第22話【これがお胸の感触……】


 ダン、ダン、ダン――――と、断続的に音を立て、卯月の手と床の間を行き来するボールを眺めながら、ふと思案に耽る。


 中学、高校の体育で本気出したことないなぁ…………。


 自慢イキリでも驕りでもなく、ただそうだったと思い返しただけ。

 なんなら俺みたい奴は、かなりの数いるんじゃないかとすら思う。

 だって本気出した方がイキってるみたいじゃん。

 出る杭は打たれるというか……前提として、体育の授業で活躍する生徒には暗黙の了解がある。 

 

 “行う競技の経験者部員”あるいは“クラスの中心人物”だ。


 そりゃ経験者は当たり前。むしろそこで活躍しなくちゃどこですんだよ、って話だが、彼らは自分が活躍するのと同時に、素人その他に向ける目がシビアなのだ。

 それが悪意を持ってではなく誠実故。ルールに詳しいからこその厳しさ。

 やれ「今のトラベリング!」。

 やれ「それダブルコンタクト!」。

 あからさまなルール違反はもちろんダメだけどさ、もうちょっと多めに見てくれよ……。

 

 クラスの中心人物はまぁ……いわずもがな、うん。

 いわゆるカーストの低い奴が頑張って目立ち、失敗した時と、高い生徒が格好つけて失敗した時の、周りの温度差がヤバイ。

 だからこそ大して上手くも、場を盛り上げることもできないその他大勢は、ほどほどに頑張る程度に済ませる。

 ボールが来たら即パス。

 自分の番が来たらそそくさと。

 

 閑話休題。


 意識を眼前の景色へと移す。


「へいへーい、取れるものなら取って良いんですよー」

「出たな。謎のSっ気口調。あんまソレ、お前に似合ってないぞ」

「それってそのままの私が好みっていう――――っと!」


 あらぬ誤解を抜かしている隙を狙い、バウンドし続けるバスケットボールへと手を伸ばす。

 が、さすが卯月。元運動部だけあって身のこなしが上手い。

 素早くバックステップで距離を取られた。

 というか、


「おまっ、なんか上手くないか!?」


 ボールをカットしにいった俺の腕に、微塵も焦ることなくとった回避行動。

 いくら運動部でも今の動きはちょっと素人っぽくなかったぞ。

 

「フフンッ。友達と偶に遊んでましたから」

「スゲェ陽キャっぽいことしてたんだな」


 そういえば、休み時間とか放課後に使ってないゴールでやってた連中いたな。

 たしかに高校の生徒会長になった頃から、人当たりも良くなるよう努力してたけど、まさかそこまで陽キャ街道を進んでいたとは……。


「優しいセンパイは、24秒オーバーなんて言わないですよね」 

「ああ。そもそも測ってないしな」


 ただし――――。


「こっちも手加減無しだ」


 腰を大きく落とし、足幅を広げる。

 ここから先は行かせんという気迫を込めて、腕を横に伸ばし自分の身体全体を壁と化す。

 こんなオーバーなディフェンス体勢、体育の授業でやってたら「ちょ、天沢ガチじゃん」とか、称賛とも冷やかしとも言えない中途半端な反応必死だろう。

 そういった微妙な注目が、自分に向くのが嫌なのだ。

 しかし、今は違う。

 

 コートを利用しているのは俺と、気心知れた後輩の2人のみ。

 評価されず、観客もいない完全プライベートな時間。

 ならば格好つけようが、大失敗しようが、ここでの恥は外には出ない。

 思い切って動けばいい。


「それじゃあ行きます……よ!」

「――――ッシ」


 右手でバウンドしていたボールを左側へ。

 ドン! と、一際強烈なバウンドを鳴らした卯月の姿勢が低くなった。

 ドリブルによる抜きドライブって奴だろう。

 そうはさせない。卯月の頭が俺の脇に向いた瞬間、カニ歩きの要領で素早く予想進行ルートに立ち塞がる。


「でしたら――」


 軽々と再びボールを右側に移す卯月。それも身体の後ろでやってのけた。

 お前、マジでバスケ上手くね?

 だが、まだ抜かせてやるものか。

 俺も右足に力を入れ、側にステップ。もう1度進路を防ぐ。


「そう、簡単に後輩にやられるわけにはいかねーよ」


 舐めるなっ、という言外の言葉を含ませ鼻を鳴らしてやる。


「むむむ……でしたら私も奥の手をお見せしましょう」

「んな漫画じゃあるまいし、必殺技でもあんのかよ」


 不敵に笑った卯月に負けてたまるかと、減らず口を叩く。

 もちろんこれは真剣勝負。卯月の言葉が本当であろうが、ハッタリであろうが油断はしない。

 

「まぁまぁ、見てのお楽しみですよ」

「そもそもさせる気ねーけど」


 攻めるタイミングを見計らってるのか、卯月は左腕で庇いながらボールをつき続ける。しれっとやってるが、ノールックでやってる時点で凄いな。

 さて、バスケでできる必殺技とは何なのか……。

 真っ先に思いつくのがダンク。いや、できるならバスケ部入れ。

 他は……と考えてみるも思いつかん。辛うじてあり得るのは、ドリブル中にクルッと回るターンだろうか。

 右利きの卯月がターンしようとするなら、右方向に揺さぶりをかけて時計回りにターン。進行方向を即座に左に移して、俺を抜くって算段だろう。

 俺が勝つには卯月にターンを促し、新たな進行方向に身体を入れて完全にシャットダウン。

 よし、為すべきことは定まった。


 流れが変わるのは卯月が再び、ドライブをしかけるタイミング。そこにドンピシャで合わせてやる。

 卯月が前傾姿勢になる瞬間に全神経を注ぎ――――故に、不意を突かれた。


「は?」


 左腕でのバリケードを解除した卯月が緩やかに1歩退。ドリブルを中断し、ボールを両手で持った。

 これでもうドリブルは出来ない。

 まだゴールまで距離があるのにどうする――――ッ!?


