第19話【Re.宣戦布告です!】


 ビニール袋片手に夜道を歩く。

 俺は野暮用で近くのコンビニに出向いた。今学期用に購入した教材の振り込みとちょっとした買い物。

 のんびり歩いていたこともあり、玄関の前まで来た時には出発してから30分ほど経過していた。


 ドアノブに手を掛け、ガチャッという音を鳴らしながら玄関を開ける。

 家の中は灯りが点いているが、これは消し忘れやすぐ帰って来るし点けっぱなしでいいや、という自堕落な思考によるものではない。照明を点けておかなければならない理由があったのだ。

 と、靴を脱いだところで、その理由が現れる。


「おかえりなさい、ちょっと遅かったですね」


 カウンターキッチンからトテトテトテと小さな歩幅で小走りに卯月がやって来た。ゴムベラ片手のエプロン姿で。


「悪い、レジが混んでたんだ」

「それなら仕方ないですねー。もうご飯出来ちゃってるんで座って待っててください」

「おう、ありがとな。それとコレついでにプリン買ってきた」

「わぁ……ありがとうございます! お夕飯のあとに頂きましょ」


 さっきまで喧嘩してた感じだったんだよな俺たち……と、疑いたくなる。

 無事、わだかまりを解いて部屋に帰した卯月が再びうちのインターホンを鳴らしたのには驚いたが、まさか――


「まだでしたら一緒に夕ご飯食べませんか?」


 と申し出てくれた時にはさすがに開いた口が塞がらなかった。

 卯月の根に持たない性格、切り替えの早さは長所なんだが……うん、まだちょっと思考が追いついてない節がある。

 それでも一言いわなくちゃいけないことだけは明確。


「卯月」

「なんです?」


 呼ぶと、キッチンに戻ろうとしていた卯月がくるりとこちらを向いた。


「その……ありがとな」


 改めて感謝。

 俺の言葉が何に対しての感謝までは、照れくさくて言えなかった。だけどこの心だけはしっかりと伝えなくちゃいけないという確信があった。

 キョトンとした顔から笑顔が咲く。

 今度こそキッチンに向かうべく踵を返した卯月は、後ろ姿からでも嬉しそうな様子だった。



**********



「お待たしましたー」

「…………」


 卯月の言う通り長机で待っていた俺の前に出されたのはオムライスだった。

 SNS映えするドレスオムライスだったり、ナイフを入れることで中から半熟卵が現れるタイプでもない。クレープ生地のように薄く伸ばした卵をチキンライスの上に乗せた、昔ながらのスタンダードなオムライス。

 だというのに俺が絶句してしまったのは、皺など一切ない滑らかな卵に描かれたケチャップが示すサイン。


 ――――――――“♡”


 たまたまそうなった、などという言い訳などできないほど見事なハートが描かれていた。


「卯月……いや、卯月さん?」

「はい、何でしょうかセンパイ」

「これは……?」

「オムライスです」

「そういうことじゃなくて、このケチャップのハートやつ


 ハートケチャップオムライスなんて初めて見た。

 行ったことないがメイド喫茶とかで出てくるヤツより上手いんじゃないだろうか。

 黄緑色のエプロンを外し俺の正面に座った卯月は、それはもう至極当然と言わんばかりに良い顔でサムズアップ。


「私の気持ちです」

「お前……」


 照れた様子などおくびにも出さず言い切られた。

 俺たち、恋愛そーいうことでギクシャクしたんだよな? 切り替えが早いというより面の皮が厚いという方がしっくりくる。

 

