第21話【百聞は一見にしかずって言いますし】


 スポーツでもゲームでも、ルールを熟知した経験者がいると楽しいもんだと思い知らされる。


「センパイ、いきますよー」

「おー。お手柔らかに」


 コートを半分に区切るネットの向こうで、ラケットを構える卯月に応える。

 腰を落とし、右手に持つラケットは前。視線は卯月が持つ羽根シャトルから離さない。気分だけはプロ選手のつもり。

 慣れた手つきで真上に放り投げられたシャトルは、フワッという擬音が聞こえてきそうな、柔らかな動きで中空を舞う。

 限りなく無回転で最大高度に達すると、上昇時のルートをなぞる様に、降下を開始。

 最も重量があるコルク部分を真下に落下してきたシャトルを――――


「そー……れ!」


 一切無駄のないフォームから繋いだ、上投げの要領オーバースローで卯月が打った。

 球速は遅く、滑らかな山なりの弧を描いたシャトルが、俺の数歩前を落下地点と定め、落ちてくる。


「おっとっ……っと」


 1歩踏み出し、俺は卯月とは対照的に下投げの要領アンダースローでラケットを振る。力み過ぎて振ったもんだから、卯月の時に比べてパァンッ! と大きな音が鳴った。

 そして振り切った瞬間悟った。


「スマン! 変なとこ飛んだっ」


 彼女の優しいサーブに対してあまりに乱暴なレシーブ。思わず謝罪の言葉がつい出た。

 意気込んで早くスイングしたせいで、ほぼ真上に飛んだシャトルが馬鹿みたいに高度を上げてく。


「いやぁ、すっごい上までいってる。センパイも何だかんだ男の人なんですね」

「なんだかんだは余計だよ。仕切り直すか?」

「大丈夫ですよー。それよりセンパイ、構えないと次いきますよっと」


 暴投も暴投。盤外ホームランも良いところ。試合ゲームじゃ絶対ありえない高さまで飛んだシャトルを、卯月は難なく打ち返してきた。

 再び初心者に優しい、緩やかな山なり軌跡を描くシャトルが俺側のコート目掛けて飛んでくる。


 今俺たちがやっているバドミントンやテニスといった……いわゆるネット型球技は古来、貴族がその使用人と嗜んでいたスポーツだと、中学の体育で習った覚えがある。

 現代こそ競技性が高まったが、サーブも語源は主人に打ちやすい球を打つサービスだとか。

 そんな役に立たないような雑学を、今まさに痛感させられる。

 

「よっと!」

「良いですねーセンパイ。ドンドンいきましょう」


 さらに不細工なフォームで返したシャトルを、難なく拾っていく卯月。

 

「こんな初心者とのラリーなんて面白いか?」

「はい! あとレベルが高ければ、必ずしも面白いラリーになるわけじゃないんですよね」

「へぇ……。下手な奴に合わせてると退屈に思いそうなもんだけどな」

「その辺りは個人差ですね。経験者同士でも練習以外だと緩ーいラリーしますし、ホントに苦手な人だと3回も続きませんから。センパイは全然上手ですよ」

「そりゃ、どうもっ!」


 こっちは一振り一振り上手く飛ぶか緊張してるのに、卯月は事もなげに打ち返してくる。やっぱ経験者ってスゲェ。


「でーも、せっかくセンパイが気にしてくれるなら、ちょーっと本気出しちゃおかっかな」

「…………は?」


 そう卯月が、何とはなしに呟いた次の瞬間だった。

 俺が放った十数回目のシャトルはネットからやや離れた、コート後方を落下点として目指す特大の山なり軌道。

 先刻までの卯月なら大きく下がり、優しく返してくれただろう。

 が、今の卯月は後ろに下がるどころか正面に疾駆。

 ネットギリギリの辺りで急停止から垂直ジャンプへと流れるように移行し、未だ上昇中の打球に狙いを付け――――。


 空気が弾けた。


 瞬きする間なく、気づいた時には俺の足元にシャトルが転がっている。


「いや、さすがにガチスマッシュは無理」



 **********



 15分間のコート使用時間を経て、俺たちは昼食を取るべくフードコートへとやって来ていた。

 場所は、某有名エンターテイメント施設。

 1階2階がゲーセンとカラオケ。3階にボウリングエリアが設置されおり、今俺たちが利用しているのは4階から屋上までの遊具遊び放題エリア。“スポッチャ”である。 


 土曜日なので大学は休み。

 卯月に誘われ、朝からフリータイムで入ったのだが、元を取るならまだ3、4時間は遊び倒さなくては。体力持つかな……。

 

