第53話 アガートラム・フルドライブ


「来てくれると信じてたわ」


「何度だって助けるさ。召喚されたあの日、おまえを護るって誓ったからな」


 ブーツにかけられた飛翔ワールウィンドの術を解除。

 俺は親指をグッと突き立て、愛する奥さんを抱き締める。

 駆けつけた際に足蹴にしたのが、邪精王スプリガンだろう。

 ダイアナは途中で俺の存在に気がついてたようだ。

 上手くスプリガンを挑発してくれたおかげで、死角から一撃をぶち込むことができた。

 不意打ちで吹き飛ばせたが、沼に足を突っ込んだような妙な手応えがあった。警戒は続けるべきだろう。


「シズ、クロとヨシュアくんが! 村の人も助けないと!」


「村は安心しろ。すでに避難を開始してる」


「さっすがウチの旦那さま。抜かりがないわね」


 村へ戻る途中、顔見知りの女性ハンターに声をかけて住人の避難誘導を任せた。

 村を襲おうとしたゴブリンもすでに討伐が開始されている。


「ヨシュアくんはダイアナに任せていいか? それと村に被害が出ないように結界を張ってくれ」


「わかったわ」


 ダイアナは杖を掲げて波乙女ニンフを呼び出した。

 瓦礫などが吹き飛んだ際に、変幻自在な水の膜でガードしてくれる。

 これなら派手に暴れても、村への被害が抑えられるだろう。


「待ってろ、クロ。パパが助けるからな……!」


 クロの体は儀式陣の中心、茨のような形をした黒い雷光の中に囚われていた。

 雷の茨は魔力が具現化したもので、触れるだけで相手の身を焼き焦がすだろう。


「そんなことはどうでもいい」


 俺は迷わず、躊躇わず、儀式陣の中心へ向かう。

 大切なモノを護るためなら、いくらでもこの身を焼こう。

 この身を犠牲にしてでも護りたいモノがある。

 そのために俺は勇者になると女神に誓ったのだから。


「おっと! それ以上近づいたら危険ですよ。火傷どころじゃ済みません」


 だがそこで、スプリガンがクロと俺の間に割り込んできた。

 浮遊の術を使って体を浮き上がらせている。

 背中に大穴が開いているが、そのキズが見る見るうちに塞がっていく。


「妙な手応えがしたが……おまえ、覚醒してるな?」


「ご名答! 私はすでに次のステージに立っている!」


 スプリガンは儀式陣から立ち上る黒い稲光を背に、両手を天高く掲げて勝利宣言をした。


「魔神クロウ・クルワッハの権能は、死と破壊、そして”過去”を司る! 魔神の力を吸収して神格を得た私は、不死身の体を手に入れたのです!」


「自分をアンデッド化させているのか」


 死者蘇生リビングデッドの魔術の応用だろう。

 単純な物理攻撃では、スプリガンを消滅させることはできない。


「さあ、どうします? 不死身の魔王にどう対抗するおつもりですか? 仮面の勇者アガート!」


「どうするもこうするもない」


 俺は銀のガントレットを構えて――――



「正面から殴り倒すだけだ!」



 明鏡止水の境地で呼吸を整え、丹田に”気”を集中。

 左手を天に掲げ、召喚呪文コマンドワードを叫ぶ!


「セットアップ! 神衣全力展開サモン・アガートラム・フルドライブ……ッ!」


 召喚呪文コマンドワードに応じて、左腕のガントレット――神器アガートラムに秘められた力が解放される。

 次の瞬間――――



「仮面の勇者アガート、参上ッ!」



 銀色に輝くフルフェイスアーマーが自動装着された。

 通常モードとフルドライブの違いは、リミッターである六枚はねを最初から全弾消費していることだ。

 リミッターを全開放することで、俺の身に宿る神力は桁違いに跳ね上がる。

 背中には銀色の光翼が生え、ご丁寧に尾翼まで生えていた。

 フルドライブモードを初めて披露したとき、ダイアナは俺の姿を見てこう称していた。


 伝説に謳われた銀竜アガートラムが降臨した、と――――

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