第50話 命乞いの言葉を聞かせろ-SIDE:ダイアナ


 慌てて駆け寄りその小さな体を抱き締める。

 だけど、シスターのように回復の奇跡を使えるわけでもない。

 エイラみたいに薬を調合できるわけでもなくて……。


「お困りのようですね、奥さん。お手伝い致しましょうか」


「ふざけないで。誰が魔物の手なんて借りるものですか」


「おお怖い怖い。フフフッ。噂通りのお転婆だ」


 スプリガンは大げさに肩を揺らすと、愉しそうに口元を歪めた。

 実際、慌てふためくワタシの姿を見てあざ嗤っているのだろう。反吐が出る。


「ですが、ゴブリンの忠告は素直に聞いておくものですよ。そのまま放っておいたら、神子の体は魔神の力に耐えられず死滅します」


「なんですって!?」


「類い希なる精霊力マナをその身に宿しているとはいえ、所詮は人間の子供ですからね。未成熟な肉の器では魔神の力を御しきれない。神子として育てられたアナタならわかるはずだ」


「それは……」


 初めてクロと会ったときから、ワタシの中にある精霊術師としての”感”がざわめいていた。

 クロもワタシと同じ特異体質だ。

 内側に宿す強い精霊力マナを持てあましている。


 ワタシは、精霊術の扱いに長けていたプラジネット霊王朝れいおうちょうの生まれだ。

 長年の精霊術研究の成果もあり、精霊力マナを制御するすべを心得ている。


 だけどクロは違う。

 強力な精霊力マナを制御しきれず、自分の身を焦がし続けていた。

 クロの足下から生まれ出た黒い影の怪物も、暴走した精霊力マナが形を成したものだろう。


「アナタが仰る通り、ドロウプニルの力で神子の体に宿った魔神の力を封じていました。私に支配権が移る前に暴走されたら敵いませんからね」


 スプリガンはそう説明しながら、胸にぶら下げた魔神のタリスマンを愛おしそうに撫でる。


「神殿を利用して魔神の力を降ろしたまではよかったんですが、力を安定化させている間に瘴気が漏れ出しましてね。地竜アースドラゴンの屍が蘇り……」


「そんな話はどうでもいいわ……」


 ワタシはクロを抱きかかえたまま、杖なし無詠唱で竈から火蜥蜴サラマンダーを召喚。


「ここはワタシたちの家よ。出て行きなさいッ!」


 スプリガン目がけて、問答無用で火炎球を放つ!

 だが――――


「情熱的な奥さんだ。自らの家に火を放つとは」


 スプリガンはニタリと口元を歪めると、黒曜石の指輪を火炎球に向ける。

 次の瞬間、火炎球が指輪に吸収されてしまった。


「言ったでしょう? 話は最後まで聞くようにと。ゴブリンは鼻が利きますからね。金脈の在処を教えてくれるかもしれません。この家、ローンがまだ残っているのでしょう?」


「余計なお世話よ。アナタの口から聞きたいのは命乞いの言葉だけよ」


「あーれー、おたすけー。フフッ、これでご満足ですか?」


「いちいち癪に障るわね」


「お褒め頂き恐悦至極」


 スプリガンはカチカチと爪を打ち鳴らして、小さな炎を指先に灯らせた。

 あの指輪は吸収した精霊力マナを自分の力にできるようだ。


「娘さんを助けたい気持ちはアナタと同じです。魔神の力をこの指輪で吸い上げれば、彼女の命を救えるのです。誰も傷つかず、誰も不幸にならない。ね? 悪い話ではないでしょう」


「クロの命を救える……」


「ママ……ぱぱ…………」


 高熱で意識が朦朧としているのか、クロはワタシたちの……家族の名前を呟いて上着を掴んできた。

 ワタシは無力だ。

 目の前で苦しんでいる子供の手を握り締めることしかできない。


「さあ、神子をこちらへ」


 スプリガンは指先に灯した炎を消して、手招きしてくる。

 ワタシはその場から一歩も動かず、スプリガンに問いかけた。


「……ひとつ訊かせて。クロの両親が見つかったという話は本当なの?」


「嘘ではありません。挨拶をしたのは一ヶ月前になるでしょうか。神子の素質を持った子供がいるとのことで、人間に擬態して村に潜入したのですが……」


 スプリガンは細長い指で、愉悦に歪みきった醜い口元を隠した。


「いやぁ、アレは傑作でしたねぇ。彼女のご両親は最後まで私を神官だと信じ切っていましたよ。あまりにも間抜けなんで……フフッ。頭からガブリと食べてしまいました。私の部下もお腹を空かせていたので、村ごと焼いてバーベキューパーティーをしたんですよ。ああ、もちろん。お残しはしていませんよ。皮までスタッフが美味しく頂きました」