「お待たせしましたー。あれっ、先に食べててくださいって言ったのに」

「ん? あぁ。どうせそっちも直ぐ出来ると思ってたから」

「とかそれっぽい事言ってフォローもしてくれるなんて、やっさしー」


 トレイに4分の1クォーターサイズに切られたピザとドリンクを乗せた卯月に応え、俺も先に取って来ていたホットドッグを一瞥する。

 800円というには少々サイズとクオリティが見合ってないというか……首を傾げたくなるモノだが、卯月連れと来ている手前、顔には出さない。


「なんかセンパイのホットドッグ、詐欺られた感じしますね」

「お前が言うのかよ」


 こっちの気遣いなんて無視して、なんなら俺がしていたであろう以上の不満顔で卯月が呟いた。

 自分よりオーバーなリアクション見ると、冷静になれるな。


「フリータイムで居座ってるし、こういうところで少しでも金取って採算合わせてるんだろ。お祭り価格ってことで飲み込むさ」


 といって、俺がホットドッグに齧りついたのを機に卯月も自分のピザを食む。


「ん! センパイ! これ、やっぱ冷凍ですよ!」

「やめなさい! というか当たり前だろ」


 大きさこそ、そこそこあったが案の定卯月のピザも見た目からして安っぽい。

 しょうがないことだけど、食べ物どころかドリンクも持ち込み禁止なんだよなぁ。

 

「それで……久しぶり? なのかバドミントンはどうだった?」


 食べながら、俺は先刻まで遊んでいたバドミントンの感想を訊いてみる。

 卯月は高校時代、活動頻度の低いバドミントン部に所属していた。あいにく練習も試合も数回しか見たことがない上、俺自身素人なので「頑張ってるなぁ」くらいの感想しか当時は思ってなかった。

 さらに言えば彼女が高3の時、引退後もキッパリ止めたのか。あるいは趣味感覚で続けていたかも定かではない。

 だから、もしかしたらコレは不躾な問なのかもしれん。

 まっ、さっきのプレイ見せられたら愚問でありそうだが。


「やっぱ楽しいですね、バドミントン!」

「そっか。ならバドミントンサークルに――――」

「いえ! もうちょっと色々試したいです」


 俺が出しかけていた結論を、卯月は笑顔でぶった切った。


 そもそも今日、俺たちがこのエンタメ施設にやってきたのは、単に遊び目的ではない。いや、4割……5割くらいは純粋に楽しむ気ではあったけど。

 ともかく始まりは至極真っ当な理由がある。


 ――――――サークル決め。


「思ってた以上に色んなサークルとか同好会があったので、即決しちゃうのはもったいないかなぁ、と」

「おま……それ持ってきてたのか」


 大して何も入ってなさそうな薄いショルダーバッグから卯月が出したのは、これまた薄いパンフレット。テーブルに広げられたA4のパンフレットは、ほぼ白黒調で描かれており、低予算だということが伺える。


「えーっと……バドミントンにテニス、野球、サッカー、陸上、ラクロス、アルティメット……と、結構コアな部も多いな」

「どの部も人多くて活気もありました。さすが大学。ところでセンパイ、アルティメットってどんなスポーツなんですか?」

「さぁ? 究極のスポーツなんじゃね」    


 適当に答えつつ、目は左から右、上から下へと動いていく。

 パンフレットに載っているのは9割9分、運動部の紹介。というのもウチの大学が脳筋の巣窟……などというわけではなく、単に運動部特集というだけである。

 

 ウチの大学は新入生向けに行われる部活紹介を、運動部と文化部で分けている。

 単純なスペース確保目的もあるだろうが、新入生も勧誘する在学生も合致マッチングしやすい。合理的だ。


 とまぁ、先日行われた運動部の部活紹介を見て来た卯月が一言。

 ――――「まずは全部試したいです!」。

 そんなわけで現在に至る。


「さすがにラクロスなんかはないだろうけど、あとは大体ここにあるな」

「むむむ……1つ15分ずつでも2時間ぐらいはかかりそうですね。センパイは今日、何時まで大丈夫ですか?」

「別に予定もないし最後まで付き合うぞ。フリータイムにした元は取りたいしな」

「やった!」


 嬉しさを表すようにフフンッ、と鼻を鳴らす卯月。

 相当気分が乗っているようで、さっきまで酷評していた冷凍ピザも美味そうに頬張る姿は、見ているこっちまで心が弛緩させられる。


「それじゃあ、お付き合いお願いしますね。センパイ」

「あいよ」


 上目遣いで、はにかむ卯月から、なんとなく目を逸らし、俺はホットドッグの残りを口の中に放り込んだ。



**********



【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

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