第46話 地下神殿を覆う怨嗟


「シズ。その年増から離れろ」


 隣で様子を窺っていたエイラが白亜の弓矢を召喚。

 シスターに狙いを定める。

 俺は慌ててシスターを背中に庇い、エイラと対峙した。


「おいっ! 何を血迷ってるんだ。いくら自分の趣味じゃないからって」


「アホ。そこの年増をよく見てみろ。マナが黒く染まっている。魔術で操られているぞ」


「なんだって!?」


 俺が後ろを振り向くのと、右腕に痛みが走ったのはほぼ同時だった。

 反射的に身をかばい、シスターと距離を取る。


「チッ! 仕留め損ねましたか」


 シスターは悪態をつくと、後方へ大きく飛び退いて距離を取った。

 俺の血で染まったナイフを手の中でクルリと回し、自らの首元に押し当てる。


「動かないでくださいねぇ。おかしな真似をすればこの女の命はありませんよ」


「くっ……!」


 俺は右腕の切り傷を抑えながらシスターと対峙する。

 声や姿はシスターのままだが、明らかに態度が違う。

 エイラの言う通り、何者かに操られているのだろう。

 王城でワーウルフに襲われた時のことを思い出す。

 またもやハニートラップを仕掛けられるとは。俺はかなりのスケベ顔らしい。


「そこのエルフ、武器を捨てなさい」


「エイラ。頼む」


「……仕方ないな」


 俺は両手を上げてエイラに目配せをした。

 エイラはため息をついて、持っていた弓をシスターの足元へ放り投げた。


「素直でよろしい。もう少し遊べると思ったのですが、余興はここまでと致しましょう」


 シスターは弓を壁際まで蹴飛ばしたあと、首筋にナイフを当てたまま空いた左手を掲げた。


「深淵に住まいし大いなる神、クロウ・クルワッハの名において命じる。長き眠りから目覚めよ、死霊ども! 死者蘇生リビングデッド!」


 シスターが言霊を紡ぐと、祭壇の床に描かれた儀式陣が赤く光った。

 次の瞬間――――



 オオオオオオオオ――――――――ッ!



 周囲に木霊する怨嗟の嘆き。

 足元に埋葬されていた骸の山から、黒い霧が噴き出した。


「瘴気が噴き出している……! シズ、口を塞げ!」


「動くなと言いましたよねぇ!」


 エイラがマントで口を塞ごうとすると、シスターが激昂した。

 首にナイフが押し当てられて鮮血がこぼれる。

 シスターの命を奪うことに躊躇いはないようだ。

 俺もエイラも動きを止めた。


「ぐぅ……っ!」


 口を塞ぐことができず、瘴気が肺を満たしていく。

 まるで喉の内側に布を当てられたかのようだ。

 会話するどころか、呼吸もままならない。

 まずい。意識が朦朧としてきた……。


「さぁて、仕上げをご覧じろ。立ち上がりなさい。我が下僕しもべたちよ」


 シスターの呼びかけに応じ、骸の山から無数の骸骨兵が這い出てきた。

 あっという間に俺たちを取り囲む。

 エイラは咳き込みながら、忌々しげに骸骨兵を睨みつけた。


死者蘇生リビングデッドの魔術だと? やはり魔神の召喚に成功したのか……」


「どういうことだ……?」


「魔神は死と破壊、そして”過去”を司る。遺骸に残った怨念を魔術によって呼び覚まして、意のままに操ることができるんだ」


 エイラは一度呼吸を整え、今度はシスターを睨み付けた。


「だが、死者蘇生リビングデッドは魔王ですら扱いきれなかった禁術だ。一介の魔物がそんな大魔術を行使できるとは思えない。魔神の力を借りれば別だがな」


「その通り! 闇の深淵を覗き込んだ私の魔力は、今や魔王すら凌駕する!」


 エイラの指摘に、シスターは愉悦混じりに口元を歪めた。

 まるで他人の欲しがる玩具を見せびらかす、性悪な子供のように。


「もっとも、手に入れたのは力の切れ端にすぎませんがね。神殿の防衛機能が働き、儀式が中断されてしまいましたから」


「神殿の防衛機能……アースドラゴンか!」


「私も驚きましたよ。朽ち果てていたはずのアースドラゴンの亡骸が神子を護ろうと復活したのですから。おかげで死者蘇生リビングデッドの術式に関する知見を得られたので良しとしましょう」


「なるほどな。だいたいわかった」


 シスターの言葉を受けて、エイラは人差し指を天井に向けて頷く。


「クロの身に宿った魔神の力が溢れて、アースドラゴンを復活させたわけか。魔神は魔物どもが崇める神。アースドラゴンは主神を護ろうとして大暴れしたわけだ」


「その通り。我々も手をこまねいていましたが、そこにいる勇者の手によってアースドラゴンは駆逐された。改めて礼を言いますよ、仮面の勇者アガート」


「へぇ。俺のことを知ってるのか、あんた」


 俺は魔王を暗殺した影の勇者だ。

 だが、その正体を知る魔物の数は多くない。

 俺が変身した姿を目撃した次の瞬間、相手は聖なる銀拳で打ち倒されるからだ。

 ほとんどの魔物は、パヴァロフの王様が担ぎ上げた”勇者軍”の指揮官を勇者だと誤認している。

 それなのに、勇者と名指しして俺の顔を指差すとは。

 俺の疑問を受けて、エイラはシスターを睨み付けながら口を開く。


「周囲から感じられるのは死霊の気配だけだ。聖職者を洗脳し、なおかつ長遠距離から操っている。それほどの魔術を行使できるゴブリンは、世界には一匹しかいない」


 エイラは天井に向けた人差し指をシスターの足下――――影法師に向けて叫んだ。


「キサマ、邪精王じゃせいおうスプリガンだなッ!」


「ククッ。ご名答」


 シスター……いや、彼女を操る魔王軍の幹部、邪精王スプリガンは肩を揺らして笑う。


「私の正体を見抜いたところで状況は変わりませんよ? アナタたちは袋の鼠です」


 ガチガチとシャレコウベを揺らしながら迫る骸骨兵。

 退路は完全に塞がれた。


「そこにいるのは歴戦の兵士の骸と、アースドラゴンの牙を混ぜて作り上げた竜牙兵です。倒すには骨が折れるでしょうねぇ」


「それは冗談のつもりか。笑えないな」


「おっと失礼。私も舞い上がっているようです」


 シスターを通してスプリガンを睨み付けるが、正直言ってピンチだった。

 部屋の中には瘴気ガスが充満している。

 吸い込むだけでマナを削られる厄介なガスだ。

 シスターは操られているだけでまだ生きてはいるが、瘴気を吸い込み続ければ長くはもたないだろう。

 エイラも状況を悟っており、忌々しげな視線をスプリガンに向けた。


「こちらが抵抗しようがしまいが、シスターの命を奪うつもりだったのか」


「フフフっ。その通り。死は救済であることを、ベルドの信者に身を以て味わってもらおうと思いましてね」


「この外道が!」


「お褒めいただき恐悦至極」


 スプリガンは慇懃無礼な態度で頭を下げると、下卑た笑みを顔に貼り付けた。


「時間稼ぎはここまでと致しましょう。汝らに魔神の祝福を。もがき、苦しみ、己の愚かさを悔いながら、仲良く永久の眠りについてください」


「くそ……っ!」


 迫る竜牙兵。瘴気は俺たちのマナを刻一刻と削っていく。

 シスターが操られている以上、こちらからは手を出せない。

 だが――――


「そうだな。時間稼ぎはこれくらいでいいだろう」





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