第23話【少しずつ考えなくちゃな】


「んー……っ。良い汗掻きましたね」

「こりゃ明日は筋肉痛だな」


 外に出ると陽は既に半ばまで沈み、茜色の空が薄っすらと闇色に染まりつつあった。

 目一杯動かした身体の疲労が清々しく、逆に気持ちが良い。

 卯月と丸1日遊び漬けだった今日の感想は心地良い充実感。それと明日の己の身体への心配だった。

 

「で、結局参考にはなったのか?」

「なりましたよ。お陰様で」

「そりゃ良かった」


 バドミントンから始まり、バスケやバレー、テニス、ローラースケート、バッティングなどなど……。朝から入ったおかげで、スポッチャで利用できる全てのコーナーを遊び尽くせた。

 純粋に楽しんでしまったが、本来の目的は卯月のサークル選びの参考にするため。

 それが達成できたのなら何よりだ。 


「また来たいなぁ」

「来ればいいじゃんか。電車で2駅なんだから、そんな遠くないだろ」

「そういう意味じゃなくて……。私はセンパイと一緒に――――」

「別に良いぞ」

「良いんですか……?」


 むしろ何を迷ってるんだ? と、隣を歩く卯月に言う。

 丁度赤信号に捕まったので卯月の方へと顔を向けると、彼女は瞳を柔らかく細めた。心なしか彼女の白い頬に朱が差したように見えるのは、夕日の所為だろう。

 

「まぁ限度はあるけどな。予定とか金銭的な意味で」

「はい! それはもちろん。というより、私はセンパイと一緒ならどこでも楽しいですから」

「あのなぁ、そういう思わせぶりな事を気安く……」

「センパイ以外には誰にも言いませんから大丈夫です」

「――――――――っ」

 

 絶句した。いや、絶句させられたという方が正しいか。

 なんでこの後輩は“俺以外”なんてことを、軽々と言ってのけるんだ。

 そんなことを言われちゃ勘違い――――じゃないんだよな。


 卯月と話している自分とは別に、切り離された思考が独り歩いていく。


 数日前に受けた……違う。元を正せば去年の春から始まった問題の清算。

 卯月が俺に好意を持ってくれていることを、疑うなんてことはもうしない。

 だから俺も彼女の気持ちに応える覚悟を決めた。

 しかし、それは直ぐに付き合うという意味ではない。


 卯月の事が嫌いか? と問われれば、俺はほんの僅かな迷いもなく首を横に振る。それくらいに俺が卯月の事を良く想っていることは、直ぐに答えが出た。

 ただ、その“良く想う”というのが後輩としてなのか、1人の女性としてなのかまではっきりせず……。


 きっと今のままでも卯月と付き合うと楽しいのだろう。

 今日みたいに2人で出かけて遊んで、バカなこと言いながらふざけて――。

 そして心のどこかで自己嫌悪に陥る。

 今の不明瞭な心で卯月の告白にOKのサインを出すのは、それは1年以上もの間、俺なんかに好意を寄せてくれていた彼女への情けでしかないから。

 俺は……何より、卯月がそんな答えを良しとしない。


 答えを出すことを急いて、浅慮な答えを導いてはならない。

 時間を貰っているからと言って、いつまでもナアナアにするのもいけない。


「どうせなら外で食べて帰るか。さすがに帰って料理作る気力ない……」

「ですねー。どこにします?」

「卯月は食べたいモノとかないのか?」


 この前は俺が選んだラーメン屋だったし、今回は卯月に決めてもらおう。

 ……別にこの辺の土地勘がなく、パッと思いつかなかったわけではない。


「そうですねー」


 と言って、卯月はスマホを取り出した。

 歩道の脇で立ち止まり、慣れた指使いで検索をかける。

 1分もしないうちに卯月はスマホをショルダーバッグに戻し、


「この道を真っすぐ行った、ファミレスなんてどうでしょう」

「別にいいけど、そんな所でいいんだ」


 行きに通った道なので、卯月がどこの店のことを言っているのかはすぐわかった。

 安いことで有名な、イタリアンレストランのチェーン店。

 文句はないけど、敢えて全国展開されているチェーン店を選んだのか、なんとなく気になった。


「恥ずかしながら、ファミレスってあまり入ったことがなくて……。ほら、チェーン店って個人のお店より1人で入りにくいじゃないですか?」

「あー……なるほど」

「高校の時に友達と入ったこともあるんですけど、その時はご飯というより、サイドメニューとドリンクばっかだったから、気になってたんです」


 学生あるあるだな。

 高校の時、何故か無性に腹が減ってた記憶が蘇る。

 中学と授業時間も生活リズムも大して変わらず、早い奴だと第二次性徴も終わったのに、男子も女子も腹を空かし校内で間食しているのをよく見た。

 俺も例外なく、何度も昼食前の授業で何度も、腹が鳴るか否かの境を彷徨っていた。

 それほど空腹に見舞われていたのにも関わらず、放課後友達とファミレスやファストフード店に行っても、不思議と注文したのはドリンクバーとサイドのポテトだけだったりする。人に寄っちゃ毎日寄って帰る奴もいたから、学生なりの節制術なんだろうが、不思議だよな。

 

 それにチェーン店に1人で入れないのも共感できる。

 店側は何も気に留めないし、思いもしないのに無駄に自意識過剰になるやつ。

 

「じゃあそこにするか。財布にも優しいしな」

「私、ドリア気になってたんですよねー」

「俺は何にしよっかなぁ」


 そんな話を続けていくうちに俺の、おそらく卯月もイタリアンの気分の口になっていく。


 もちろん答えは出さなくちゃいけない。

 けど、ただの先輩と後輩という関係を楽しんでも良いよな。



**********



【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

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