エピローグ

第56話 すべて世は事もなし……?


 スプリガンの襲撃から2日が経過した。


 地元ハンターの協力もあり、村の被害は最小限に食い止めることができた。

 夢のマイホームはスプリガンとの戦闘によって半壊したため、立て直した方が早いという結論に至った。

 立て直しの費用は、スプリガンを討伐した際に出た懸賞金で賄った。

 当面の生活費を引いた残りの金は、村の復興費用に充ててもらうことにした。

 そのおかげもあって、村の大英雄だなんて持ち上げられまくったが……今さらなので好きに言わせておくことにした。


 マイホームを立て直している間、俺とダイアナは孤児院の一角を間借りすることにした。

 そして、クロは――――



■□■□■□■□



「おイモおいしーーー!」


 クロは孤児院の子供たちと仲良く食卓を囲みながら、美味しそうに吹かし土鬼芋ノムイモを頬張っていた。

 長かった黒髪を髪留めでまとめており、動きやすそうにしている。


 前髪にはメッシュを入れたように一房だけ白髪が生えていた。

 ダイアナが言うには、魔神の魂に触れた時の後遺症だという。

 神子であるクロが宿していた無辜むこなる精霊力マナの一部が、魔力に冒されたのだ。


「おかわり!」


 けれど、クロはそんなことは関係ないとばかりに土鬼芋ノムイモを平らげる。

 俺は苦笑を浮かべながら、できたての吹かし土鬼芋ノムイモをテーブルに置いた。


「みんなもジャンジャン食べろよ~。おかわりはいくらでもあるからな」


「は~い!」

「は~い!」


 俺が呼びかけると孤児院の子供たちは元気に手を上げて応えた。

 クロも一緒になって手を上げている。この数日ですっかり仲良しだ。

 そんな平和を象徴するような光景を、エイラは壁に背をつけて腕を組みながら眺めていた。


「イモを口いっぱいに頬張りながら笑顔を浮かべる子供たち、か。実に素晴らしい光景だ。この笑顔を護るためだったら、いくらでも命を張れるというものだ。なあ、兄弟」


 エイラは無駄に格好つけた物言いで俺に話を振ってきた。


「誰が兄弟だ。おまえがそういうことを言うと別の意味に聞こえるから黙ってろ」


 俺がエイラにジト目を向けると、子供たちに水を配っていたシスター・クレアが柔和な笑みを浮かべた。


「ふふっ。シズさんとエイラさんは仲良しさんなんですね」


「かつての旅の仲間でして」


「ロリコン仲間でもあるぞ。なあ、兄弟」


「だからおまえと一緒にするな!」


「何を言う! シズだって年下のダイアナを嫁に迎えただろう。言い逃れはできないぞ!」


「きちんとこの国の法律を守ってるからセーフだ! やましいことをした覚えは少ししかない!」


「少しはあるのか……」


「ふふっ。本当に仲良しさんですね」


 俺とエイラの漫才を、シスターは楽しそうに笑顔を浮かべて眺める。


 遺跡の奥で保護されたシスターは、この数日で心身ともに回復していた。

 シスターはゴブリンに襲われたことも忘れていた。

 恐怖よる一時的な忘却ではない。クロの魔術によって、心と体の時間を巻き戻したのだ――――



■□■□■□■□



 遡ること2日前。

 スプリガンを倒して、クロを保護したあとの出来事だ。


 エイラはシスターを連れて、無傷のまま村に戻ってきた。

 エイラの心配はしていなかったが、シスターの容体は深刻だった。

 スプリガンに心と体を犯され、体内に宿る精霊力マナも乱れまくっていた。

 このままだと良くて寝たきり状態。最悪の場合、廃人と化す可能性もあった。


 重い空気が漂う中、目を覚ましたクロはシスターを前にしてこう言ったのだ。


「クロ。シスターのキズを癒やせるよ」


 目を覚ましたクロは言動がしっかりしており、基礎的な精霊術や魔術を扱えるようになっていた。

 クロがシスターに施したのは【魂魄回帰マナ・リバース】という、魂を操る魔術だった。

 シスターが使う治療ヒールの加護は聖神ベルドに祈りを捧げることで、対象の自然治癒能力を高めるものだ。

 失われた四肢を修復することはできないし、精神面でのケアは別の奇跡が必要となる。


