール的な意味のみを求めているような様子ではなかった。

 その言外の圧の理由も想像に難くない。

 

 卯月さんとの勉強会を始めてまだ1ヶ月ほどしか経ってないが、放課後に行う以上、一緒に帰ることも何度かあった。

 乗る方向こそ逆だが、俺も卯月さんも電車通学。

 つまり俺が電車通学する必要性、あるいはバイクの免許を取る理由が見えていない。

 いや別にコレも隠す理由なんてないけど。


「ウチの手伝いするのに必要だからって、親に言われて去年取ったんだよ。だからほら、乗ってるのはウチに元からあった中古」


 気づけば俺たちは既に図書館の外。

 駐輪場に置いてある、凝ったカラーリングがされている訳でもなければ、コテコテのカスタムが施されてもいない、銀色と黒の地味なバイクを撫でて卯月さんに紹介する。

 ぶっちゃけた話、俺はバイクが滅茶苦茶好きって訳ではない。便利だし乗るのは好きだけど、その程度ってこと。

 故に特に話せることなどなく、俺と卯月さんの間に妙な静寂が舞い降りた。

 が、そんなことは彼女にとってはどうでも良さそうだった。

 

「…………」


 俺の話なんてまるで聞いちゃいない。

 彼女の視線……否。それだけにあらず意識すらも、俺のバイクに注がれていた。


「乗ってみる?」

「…………っ?」

「いや、すっげぇ興味津々そうだったから」


 バイクから俺へとスライドされた彼女の双眸は、いつもと変わらず。感情の起伏を感じさせない冷めた、物事に興味を示さないような淡々としている。

 だけどなんだろう。

 いつもより気持ち細い目が開いている? 

 そんな気がした。


「もちろん無理強いはしないよ。卯月さんスカートだし」

「…………」

「でも卯月さん今日も電車だろ? こっから駅まで距離あるし俺だけ“じゃっ”つって帰るのも気が引けるというか……」

「…………」


 やはり俺の勘違いだったのだろうか。

 最近少し彼女と打ち解けて来たから……なんて思い違いはしてないが、人を誘うなんて慣れないことはすもんじゃないな。

 そう結論付けて、俺が「今の忘れて」と言おうとした時、


「良いんですか?」

「――――っ」


 ないと勝手に決めつけていた、卯月さんからの応えがあった。


「あ、あぁ。良いも悪いも俺から誘ったことだしさ」

「そう……ですか。…………でしたらお願いします」

「もちろん」


 そのやり取りが何故嬉しかったのかは分からない。

 卯月さんとの距離が縮まった気がしたから? なわけない。俺と彼女はあくまで家庭教師と生徒、あるいはビジネスパートナーのような関係。私欲など挟んでない。

 ならば“卯月さんはバイクに興味あるのでは?” という俺自身の観察眼が間違っていなかったという証左を得られたから? なんかキモいがこっちの方が近い気がする。

 ただ確かなのは、これ以上この思考はすべきでないということ。


「これヘルメット。フリーサイズだから入るはず。顎紐だけ調整して」

「ありがとうございます」


 シート下にあるメットインから予備のヘルメット出して、卯月さんへ渡す。

 俺が普段使いしているのは、すっぽりと被るフルフェイス型だが、卯月さんに渡したのは小中学生が付けているような、真っ白な頭だけを守るタイプ。

 

「被れたらそうだな……俺が車体支えとくから逆側から後輪の真上くらいに座って。スカートは――」

「大丈夫ですよ。中にタイツ履いているので」

「そ、そうか」

 

 そんなことを言われて、自然と俺の目は卯月さんの足へと向かっていた。

 膝までしっかり隠れたセーラー服のスカートの更に下。黒のタイツで覆われたその足は、まるで吸血鬼? と疑いたくなるほど徹底して素肌を隠している。

 タイツ……いや、知ってたけど。

 知ってたんだけど改めて断言されると、想像を膨らませてしまうこともある。

 いかんいかん。

 己を律し、車体を支えることに徹する。


「今さらですけど2人乗りって法律的に大丈夫なんですか?」

「条件はあるけど何も問題ないよ。つーか流石に推薦狙ってる後輩の人生潰す様な誘いはしないから」

「……それもそうですね。これで補導されたら先輩には責任をもって私の学費を払ってもらわないと」

「この年で賠償金背負うのはヤダなぁ」


 おそらく軽口なのだろうが、卯月さんの言葉にはそれだけでは済まされないような凄味があった。メッチャ怖い。

 いつも以上に安全運転を心掛けねば。


 何はともあれ、俺は早く走りたくてウズウズしてるかの如きエンジン音を立てるバイクに直進の命令を下した。

 速度はとても風なんて切れそうにないほどの、ギリ徐行より速いくらい。もちろんこんな速度で国道を走ってたら、後ろからクラクションという名のブーイングの嵐が起こること必死だろうから、車の通りが少ない街道を走る。

 卯月さんは俺の両肩に手を添えているだけ。背後に圧迫感を感じないのは俺と彼女の間に空間があるからだろう。

 安全性を考えるならもっと手に力を入れて欲しいものだが、女子相手にもっとくっ付いてなんて言うのは気が引ける。

 

「――――フフッ」


 不意にそんな笑い声が耳朶を打った。

 今まで聴いたことがない、柔らかな感嘆の息。

 声の主は……考えるまでもない。

 だが感嘆の息は1回きりで2度目はなかった。

 運転中故、後ろを振り向くのは許されず後ろの後輩に真偽を確かめることも叶わない。

 だからそれはきっと、ただの幻聴だったのだろう。 


 ほどなくして駅に到着し、卯月さんを降ろした俺は真っ直ぐ家へとバイクを走らせた。



 **********



【蛇足】


 新章始めました。

 よろしくお願い致します。


 バイクの2人乗りは運転者が免許取得後から1年経過以降から!

 

 たぶん桃真君は16歳の誕生日(4月頭)と同時に教習所に入校。カリキュラム詰め詰めにしてストレートで免許取ってます。  

 

【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

 非常に励みになります!

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