第52話 ワタシの勇者さま-SIDE:ダイアナ



「それでは儀式の続きといきますか」


 スプリガンは浮遊の術を使い、クロの身体を空中に浮かび上がらせた。

 すると、クロの体を中心にして儀式陣が展開。赤黒い瘴気が周囲に立ち上った。

 見たことのない血の色の神聖文字が描かれているが、場の精霊力マナの乱れで直感的に理解する。

 自然の象徴でもある精霊力マナを穢す、闇の精霊術だ。


「まずは前菜といきましょう」


 スプリガンが指を鳴らす。

 次の瞬間、黒い稲光がワタシの体を包み込んだ。


「きゃあぁぁぁ……っ!」


「フフッ。さすがは霊王の娘。良質なマナをお持ちだ」


「うっ……意識が…………」


 力が抜けていく……ワタシの精霊力マナが吸われている……っ。


「見えますか神の子よ。アナタのママが苦しんでますよ?」


「まま…………」


「クロ…………」


 スプリガンの呼びかけにより、クロが目覚める。

 意識がまだ朦朧としているのだろう。

 クロはうわごとのようにワタシの名前を呟き、ゆっくりと手を伸ばして――


「苦痛に歪むママの顔、もっとよく見なさいっ!」


「ぐぅぅぅっ!」


「ママっ! ママッ!」


 ワタシは歯を食いしばって痛みに耐える。

 クロはそんなワタシへ必死に手を伸ばし、目に大粒の涙を溜めた。


「待ってて! ママはクロが護るから……!」


 クロの叫びと共に、周囲に漂う瘴気の濃度が上がった。

 より強い魔力が儀式陣の中心部に集まっていく。


「素晴らしき親子愛ですねぇ。ワタクシ、涙で前が見えません」


「……っ! ダメよ、クロ。いま力を使ったら……!」


 目の前でワタシを苦しめ、クロに魔力を使わせるのがスプリガンの狙いだ。

 スプリガンは呪文を唱え、場に溜まった魔力目がけて指輪を掲げる。


「時は来た! いと慈悲深き神の一柱。月と死の番人、偶然と変化、罪と過去を司る運命の女神ウルドよ。影の国より現れ出でて裏返れ。不浄なる泥の澱みで世界を満たし給え――――冥界門アビスゲート!」


 スプリガンの呪詛により、儀式陣から黒い雷光が迸る。

 雷光は消えることなく、まるで薔薇の茨のようにクロの体にまとわりついた。


「うぐっ、ああぁぁっ!」


「クロっ!」


 次の瞬間、クロの体から黒い雷光が迸った。

 雷光は消えることなく、まるで薔薇の茨のようにクロの体にまとわりつく。


 クロは魔神の力を受け止めるための触媒だ。強すぎる魔力はクロの身体と精神を蝕む。

 だが、指輪の力で魔力を横から掠め取るスプリガンは、涼しい顔で笑顔を浮かべているだけだ。


「はははっ! 素晴らしい。指輪を通じて流れてきますよ。大いなる神の力が!」


「このゲスが……っ!」


「はははははっ! いいですよぉ。その顔。小生意気な小娘が絶望と屈辱にまみれる、その顔が見たかった!」


「うぅぅ…………っ! ママぁ……っ!」


「幼い子供が泣き叫ぶ姿も実に愉快ですねぇ! もっと私を恨みなさい。アナタが怒り、嘆き、悲しむほどに魔神の力はより強さを増すのです!」


 クロの悲痛な叫びが広場に木霊する。

 地獄のような光景の中、スプリガンは拍手をしながら悦に浸っていた。


 まただ。

 ワタシの目の前で、また大事な家族が失われようとしている。

 運命の女神さまは、どうしてワタシから家族を奪うのか。


「両親を殺めたのは早計でしたね。人間は絆とやらを大事にする。神子を追いこみ、負の感情を高めるには家族をなぶるのが一番です。弱い者を虐めるのは私も愉しい。愉しいは正義! 何物にも代えがたい至高の道楽! オォ、神よ! 世界は美しい!」


 スプリガンの演説は最高潮を迎える。舞すら踊ってみせた。

 もはや自分に敵はいない。そう勘違いしているからこその歓喜の舞だった。


「そうだ! こんなところで終わってたまるか! 私はゴブリンキング、スプリガンさまだ! 魔神の力を手に入れ、この世のすべての財を奪い尽くしてやる! 私が今日から新たな魔王だ! 祝え! 魔王スプリガンの誕生をッ!」


 スプリガンは小気味よいリズムで指を何度も鳴らす。

 すると周囲を漂っていた瘴気が人の形へと姿を変え、ワタシの首に手を伸ばしてきた。


「ぐぅ……!」


「どうですか? 神子が生み出した影法師の魔物シャドウストーカーを真似てみました。褒めてくださいよ。初めての生物錬成にしては上出来でしょう?」


「誰が……っ! 借り物の力で猿真似をしてるだけじゃない」


 ワタシは影法師の魔物シャドウストーカーに首を掴まれながら、それでも啖呵を切ってみせる。


「ドロウプニルの指輪だって、城が落ちた時に宝物庫から持ち出したものでしょ。戦いにも参加せず火事場泥棒に精を出していたなんて、魔王軍の幹部も地に落ちたものね」


 満身創痍。マナ喰いの影響もあり、指先も動かせない。

 けれど口は動く。頭もよく回る。


「そっか。能なしの臆病者だから前線に出させてもらえなかったのね。本当、生きているだけで残念賞だわ。存在するだけで空気がもったいない。その汚い口を閉じて窒息してくれないかしら。葬式なら任せて。その醜く肥えた脂ぎった体を跡形もなく燃やしてあげるから」


「この期に及んで強がりとは……」


 スプリガンは眉間に皺を寄せ、口元を引きつらせながらワタシに詰め寄ってくる。


「いいでしょう。それならお望み通り、私の手でくびり殺してさしあげますよ!」


「ぐうぅ……っ!」


 激昂したスプリガンは影法師の魔物シャドウストーカーを消滅させたあと、自らの手でワタシの首を絞めてきた。


 ああ、そうだ。と同じだ。

 嘆いていても何も始まらない。

 とっくの昔に、弱い自分とは決別したんだ。

 諦めなければ、信じていれば希望はきっと訪れる。

 ワタシは心の内側のマナを燃やし、スプリガンを睨み付けた。


「くたばるのはアンタの方よ!」


 刹那。民家の屋根の上から銀の閃光が急降下。



流星銀光脚シャイニングメテオキック――――――――ッ!!」


「なに――――グアアアアアアァァァァァッ!!!!」


 背後を振り返る余裕すらない。

 急降下キックを食らったスプリガンは、背中から黒い血をまき散らして断末魔の叫びをあげた。


 本当にと同じだ。

 違いがあるとしたら――



「シズ――――っ!」



「待たせたな!」



 信じる信じないではない。

 彼が――――ヒーローが助けに来てくれるのは確定事項。

 ワタシの勇者さまは、いつだって、どこだって、ワタシの笑顔を護るために駆けつけてくれるのだから。





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 ダイアナ視点はここまで。ヒーローは遅れてやってくる! 次回からシズのターンです。


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