3歩目 サークルに入りましょう、センパイ

第20話【追憶:部活】


「卯月さんってさ、部活入んないの?」


 新学期が始まって約3週間が経った4月の末。

 放課後に図書室に残って自習していた俺は、隣の席に座る後輩へと問いかけた。

 机に広げられた、まだ新品の問題集に注がれていた視線を切り、頭を上げた卯月さんの瞳が不満と疑問を混ぜた色を帯びる。


「なんですか? 藪から棒に」

「別にただの世間話だよ。休憩がてらの……な」


 一旦休憩とばかりに身体を仰け反らせ、ついでに壁に掛けられた時計へと目で誘導する。

 時計の針が指す時刻は、俺たちが自習を開始してから1時間の経過を示していた。

 勉強だろうがスポーツだろうが、適度に休憩を入れた方が効率が良くなるというのは、よく聞く話。あとシンプルに6限授業受けてから、さらに1時間の自習はキツイものがあった。


 卯月さんの勉強を見るようになって早数週間。

 俺たちの勉強会は週に3度。放課後の図書室で行うように決めた。

 卯月さんからは曜日の指定もなく、むしろ全日バッチコーイといった感じで、俺もそれで構わなかったが、さすがに毎日行うのは卯月さんが余計な罪悪感を抱くかもしれなかった。

 それにそこまでするのは、過干渉な気がしないでもない。

 結果、妥協案として各日での開催となった次第である。


「ウチの高校、部活強制参加じゃないけどさ。卯月さん初めから部活入る気なさそうだなぁって。興味ある部なかった?」

「いえ。ただ……必要性を感じなかっただけです」

「必要性?」


 部活動とは無縁そうな単語が後輩の口から出て来た。


「私、別にスポーツも美術も得意じゃないですし、特に音楽なんて素人。貴重な勉強の時間を割いてまで、大して結果の見込めない部活をする意味ってないじゃないですか?」


 そうでしょ? と同意を求めるような瞳。

 だが俺は直ぐに頷きはしなかった。

 卯月さんの考えは間違いではない。凄く合理的で自分の目標に向かってストイック。ホントに俺より年下なのか? と疑いたくなるほどに。

 ただ……自分の目標が明確かつ、先まで見え過ぎているが故に視野が狭くなっているような気がする。


「そんな部活やるやつ全員が全員、全国大会とかコンクール目指してないと思うぞ」

「…………」


 いや、そんな「じゃあ何で部活やってるんですか?」みたいな顔されても。


「上手くないけど、好きだから部活に入る子もいるじゃんか」

「あぁ……たしかに」

「それに友達とか、先輩後輩の青春? 的なあるだろ」

「…………はぁ」


 後者の例はピンと来てないみたい。

 口に出すのは失礼だが、卯月さんって友達……。


「友達くらい私だっていますよ」

「な、何の事?」

「今、私に友達いなさそうって思ってそうな顔だったので」


 日頃から細い卯月さんの目が、より鋭くなる。

 どうやら孤立無援のボッチでも、他人との協調性が皆無ではないっぽい。低いことには変わりないだろうけど。

 ただ1つ明確なのは、これ以上この話題を続けるのはよろしくない。


「あぁー……そういえば、部活入っとくのは推薦入試でも有利になるらしいな」

「推薦……」


 かなり苦しい話題転換だったが、卯月さんは食い付いてくれた。

 “推薦入試”という、彼女の目標で釣ったことに罪悪感はあるが、俺はその気持ち払拭するように……払拭すべく言葉を続ける。

 

「推薦枠を貰うための条件って幾つかあるじゃん。第一に今俺たちがやってる勉強」


 ポンッと机に広げているノートと問題集に手を添える。

 ウチの高校の推薦枠は平均評定3.5以上から。そこから各大学が設ける基準を満たせていれば、推薦入試の資格を与えられる。

 ちなみに、大学によっては平均評定3.2とかを推薦基準にしてるところもあるが、その場合でもウチの高校の基準が満たせていなければ受けられないアウト

 だから当然のことながら学力は必須。定期考査で高得点……低くても7割くらいは取り続けなくちゃいけない。

 

「で、仮に生徒間で狙ってる推薦校が被ってたら、限られた枠を学校側は誰にあげると思う?」

「より優秀な成績の方じゃないですか」

「そうだな」


 俺は同意を込めての首肯で応じる。

 卯月さんの答えは正しい。グッド、ナイス、ブラボーハラショー、正論正確正答にして正鵠を射ている。あまりにスマートな回答に、脳内の全俺がスタンディングオベーションしてる。……全俺ってなんだ。

 とりあえず、それは置いといて……。

 もうちょっと深掘ってみよう。


「じゃあ、その成績ってのは何を基準にしてるか、わかる?」

「テストの点数と提出物や授業態度。いわゆる関心、意欲、態度の合計です」

「そっ。俺たち生徒からしたら、具体的な計算方法は知んねーけど、成績の内訳はそんな感じだろうな。でも、それだと推薦入試としたら弱いんじゃないか?」


 推薦とはいえ、入試であることは変わらない。

 その結果次第では不合格というケースも、一概にないとはいえないのだ。

 で、肝心の推薦入試の内容と言えばお馴染み―――――“面接”である。

 

「これは2年俺らの学年主任の受け売りだけど、推薦入試を受ける生徒は学校の代表であり、模範的な学生でないといけないらしい」


 この意味わかる? と今度は俺の方から目で問うと、卯月さんは口を固く結んでこちらの解答を待つように、正面から視線を受けた。


「面接で“校外での活動や勉強以外は何を頑張った?”って訊かれて、応えられた方を学校は選びたいよな。少なくとも何もしてなかった生徒よりは」

「…………」

「もちろん別に必須って訳じゃないし強制でもないよ。けど少し部活とか校外活動に目向けて見ても良いと思う」

「考えておきます。……ありがとうございます」

「案外、運動部でも活動日少ない部もあるらしいから、気負い過ぎないようにな」


 と、結論へと着地した所、俺は座る姿勢を正す。

 それなりに息抜きの時間は作れたかな。

 下校時間を考えれば、あと1時間くらいはやれそうだ。

 そう意気込み、今日の復習を再開しようとしたところで、卯月さんから待ったが掛かった。


「天沢先輩は部活に入ってないのですか?」


 ふむ……。

 そういえば卯月さんに偉そうなこと言っといて、俺自身のことは何も話してなかったな。

 別に面白味のないものではあるけど、訊かれたなら答えるのが礼儀というもの。


「俺は家の手伝いがあるから部活やってないんだよ」

「手伝い……ですか」

「ウチ、高校から3駅先にあって、最寄駅からも距離あるから片道4、50分かかるんだ。だから部活やってる暇なんてなくてな」


 特にやりたい部活あるわけじゃないが、俺には部活をやらない正当な理由があることを話す。

 これで満足頂けたかな? と思ったが、卯月さんはさらに質問を重ねた。

 その声色は少し申し訳なさそうで、


「なら、私の勉強見てもらうのも迷惑じゃありませんか?」

「いや全然。家の手伝い面倒だから、むしろありがたいくらい」

「先輩って優しいですけどク…………いえ、何も」


 この子今、クズって言おうとしなかった?


 彼女が紡ぎかけた単語の真相は、恐ろしくて訊くことができなかった。



**********


【蛇足】


 新章始めました!

 よろしくお願いいたします。


【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想などお願いします。

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