 だが、魂魄回帰マナ・リバースは対象の魂に書き込まれた”生命の情報”に直接働きかけ、身体的、精神的状態を一定期間分だけ巻き戻すことができる。

 ただし代償として、時間が巻き戻るまでの記憶と経験、抱いた感情まで失ってしまう。


 メリットとデメリットを秤に掛けて検討した結果、シスターの記憶を元に戻すことにした。

 シスターがゴブリンに襲われたことを知っているのは、俺とエイラだけだ。

 上手く話を合わせれば誰も不幸にならずに済む。嘘も方便だ。

 結果、シスターの記憶は『俺が子供たちに紙芝居を見せて周囲に不審者がいると心配していた日』まで戻っている。


 クロが魂魄回帰マナ・リバースの魔術を使えるようになったのは、儀式によって魔神の魂を宿したのが原因だ。

 魔神が司るのは死と混沌だけではない。時間の軌跡である”過去”も司る。

 俺がスクルドの加護で未来を掴むように、魔神の力でシスターの”過去”を操作したのだろう。

 魔術を操れるようになったとはいえ、クロはまだ幼い。

 以前のように魔力を暴走させる危険性もあったが……。



■□■□■□■□



「魔力は上手く抑えられているようだな」


 エイラはクロの様子を窺いながら、髪留めの効果で魔力が抑えられているのを確認していた。


 クロが身につけている髪留めは、ドロウプニルの指輪を加工して作ったものだ。

 指輪の力でクロの体からあふれ出る魔力を吸収。

 余剰魔力を定期的に放出することで暴走を防ぐ効果が期待できる。


「魔力そのものは純粋な力の塊に過ぎない。悪意をもって他人に向けなければ問題ないだろう」


「クロがゴブリンを殺した時のことを言ってるのか?」


「そうだ。一度目は無自覚に。二度目は自覚的に影法師の魔物シャドウストーカーを操った。スプリガンからダイアナを護ろうとしてな」


 俺の問いかけにエイラは頷く。

 それから子供たちに聞こえないような囁き声で続きを口にした。


「あまりの可愛さに目がくらんでいるようだが、クロも一人の人間だ。意志を持っている。子供だからと甘やかし過ぎると、いつか後悔する日が訪れるぞ」


「そうだな……」


 心のどこかで、クロを人形のように思っていたのかもしれない。

 いい子であるクロが他人に危害を加えるわけがないと。

 だけど、クロだって人の子だ。

 感情が爆発して、思いもよらない行動を取ることだってある。


「というわけで、おやすみからおはようまで私がクロを見守ろう。おまえはお役御免だ。ダイアナとイチャついているといい」


「おまえに任せるのが一番危険だよ! イモを喰ったらとっとと宿屋に戻れ!」


「シスターを護り抜いたらクロの頭を撫でさせてくれると約束しただろう! まだ報酬は貰ってないんだ。せっかくだから他の子ともイチャイチャしたい!」


「年端もいかない子供たちの間にムチムチボディのエロエルフが混ざるとか、恐怖映像でしかないからマジでやめろください」


 エイラは別の意味でモンスターより危険だ。

 クロから遠ざけたいところだが、しばらくは一緒に過ごすことになるだろう。


 安全を考慮するなら、クロを連れてエルフの森へ戻るのが正解だ。

 だが、エイラは見て見ぬ振りを決めた。

 曰く、魔神の力を押さえ込めるのは、同じく神の力を宿した俺だけだ。

 無理に引き離すより、俺のそばに置いた方が安全だろう。

 自然の守護者であるエルフの代表として、これからも近くで監視を続ける。

 いやぁ~お仕事辛いなぁ~。クロたんの笑顔で今日もおイモが美味い!

 ……とか何とか。


「大皿、通りま~す」


 俺がヘンタイの魔の手から子供たちを護っていると、厨房からダイアナの声が聞こえてきた。



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 次回、最終回になります。ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

 最後までお楽しみいただけると幸いです。

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