「ふぅ…………!」


 大きく深呼吸した卯月の目がキッ! と鋭くなった。まるで得物を狙う獣の如く。

 そのあまりのプレッシャーに気圧され、俺は後先考えずに跳んでいた。

 冷静に考えれば頭1個分は背が低い卯月相手なら、腕だけでブロックできたが、そんなことは後の祭り。

 卯月の視線は俺の頭よりやや上にある、へと注がれている。


 ――――シュートだ。


 先刻までのドリブルの上手さに、ロングシュートという可能性を失念させられていた。滑らかな動作故にシュートが邪魔されることもない。

 綺麗なシュートフォームを整え、卯月は俺が落下するタイミングに合わせて跳躍。やや前方に推進しているのは、ボールの飛距離を稼ぐため。

 しかし、ここで彼女にとって予想外な点があった。

 

「って、ちょっ!? グホッ!!」

「ひゃっ!?」


 前方に跳び過ぎていた。

 そりゃ多少上手くても卯月だってバスケは専門外。失敗くらいいくらでもある。

 問題なのは俺だ。

 今の俺は着地したばかりで、足の踏ん張りなんて利かない。腕も両方上げたばかりで、こっちに飛び込んでくる人1人卯月を支えるなんて無理。

 結論…………衝突した。


 案外、人に突き飛ばされる……というか、タックルされる経験とは無いもので、胸と腹に衝撃が走った刹那、頭が真っ白になった。

 背中から固い床に着地。こっちもかなり痛くて、小さな呻き声がつい出てしまう。


「ご、ごめんなさいセンパイ! 大丈夫ですか!?」

「ってえー…………」


 派手に転ぶなんていつ以来だろうか。 

 痛みより驚きが大きい。

 ここで真っ先に、俺諸共すっ転んだ卯月の心配をできる奴が、真のイケメンなんだろうが、あいにく自分のことで一杯一杯。自分に覆いかぶさる後輩に気を配ったのは、二の次であった。


「やっぱ格好つけるもんじゃねーなぁ。卯月の方は怪我とかしてないか?」

「私は全然……。それより私――――」

「わざとじゃないんだろ? ならそれ以上謝んなくていいよ」

「でも…………」


 卯月は人一倍責任感の強い奴だ。

 協調性を養い明るく振る舞うことができるようになっても、根っこのところでは人に迷惑をかけないようにと、誰かに必要以上に頼まないし迷惑をかけない。

 だから理詰めで強引にでも、その責任を緩和してやる。初めて会った時からやっていたことだ。


「スポーツなんだから、熱くなりゃプレーも白熱するし衝突なんてよくある話。大体、よく考えずにブロックで跳んだ俺にも非があるんだからさ」

「…………」

「それでも謝り足りないなら、あとでジュースでも奢ってくれ」

「……センパイはズルいです」


 モゴモゴと小さな声で、そう卯月はちた。

 何がズルいかは知らんが、代替え案の提示は罪悪感への解消の定石だと持論している。

 

「わかりました。あとで何か奢らせて下さい!」

「おう」


 と、話に一段落着いたんで……。


「ところで卯月。そろそろ退いてくれないか?」


 さっきから卯月が俺の上に覆いかぶさっている状態について、言及してみる。

 避けられない衝突だった上に、転んだ後も俺を心配してくれたのも嬉しくはある。けど、さすがに床ドンこの状態を続けられるのは恥ずい。

 

「あ、ごめんなさい。私気付いてなくて」

「うん、まぁ別に責めはしないけどさ。まずはその俺の胸に置いてる手を放そうか」


 視線を卯月の顔から下へ。彼女は俯きになっているため、緩くなった首元からインナーっぽいモノが見えそうになるけど、根性で煩悩を振り払う。

 問題個所はさらに下。俺の胸に添えられた彼女の白く小さな手だ。

 百歩譲って数秒なら気にしない。卯月と床の間に俺が入ってる状態なんだから、不可抗力ってやつである。

 が、その手が先ほどから無意識的でない動きで、俺の胸を撫でていることは看過できん。


「…………」

「ちょっと卯月さん、聞います?」

「これがセンパイのおっぱい…………」

「何言ってんの!?」


 まるで心酔してしまったかのように夢中で、薄くも厚くもない俺の胸を触る卯月。

 痛くはない。グッ、グッと強弱を付けられる彼女の手がこそばゆいくらい。強いて言うなら後輩の女子に押し倒されて胸を触られる絵面がヤバイ。

 

「と・に・か・く離れろー!」


 結局、バスケコーナーのレンタル時間終了まで、卯月を引っぺがすことはできなかった。



**********



【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

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