「センパイが言ったんですよ。“今まで”の私で良いって」

「それは、そうだけど」

「あ、やっぱりそうだったんだ」


 卯月の指摘は単なる揚げ足取りというわけではない。

 本当は食べたあと、俺から切り出すつもりだったのだが、卯月が気づいているのなら仕方ない。

 考えてみれば卯月とは2年ほどの付き合いがあるんだ。それも変な遠慮なんてしない仲は悪くないがサバサバとした関係。

 中途半端に言葉を選ばないからこそ、違和感のある発言には必ず意味がある。過去、俺と卯月の間にあった暗黙の了解を彼女は覚えていたらしい。


「……食べた後で話す予定だったんだけどな」

「でしたら先に食べましょうか」

「良いのか?」

「センパイがあとで話すつもりだったってことは暗い話題。もしくは暗くなる可能性があるくらい大切な話なんですよね。なら私はセンパイのタイミングで話して欲しいです。急かしてまたセンパイと仲違いなんてぜっっったい! に嫌ですから」

「そっか。それじゃお言葉に甘えさせてもらう」

「はいっ、いっぱい甘えてくださいね」


 なんて軽口もたかだが数日ぶり程度なのに懐かしい。

 それから俺たちは卯月が作ってくれたオムライスを食べながら、仲違いしていた間にあった出来事について談笑に耽った。

 俺が済ませてない課題について問うと、卯月はスラスラと答えてくれたり。

 卯月が友達から喧嘩でもしたのか訝しまれたと聞かされ、苦笑いになったり。

 やれどっちももっと早く話し合うべきだったと。

 片方が提起した話題を2、3回のキャッチボールで処理してまた別の話題を投げる。おそらく普通の人ならもっと長く続き盛り上がる会話も、俺たちの間では特に重要ではない。

 この辺はどっちも素が陰寄りだからだろうな。

 でもそれが不快に思うことはなく、むしろ気が置けなくて話しやすい。


「そういえばもうお前はもう覚えてないと思うけどさ」


 そんな前置きを踏まえて、俺はまた新たな話題を彼女に投げる。


「俺たちが高校で最後に話した、最後の最後」

「私がセンパイにフラれた時ですよね?」

「あ、あぁ……」


 そういわれるとかなり精神的ダメージが入るんだが。

 しかし今そこは最重要ではない。


「俺が生徒会室を出る前に1回振り返った時、目が合ったの覚えてる?」

「…………っ。はい、覚えてますよ」

「あの時なんであんな怖いくらい睨んでたんだ? いや、あの時の卯月の気持ちもわからなくもないんだけどな」


 今でも鮮明に覚えている剣呑な瞳。

 卯月も覚えているということは、あれは俺の勘違いではなかったということだ。

 彼女との接し方に、俺なりの答えは既に出ている。変えるつもりもない。

 けど、腑に落ちないことがあるのも事実。

 だからこの質問は過去の清算、いや答え合わせとして卯月の口から真実を聞きたいと思った。例えどれほど恨まれていたとしても、当時の彼女を知らなければ俺はここから先へと踏み出すことができないから。

