第51話 絶望の淵-SIDE:ダイアナ

 

 鉄の槍を前方に構えて、ゴブリンに突撃チャージ攻撃をしかけるヨシュアくん。

 ゴブリンたちは回避行動を取ろうとするが……。


「泥よ、彼の者らの足を捕らえよ! 土小鬼と波乙女の喧噪クリエイト・マッドネス!」


 ワタシは地面を一瞬で泥沼に変化させて、ゴブリンたちの動きを止めた。

 ヨシュアくんはその隙を見逃さず、必殺の一撃を見舞う。


「てりゃぁぁぁぁ!」


「グギィッ!?」


 哀れ。ゴブリンたちはヨシュアくんの槍の餌食となった。


「大丈夫ッスか!?」


 ゴブリンを退治したヨシュアくんは槍を構えたまま、ワタシの方へ駆け寄ってくる。


「ありがとう。おかげで助かったわ。でも、よくゴブリンがいるってわかったわね」


「実は今朝からシスターの姿が見えないって子供たちが騒いでまして、村を見回ってたんス。そうしたら怪しい馬車がダイアナさんちに向かうのが見えて」


「そうだったの……」


 スプリガンはシスタークレアの名前を知っていた。

 今朝から姿が見えないということは、おそらく……。


「悪い方に考えちゃダメっ!」


 ワタシは頭を振って、ヨシュアくんにクロを任せることにした。


「クロをお願い。村人と一緒にできるだけ遠くへ逃げて。魔王軍の残党が襲ってきたわ」


「魔王軍がっ? あわわわわっ!」


 ヨシュアくんは慌てた様子でその場で二回転したあと、パシンっと自らの頬を叩いた。


「しっかりするッス! 村を護ると自分自身に誓ったはず!」


 ヨシュアくんは気合いを入れ直すと、両腕でクロを抱きかかえた。


「クロちゃんはオレが護るッス!」


「頼むわね」


 ヨシュアくんはやれば出来る子だ。

 日頃から鍛錬を欠かしておらず、足も速い。

 風の精霊術でサポートすれば、安全に遠くまで――


「おやおや。大事な魔力炉を何処に運ぼうとしているのですか?」


「早く行って! 飛しょ――ワールウィン――


 後ろを振り返るまでもない。

 スプリガンが追ってきたのがわかる。

 ワタシは短縮詠唱術で高速移動用の精霊術をかけようとして――――


石化ペトリフィケーション


 短縮詠唱術を唱え終えるより先に、スプリガンが指を鳴らした。

 次の瞬間、ヨシュアくんの下半身が灰色に染まる。


「う、うわぁっ! なんすかこれっ! 足が動かない……ッ!」


「無理に動いちゃダメっ! 石化の魔術よ!」


「ふむ。石化したのは下半身だけですか。魔術の制御が甘くなっていますね。忌々しい」


 浮遊の術を使っているのか、姿を現したスプリガンは音もなくヨシュアくんの背後に回った。


「この状態で少年の背中を押したらどうなるでしょうか」


「やめて!」


 石化の魔術はヨシュアくんの足下にも広がっていた。

 下半身が地面と一体化しているようなもので、まったく身動きが取れずにいる。

 けれど、逆にそれでよかった。

 体だけが石化した状態で地面に倒れたら、ヨシュアくんは粉々に砕け散っていただろう。


「ううぅ……すんません。オレ、オレ……っ!」


「いいのよ。ヨシュアくんは全力を尽くしてくれたわ」


「フフフッ。向こうの連中とは違い、聞き分けがいい人間たちですね」


 ヨシュアくんを人質に取られ、ワタシも身動きが取れずにいた。

 抵抗する意志がないことを確認すると、スプリガンはヨシュアくんからクロを奪った。

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