第55話 誓い/ゲッシュ


 スプリガンの消滅と共に、地面に展開していた儀式陣も消え去った。

 雷の茨や周囲を覆っていた瘴気も消滅して、辺りに静寂が戻る。


「クロ……!」


 フルドライブを使い切ったあとだ。

 アガートラムは本来の輝きを失っていた。

 このままでは技を放てないだろう。

 だが、戦う必要はない。

 俺は変身を解除して、アガートラムを元の”場”に戻した。

 俺はクロを迎えるため、片足を踏み出して――――


「ぐっ…………」


 心臓が大きく脈打ち、膝から崩れかける。

 銀甲冑を装備している間は、一種の興奮状態にあって痛みすら忘れる。

 装備を解除すれば痛み止めの効果も切れる。

 激痛が襲い、全身から悲鳴が上がる。


 だが、こんなところで膝を折るわけにはいかない。

 スプリガンはただの障害物だ。

 目の前にいて邪魔だから殴り飛ばした。それだけの話。

 ここからが本番だ。

 確かに儀式陣は消え去り、瘴気も晴れた。


 ――――だが、”ヤツ”の気配はまだ消えていない。



「――――――――」



 クロは眠りに就いたまま、空中に体を浮かび上がらせていた。

 その目がゆっくりと開く。

 紅い双眸に宿るのは深い闇。底なしの黒色。


 見れば、クロの長くて黒かった髪から色素が抜けていた。

 抜け出た色素が形を成したかのように、クロの足下には黒い泥溜まりが広がっていた。

 泥溜まりの中から無数の触手が生まれ出でて、クロの足にまとわりついている。


 クロの背には、三日月のようなシルエットをした赤い後光が差している。

 足下に広がる無数の触手と真っ赤な三日月。

 その姿は神殿跡で見た魔神像そのものだった。


「シズ……っ!」


 クロと対峙していると、ダイアナが駆けつけてきた。

 体勢が崩れた俺の肩を支え、共に愛娘を見上げる。


「この気配……神降ろしの儀式は終わってるわ。クロの体には……」


「わかってる。俺も女神に造られたからな。同じ神力をクロから感じる」



「――っ、……――――ッ」



 魔神クロウ・クルワッハはクロの体を使って言葉を紡ぐ。

 たったひと言、言霊を発しただけで空気が震えた。

 本能が魔神に抗うことを拒絶する。


 だが、俺は頭を下げることなく顔を上げ続けた。

 正面からしっかりとクロの姿をこの目に捉える。



「――やっ、……――――ヤダッ。たすけ、て…………!」



 クロは真っ黒な目から涙を流して助けを求めていた。

 呪われた血の涙なんかじゃない。

 透明な涙の雫を流している。


 涙を流しているのは魔神なのか、それともクロなのか。

 魔神が何を伝えようとしているのか、俺にはわからない。

 わかることはただひとつ――――


「助けてやる。そう約束したもんな」


 俺は激痛が走る体に鞭打って、クロに近づいていった。


 泣いてる子供を見捨てて逃げるなんて選択肢はあり得ない。

 どんなことがあっても我が子を助ける。

 俺は己と家族にそう誓いゲッシュを立てたのだから。


「いや……っ。ひとりはやだっ。パパっ! ママぁっ! どこにいるのっ!」


 クロの悲痛な叫び。

 俺はクロに近づき、手を伸ばそうとして――――



「……っ!」



 クロと俺との間に、目には見えない障壁が立ちはだかった。

 神域結界。暴走した精霊力マナが生み出した力場か。


「邪魔をするなっ!」


 魔王軍の幹部だろうが、魔神の呪いだろうが関係ない。

 親子の再会を邪魔するなら乗り越えるだけだ。

 両開きのドアをこじあけるように両手を突き出して、見えない障壁を割り開く。


「家族の仲を切り裂こうとするヤツは、たとえ神さまだろうがワンパンで倒す!」


 クロは俺に手を差し伸べ、必死に助けを求めている。

 だから今すぐ駆けつけないといけない。

 力いっぱい抱き締めて、おまえの居場所はここだと伝えなくてはいけない。


「ぐぅ……っ!」


 神力を失った左腕の篭手アガートラムは、ただの鉄の塊だ。

 障壁に触れた途端、指先が焼けただれて鮮血が飛び散る。

 激痛が神経を焼き、脳がこれ以上の歩みを止めるように命令してくる。


「うるせぇぇっ!」


 俺は叫び、命令を無視した。

 恐れるものは何もない。

 伸ばした手は必ず希望に届くと信じている。

 なぜなら――――


「無茶ばかりするんだから。旦那を支える嫁さんの身にもなりなさい!」


 ダイアナが苦笑を浮かべて俺の隣に立った。

 俺もまたダイアナに苦笑を返す。


「俺の聞き間違いか? 誰が誰を支えてるって?」


「うっさいわね。いいから一緒にクロを助けるわよ」


「ああ。愛してるぜ、ダイアナ」


「ワタシもよ!」


 俺とダイアナは肩を並べ、二人で手を差し伸べる。

 障壁の向こうで孤独に涙を流している我が子に向かって。



「パパ……ママ…………っ!」



 クロの体は、足下に広がる黒い泥溜まりに飲み込まれそうになっていた。

 それでもクロは必死に手を伸ばし続ける。



「うおぉぉぉぉぉぉっ!」

「はあぁぁぁぁぁぁっ!」



 俺の中に残る神力と、ダイアナの精霊力マナをフル稼働させて障壁に干渉する。

 俺たち二人の手と、クロの指先が触れた。

 次の瞬間――――



 パリィィィィン――――!



 硝子が砕けたような音と共に障壁が崩れた。

 クロを飲み込もうとしていた泥溜まりも消滅し、場を支配していた力場もかき消えた。



「クロっ!」



 俺とダイアナは同時に飛び出して、浮力を失ったクロの身体を二人で抱きとめる。


「パパ……ママ…………」


「もう大丈夫だ。怖いオバケは俺たちが追い払ったから」


「ええ。だから安心しておやすみ。いい子、いい子……」


「うん…………」


 俺はクロに微笑みかけ、ダイアナが優しく頭を撫でる。

 クロは安心したように頷くと、静かに寝息を立て始めた……。



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 脅威は去った。次回、エピローグになります。


 ここまでお読みいただきありがとうございます。

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