 当時のことを思い出そうと卯月はスプーンを置き、空になった手の人差し指を口元にあてる。自然と視線が彼女の人差し指……結ばれた唇に吸い込まれる。

 ぷっくりと水気を含んだ赤い唇が滑らかな曲線を象った。


「あの時は絶対にセンパイに相応しい女になってみせるって、考えてました」

「……………………は?」


 後頭部を思いっきり殴られたかのような衝撃。どんな罵詈雑言も受け止めるという覚悟と共に思考が吹っ飛んだ。


「待て待て待て。お前、どういう過程踏んだら、そんなこと考えながらあんな険しい顔なるんだよ」

「えっ!? 私険しい顔してました? あの時のセンパイ、妙に青ざめてたことは覚えてるんですけど」

「まさかの自覚ないパターンだったか……」


 拍子抜けもいいところ。俺はこの1年間何か盛大な勘違いをしていたようだ。いや、どちらかというと卯月の表情が紛らわしかったのが戦犯だという気がしないでもないけど。

 タハハ……と笑った卯月は、「そんな怖い顔してたかなぁ」とまだ訝しんでいる。


「うーん……あの時の私、どうしたらセンパイと好きになってもらえるか考えてたんですけど」


 ふとカフェでの清水との会話が脳裏に蘇る。


「告白を断ったってことは、センパイには何か理由があるのかなって」

「理由もなく断ることもあるらしいぞ」

「それは告白を受ける理由がないとも言えますよね」


 表情を変えることなく依然とした態度で卯月は答えると「だ・か・ら」と蠱惑的に微笑み、


「センパイが私と付き合いたいって思える理由を作ろうと思ったんです」

「具体的には……?」

「センパイの方から付き合ってくれ! ってお願いするくらい可愛くなれば万事解決です!」

「なんてアホっぽい結論……。それ、仮に俺が他に好きな人がいるって言ったらどうする気なんだ?」

「その人以上にセンパイに好きになって貰えるように可愛くなります」

「俺がデブ専だったら?」

「太ります」

「ブス専なら?」

「私スッピンは芋っぽいので」

「男色」

「女の子の良さを叩きこみます」


 こいつ無敵か……?

 ゴリ押しにも程がある、なんつーストロングスタイル。しかも打てば響く勢いで答えるから一抹の迷いもなく、マジで本心なんだろう。

 そして俺の中でも燻っていた僅かな不安が解消されていく。


「なぁ卯月」

「なんですか?」

「やっぱり俺、まだ卯月の気持ちに応えることができない」

「…………」


 急ぎでもないのにコンビニに行ったのも、自分の気持ちを整理するため。結局答えが変わることはなかったが、それでも考えに考え抜いた本心を伝えた。

 卯月は俺の告白を顔色1つ変えず受け止めた。

 無表情ではない。ほんの数秒前に軽口を叩いていた時と同じ、自信に満ちたかおである。

 卯月はどうしてその結論に辿るいたのか、俺を信じて待ってくれているのだ。

 彼女の信頼に応えたい。

 真っすぐと綺麗な双眸を見据え言葉を続ける。


「正直、俺にとって卯月は仲の良い後輩で……真面目に恋愛対象として見ようとしてなかった」


 大学の推薦枠を取りたいという独善的な願いを機に、卯月麻衣という後輩の人間性を知り、気心知れた仲になった。

 その反面、卯月の高校生活に深く関わったからといって勘違いをしてはいけないと、俺は心の奥底でラインを引いていたのだ。

 これ以上プライベートに干渉してはいけない。

 卯月へ、借りを笠にエゴを押し付けない。

 高校の時に付き合っていれば、俺は卯月に”恩を返せ”と迫る自分の存在を完全に否定できなかったから。


「でもこれからはちゃんと考える。俺にとってお前はどんな存在なのか。俺はお前をどう思っているのか。俺を好きだと言ってくれた女の子の気持ちに、きちんと向き合いたいんだ」


 今でも卯月が好意を寄せてくれているのは嬉しい。だけどソレが単なる下心なのか、あるいは卯月だから嬉しいのか……はっきりさせたいのだ。

 だからと、俺はこれから最低な頼みを彼女に請う。


「俺が答えを出すまで待っていて欲しい」


 クズだろ? 

 あぁ、とんでもないドクズだ。

 卯月が俺を見限らないことを前提とした、世間的には“キープ”してるといっても過言ではない。最低最悪のクソ野郎だよ。

 けど今の俺はこれ以上の誠実な言の葉を持ち合わせていない。

 

「わかりました。私、待ちます」


 そんな俺の情けない頼みを卯月は真摯に受け止めてくれた。

 好意とは別に彼女への感謝の気持ちが湧き起こる。


「ありがとう」

「ただし――――」

 

 ビシッと卯月は挑発的な笑みで細い人差し指を俺の鼻先に向けた。


「今度こそ好きって言わせてみせますから! 覚悟してくださいね、センパイ」




【2歩目:了】


**********

 


【蛇足】


 本エピソードの投稿と同時刻(7月21日20時ごろ)に、近況報告ノートにて“1章、2章”のあとがきを掲載しております。

 軽いネタバレ含みつつの、ここまでのエピソードを書いた所感やら感想、今後について軽く載せてありますので、お時間よろしければご一読頂ければ幸いです。 


https://kakuyomu.jp/users/YAYAIMARU8810/news/16817330660721046778


【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想などお願いします。

 非常に励みになります!

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