第45話 深層/真相


「人の骨……か?」


「獣の骨もあるぞ。これはエルフ……ドワーフもいるな。人、亜人、獣の区別なく、命あるものを冒涜して儀式に使用したんだろう」


 エイラは唾棄するように眉をひそめながら、祭壇から数歩離れて全体を俯瞰した。


「ゴブリンの中にシャーマンがいただろう? そいつが儀式を行っていたんだ。床に描かれた儀式陣の内容からして、魔王クラスの強大な存在に呼びかけていたようだ」


 祭壇の周りには赤黒いインク……血文字の儀式陣が描かれていた。

 内容は暗くてよくわからない。理解もしたくない。


「見てわかる通り、この場所にはが澱みとして溜まっている。魔神は死と破壊、そして過去を司る邪悪な神だ。儀式を行うには、うってつけの場所だな」


「ゴブリンたちは廃棄された邪教の神殿で儀式を行って、強力なモンスターの力をクロの体に宿そうとしてたわけか?」


 ダイアナたちの説明によると、魔神を崇拝する邪教徒がこの神殿を建てたらしい。

 邪教徒が行っていたのは、魔力を用いて人の身に魔物の力を宿すというもので……。

 俺の問いかけにライラはこくりと頷き、ぶつぶつと呟きながら祭壇の周囲を歩き始めた。


「大筋は間違っていないだろう。だが、連中はいったいどんな魔物をクロの身に宿そうとしていたんだ?」


「アースドラゴンじゃないのか? アイツの遺灰からクロが現れただろ? ドラゴンの正体はクロで、儀式は成功したけど制御できずに暴れ出したんじゃないか?」


「状況だけ見ればそうなるな。だが、クロが使った死の魔術が気になる。何か見落としている気がする。そうだ。確か手帳に――」


 エイラはその場でピタリと足を止めると、懐から使い込まれた手帳を取り出した。


「その手帳は?」


「古代語の”あんちょこ”だ。母から譲り受けたものでな。1000年以上前に使われていた古代語が書き残されている。そいつと儀式陣の文字を照らし合わせれば……」


 エイラは手帳を片手に、改めて儀式陣を調べ始めた。

 俺は床の文字が見やすいようにランタンを近づけ、エイラをサポートする。


「これは……!」


 手帳をめくるエイラの手が止まる。


「あったぞ。床に刻まれた神聖文字……これは古代の言葉で【死神】を意味する。それとこの禍々しい儀式陣の文様は、まず間違いない」


 エイラはそう言うと、祭壇の後ろに設置された邪神の石像を見つめた。


「クロの身に宿っているのは【魔神クロウ・クルワッハ】だ! ヤツら、ここで神降ろしの儀式を行っていたんだ!」


「魔神の召喚だって!? そんなことが可能なのか?」


「神子と儀式用の霊場が揃えば神降ろしは可能だ。であるシズが、ダイアナに呼ばれたようにな」


「そういえば……」


 ダイアナは言っていた。

 聖神ベルドのお告げを聞いて、神に近しい力を持った存在を召喚する儀式を大聖堂で行っていたと。

 その儀式にスクルドが介入して俺が召喚されたわけだが、本当なら聖神ベルドの御使い――天使が呼び出されていたはずで。


「……っ! シズ」


「……ああ。わかってる」


 エイラは小声で俺の名を呼び、自分の唇に人差し指を当てた。

 黙れ、というジェスチャーだ。

 俺も気配を察知した。俺たちが歩いてきた通路を使い、大広間に誰かがやって来る。

 しばらくすると、ペタペタと足音が近づいてきた。

 靴も履かずに生足のまま走ってきている。しかも、かなり焦っているようだ。



「はぁはぁはぁ……っ!」



 広場に姿を現したのは、ボロボロになった修道服に身を包んだシスターだった。

 髪も乱れて顔中泥だらけだが間違いない。村の教会に勤めているシスター・クレアだ。


「シスター!?」


「ああ、ハンターさん! 助けてくださいっ!」


 シスターは俺の姿を見つけると、勢いよく抱きついてきた。


「会えてよかった。私、怖くて怖くて……」


「大丈夫ですか!? どうしてこんな場所に……」


 訳もわからず、俺はシスターの肩を抱きしめる。

 シスターは肩を震わせ、豊満な乳房を押し当ててきた。


「教会の裏でゴブリンの影を見つけて。あとを追いかけたら捕まってしまったんです。でも、隙を突いて何とか逃げ出すことができて……」


「連中は近くにいるんですか?」


「はい。遺跡近くの森に。ゴブリンのリーダーらしき醜悪なモンスターもいて。ソイツに私、わたしは…………っ」


「安心してください。もう大丈夫ですよ。俺たちがあなたを護りますから」


「ああ、ハンターさん……」


 シスターは涙で潤んだ瞳で俺の顔を見上げて――

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