第54話 ヒーローは絶対に負けない―――ッ!


「ハハッ! だから無駄だと言ってるでしょう!」


 スプリガンが黒曜石の指輪を鈍く輝かせる。

 すると、スプリガンの周囲に青い色の火炎球が生まれた。

 その数は10を超えている。

 青い炎は超高温の熱を宿し、さらには死の呪いが込められていると聞く。

 並みの精霊術士なら、ひとつ生み出すのでやっとだろう。


「見るがいい。新世界の神たるスプリガンさまの力を! 地獄の業火ヘルズファイア!」


 スプリガンが青い火炎球を放つ。

 狙いはもちろん、新世界の神に挑もうとする愚かな人間だ。

 だが、その人間は逃げる素振りを見せず、まっすぐスプリガンへ近づいていった。

 降り注ぐ青い炎の直撃を受け、それでも怯まず火の粉を振り払う。


 前へ、前へ。

 愚直に、一歩ずつ、前に――――!



「くっ! これならどうです! 深淵触手ディープワン!」


 スプリガンが指を鳴らすと、井戸の底から半透明の触腕が複数伸びてきた。

 触腕は俺の背中や腹、頭部を滅多打ちにしてくる。

 攻撃は止まらない。俺の歩みを止めようというのだろう

 巨大な触腕が先端から裂け、中から小型の触手が生えてきた。

 イソギンチャクのように無数に枝分かれした悪魔の指先が、俺の全身を包み込み――



「うぜぇ!」



 俺はその場で大地を踏みしめて、裂帛の気合いと共に触手を吹き飛ばした。

 水泡と化した触手の破片が周囲に飛び散り、一瞬だけ雨を降らせた。


「今の攻撃はよかった。仕返しが楽しみだ。やられたら300倍返しがウチの家訓でな」


 俺は呟きながら肩を回す。

 二桁ほど多い気がするが別にいいだろう。

 ダイアナとクロ、シスターにヨシュアくん、村の人たちを散々苦しめてきたんだ。3倍では物足りない。


「なぜだぁ!? どうして私の魔術が効かないのですか!」


 相対するスプリガンは、泡を食ったように連続で魔術を放ってきた。

 地獄の業火ヘルズファイアの乱れ打ちから始まり、毒霧ポイズンミスト精神汚染デスショックなんて嫌がらせのような攻撃も仕掛けてきた。

 

 だが、すべての攻撃を受けてなお、俺の歩みは止まらない。

 左の拳を握り締め、一歩一歩、スプリガンに近づいていく。



「コォォォォ…………」



 俺は呼吸を整え、暴走しそうになる神力を抑え込んだ。

 フルドライブは桁違いの神力を全身に張り巡らせることで、通常の600倍のパワーを出せる全力ぶん殴りモードだ。

 くだらない手品なんて、神力に触れただけで無効化できる。


 ただし、身体に掛かる負荷も桁違いだ。

 呼吸を行うだけで肺が潰れそうになる。

 だが、すでにその弱点は克服している。魔王を倒すために猛特訓した。

 勇者を辞めて田舎に引っ越そうが、身と心で会得した奥義を忘れるわけがない。


「な、なんですか、その輝きはッ!」


 フルドライブモードを目の当たりにしたスプリガンは、大きな眼球をギョロリと剥いた。

 指輪をはめた人差し指をガタガタと震わせて、俺の背後に宿る銀色の後光を指し示す。


「アア、わかる……ッ! 神の領域に足を踏み入れた今ならわかってしまう! その光、その力は――――」


「そうだ。太陽の女神スクルドは、義務と共存、そして”未来”を司る。己に誓いゲッシュを立て、誓約を守るほどにより力が増していく」


 俺はあふれ出る神力を抑え込み、左腕にエネルギーを集中させる。



「増幅した神力は銀色の光となって俺の内側に宿る――――未来を掴む希望になるッ!」



 左腕に集まった銀光――――

 未来を引き寄せる力が限界を超える。


「俺が放つ光は”未来”そのものだ! どんな状況からでも勝利できる”必勝因果”の概念神器。それこそがアガートラムの真の姿だ!」


「因果律の操作だとッ!? そんな馬鹿げた力があってたまるか! それではキサマに敵対したすべての存在は滅びる定めにあるではないかッ!」


「当たり前だろ? 俺は仮面の勇者アガートだ」


 俺は左腕を引き絞り、スプリガンに狙いを定める。




「ヒーローは絶対に負けないっ! それが”お約束”だからな――――ッ!」




「フザケルナアァァァァァ!!!!!」


 激昂し、魔神の力をその身に宿らせて襲いかかってくるスプリガン。

 黒く穢れた澱をまとい、鬼のような形相で迫ってくる。

 その姿は悪魔そのもの。

 だが、相手が神域に手を伸ばせば伸ばすほど、原初の存在に近づけば近づくほどアガートラムの威力は増す。

 アガートラムは、太陽の女神スクルドが鋳造した神殺しの拳。

 厄災の芽を刈り取るための、草薙のツルギなのだから!




「貫けッ! 神威の一矢ミストルティン――――――――ッ!!!!」




 ”必勝因果”の祝詞を紡ぎ、銀の左腕を突き出す!

 閃光が迸り、刹那――――



「グアアアアアアアアアア――――――――ッ!!!!」



 邪精王スプリガンは銀白の光に飲み込まれ、魂すら残さず消滅した。





 -------------------------------------------------------------------

 ここまでお読みいただきありがとうございます。

 読者さまの☆や作品フォローが創作の後押しになります。少しでも面白い、先が気になると思われたら、応援の程よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る