「…………」


「目の前で村を焼かれたのがショックだったのでしょうねぇ。神子はそれまでの記憶を失い、心を閉ざしてしまいました。ですが、無意識下に私たちを敵と認識していたのでしょう。儀式の最中、蘇らせた地竜アースドラゴンをけしかけてきたのです」


 スプリガンはそこで胸に下げたタリスマンを愛でて、天ではなくて”地”に感謝を捧げる。


「ですが、これも魔神の思し召しでしょうねぇ。私たちが手を下さずとも地竜アースドラゴンは滅び、神子とも再会できた。アナタの旦那さまにもお礼を。そうだ。今度の祭日、バーベキューでもご一緒に――――」


「もういい」


 スプリガンの話を聞いて腹が決まった。

 クロの両親が彼女の帰りを待っているかもしれない。

 そんな期待は泡となって消えた。

 クロの居場所はこの腕の中だけだ。

 シズとも約束した。ワタシ自身にも誓った。

 この子を必ず護ると。

 だから――――


「最後にもうひとつだけ質問いいかしら?」


「なんなりと」


精霊力マナは万物に宿る命の輝きよ。生命力や、魂そのものと言い換えてもいい。その精霊力マナを吸い尽くされたらこの子はどうなる?」


「生きる力を失うでしょうねぇ。物言わぬ廃人と化すか、肉体が耐えられず衰弱していくか。ですが、命は助かりますよ?」


 スプリガンは黄色い歯を見せて、ニタリと嗤った。


「よかったですねぇ。物言わぬお人形で、おままごとの続きができるじゃないですかッ!」


氷の槍アイシクルランスッ!!」


 これ以上の問答は必要なかった。

 ワタシは氷の槍を生み出して、スプリガンを射貫く。


「おっと」


 スプリガンは指輪を掲げて、氷の槍の支配権を奪った。

 制御を失い、空中で砕け散る氷の槍。

 だが、ここまでは想定済み――――!


水煙りミラージュミスト!」


 ワタシは砕けた氷を蒸発させて、濃霧を作り出した。

 光の屈折率を調整してあり、霧に包まれた相手は前後が不覚となる。


「マジックショーですか? この程度の霧、すぐに晴らしてさしあげますよ!」


 スプリガンは黒曜石の指輪を鈍く光らせた。

 霧が煙る中、相手からはワタシが見えない。

 けれど、ワタシからスプリガンの位置はわかる。


「今よ、アイツの指輪を溶かしなさい! 時金鳴グレムリンタイマー!」


「むぅっ!?」


 ワタシの指示を受けた犬顔の小人――金の精霊グレムリンが、スプリガンの指輪に触れた。

 次の瞬間――――



――――ビキッ!



 指輪にはめ込まれた黒曜石にヒビが入る。


 時金鳴グレムリンタイマーは、貴金属を腐食させる金の精霊術だ。

  マナ喰いの指輪であるドロウプニルは、1度に1系統の精霊力マナしか吸収できない。

 最初に水属性の精霊力マナを吸収させ、根詰まりを起こしたところで時金鳴グレムリンタイマーを使用。指輪を腐食させたのだ。


「おのれぇっ! 小娘がっ!」


 虎の子の指輪を失ったことで頭に血が上ったのだろう。

 スプリガンは蠅を追い払うように手を振って、金の精霊グレムリンを遠ざけようとする。

 その隙に、ワタシはクロを抱えて家の外へ飛び出した。


「今のうちに村人を避難させないと!」


「ゲヒヒヒッ!」


 家の外に飛び出したところで、ゴブリンたちが行く手を遮った。

 近く停めてあった馬車に隠れ潜んでいたんだろう。


 ゴブリンが相手なら苦戦はしない。

 けれど、今はクロを抱きかかえている。

 高威力の精霊術を使うと村にも被害が及ぶ。

 ゴブリンたちは村の被害なんて気にせず大暴れできるが、こちらはそうもいかない。

 こういう時、接近戦タイプのシズや、弓兵でもあるエイラがいてくれたら助かるのだけれど……。


「だからこのタイミングで訪ねてきたわけね」


 シズが不在のときを見計らっていたのだろう。

 悪巧みが得意そうなスプリガンの考えそうなことだ。

 だけど――――


「人間を甘く見過ぎよ」


 ワタシには見えていた。

 馬車から降り立ったゴブリンたち。その背後から迫る”疾風”の姿が。


「疾風怒濤のナイトフェンサー・ヨシュアさまのお通りだぁぁぁっ!」





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